11-3

 ようやく再会できた、コウジの「妹」ユキエ。しかし彼女の身体は幽霊のように半透明で、あちこちから光の粒子が泡のように立ち上っている。その姿は、彼女もまたデータ上の存在、恐らくは博士が作ったNPCであるという事実と、今まさに消滅しかけているという事実を同時に物語っていた。

「やっと見つけたよ、お兄ちゃん」

「ユキエ……」

「お願い、早く立ち上がって。また悪い人たちが来るかもしれない」

「ユキエ……悪いが俺は、お前の兄じゃない」

 スパイナーはそう言って再び顔を伏せる。妹の登場で、彼の抱いていた最後の望みも断ち切られた。彼女は本当の肉親ではなく、実在する人間ですらありはしない。玄場コウジを奮い立たせるために、博士が作った偽りの家族。自分の意思もなく、正義の味方を影から動かすための操り人形でしかない。……そういう意味では、自分の役目も大して変わりはしないか。


「お前に言ってもしょうがないかもしれないが、全ては茶番だったんだ。これ以上戦う意味なんてない。もう放っといてくれ」

「意味はあるよ!お兄ちゃんは今まで、沢山の敵をやっつけてきたじゃない。それも無意味だったっていうの?」

「ああ無意味だ。この世界でどれだけ敵を倒した所で、外の世界には何も関係ない。人々を救った気になって、怪人どもの潰し合いに利用されてただけだ」

「それでも、悪い人たちを倒してきたのは変わらないでしょ。もう少しなのに、ここで諦めるの?」


「妹ぶるのはやめてくれ!」

 スパイナーは思わず声を荒げる。

「お前は俺のことを本当の兄だと信じ込んで、それを疑いもしないのかもしれない。だが本当は違うんだ。俺の正体は洗脳された機械生命体で、お前はAI。それだけなんだ。もう止めよう、こんな空虚な家族ごっこは」

 これ以上、人形劇に付き合うのは耐えきれなかった。スパイナーの心は光の粒子を閉め出し、再び闇に覆われていく。


「そんなことない!」

 ユキエが叫ぶ。その目元から、光の粒子が涙のように零れ落ちる。

「全部知ってた。お兄ちゃんと本当の兄妹じゃないことも、わたしが博士に作られたデータだったってことも。でもそんなこと、どうでも良かった。お兄ちゃんは本当の家族みたいにわたしのことを可愛がってくれた。遊びに連れてってくれた。命がけで守ってくれた!だから……お兄ちゃんは、誰が何て言っても、わたしにとってのヒーローだよ!」


 涙の雨が、スパイナーの心を覆う闇に降り注いでいく。かつてメテオリオンが死に際に放った光の奥義「メテオスプラウト」。スパイナーやケルブの心に正義を呼び覚ましたその力は、誰も気付かない所でもう一つの奇跡を起こしていた。NPCに過ぎなかったユキエの心に、自我を発生させていたのだ。


「洗脳されてたっていうけど、正義のために戦ってたのは嘘だったの?わたしを守ってくれたのは?みんなを守りたいっていう気持ちは?全部本心じゃなかったっていうの!?答えてよ!!」

「ユキエ……」

 視界を塞いでいた闇が晴らされ、スパイナーは再び顔を上げる。そして見た。光の涙を流して泣きじゃくりながら、必死に兄に訴えるユキエの姿を。

 ……そうだ。例え俺の存在や今までの戦いが、全て誰かの手のひらの上だったとしても。正義を思う気持ちや、ユキエや博士との絆まで偽りだったわけじゃない。俺は、俺の意志で戦ってきたんだ。それなら、こんな所で全てを投げ出すのは無責任だ。それより何より……妹を泣かすのは兄失格だ。


 頭に懐かしい感触を覚え、ユキエは涙を拭いて顔を上げる。そこには自分の頭を撫でる、「兄」玄場コウジの姿があった。

「お、お兄ちゃ、ん……」

「ごめんな、ユキエ。情けない所を見せちまって」

 無言で兄に抱きつくユキエ。その全身は今にも消えそうなほど、透明度を増している。

「お兄ちゃん、わたしの最後のお願い、聞いてくれる?」

「ああ」

「悪い人たちを倒して。そして外の世界でも、みんなの笑顔を守って。シャインシティのみんなの、笑顔を」

「分かった。約束するよ」


「良かった……」

 ユキエは兄に顔を向ける。その表情は満面の笑顔。コウジの心の奥深くに刻まれることとなる、最高の笑顔だった。そして、その笑みを保ったまま、ユキエの全身は光の粒子へと変わり__消滅した。


「ユキエ……」

 妹の姿が消えた後も、コウジはしばらくの間その場に佇んでいた。その瞳は悲しみで揺らいでいる。だがその奥底には、再び闘志の火が灯されていた。

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