10-5*

『勿論、ここまでの話には推測が含まれていますが、ほぼ間違いないでしょう。何か訂正はありますか博士?』

「……」

 今までの経緯を嬉々として語るカンディルと、沈黙を続けるケルブ。一方のコウジは、衝撃に打ちのめされてまともなリアクションが取れずにいた。……ここが電脳世界で、俺は人間だと思い込んでいたダークフォース怪人だと……?


『こちらの世界に最初に来た時には私も驚きましたよ、本物のシャインシティを複製したのかと思ったほどです。さすがはケルブ殿、素晴らしい再現度です。それに、私達がログインした時にはアバターを使えない設定にしておいたのも上手かったですね。スパイナー殿を騙すのには十分でした。ま、幻覚能力を使える私には無意味でしたがねぇ』

 これみよがしに指を鳴らし、間寺に姿を変えるカンディル。その顔でニヤニヤと笑いながら、更に言葉を重ねる。


『スパイナー、いや、玄場コウジ殿。貴方の挙動も最高に面白かったですよぉ。かつては周囲を破壊することしか考えてなかった癖に、正義などという思想を埋め込まれて昔の仲間を次々と抹殺していく姿!まさに正義の木偶人形とでも申しましょうか。この姿で会うたびに笑いを堪えるのに必死でした。博士が怪しいと散々ヒントをあげたのに、全っ然気付きませんでしたしねぇ!』

「……」

『その有様じゃ、プロス殿が失望するのも無理はありませんね。ま、私は大いに感謝してますよ。守護騎士と破壊闘士の派閥に残ってた邪魔な連中を次々消してくれましたから。おかげさまで将軍への最短ルートが拓けましたよ。いやいや、本当にありがとうございましたぁ!』

「……さい」

『ん、何か言いましたか?』

「うるさい、黙れ!お前の言ってることなど全て出鱈目、なんの証拠もないだろうが。そんな適当な法螺に騙されるか!」

『あーはいはい、現実を認めない路線で行くわけですかぁ。それではご期待にお応えして、証拠をお見せしましょう』


 怪人の姿に戻ったカンディルが、再び巨大カプセルの中に身を潜める。一瞬の後、コウジの背中に何かが激突したかと思うと、落雷が直撃したかのような衝撃が彼を襲った。

「ぐがあぁぁ!」

「その特殊閃光弾が、貴方の真実の姿を暴き出します。さあ、どんな姿が現れるのか?」

「ぐ……が……」

 激痛と共に全身が粟立つような、奇怪な感覚。衝撃に耐えながらもコウジは直立し続けるが、それ以上身体を動かすことはできない。彼は両手を眼前あたりの高さまで掲げた状態で硬直し、両手が変貌していく様を眺める他なかった。

 先ほど博士の全身に起きたのと同じように、両手はまずモザイクがかかったような状態になり、続いてそのブロックが表面から剥がれ落ちていく。中から出てきたのは、こちらも彼にとって見覚えのある光景だった。マインドアーマーを装着した直後に現れる、紺色の籠手に包まれた両手。彼がナットクリスタルで変身した後の姿。


 __だが、彼は今ナットクリスタルを使用していない。では何故、俺は今籠手を着けている?変身をしている訳ではないのに。……本当に、俺は変身をしていたのか?ナットクリスタルは変身ではなく、元の姿に戻る用のアイテムだとしたら……いや、そんな筈はない。人間の姿こそが偽りだなんて、冗談にしてもタチが悪すぎる。でも、それなら何故俺は、マインドアーマーを、両手だけでなく、全身に纏っているっ?__何故だ。何故、何故、何故、何故だああぁぁ……!!


 玄場コウジ、いや、今やスパイナーへと変化した男は声にならない絶叫を上げながら地面に崩折れる。


「いやー素晴らしい!百点満点の反応ですねぇ」

 背後からその様子を満足気に眺めていたカンディルは、続いてうなだれたままのケルブと向き合う。

「さて、そろそろ貴方にも退場していただきますか」

 そう言うなり、現参謀は元参謀の胴体に手刀を突き刺す。情報生命体となってから戦闘能力を失っていたケルブにとっては、その程度の攻撃でさえ致命傷となった。


 まるで全身が砂でできていたかのように、彼の体は足元から光の粒子となり、徐々に消滅していく。それにも構わずケルブは、スパイナーへと声を張り上げた。

「コウジ、コウジ!しっかりしろ!!」

 スパイナーが顔を上げると、そこには上半身のみが宙に浮かぶ空戸博士の姿があった。消滅までの僅かな時間、ケルブは博士として全霊で呼びかけ続ける。

「コウジ、わしは信じている。君が必ず真の意味で変身を果たし、悪を打ち倒すと……」

「博士……」

「街の人々を救うのだ。頼んだぞ、コウジよ__」

 その言葉を言い終えた直後、残されていた博士の首から上も光の粒子となり、虚空へと消え去った。


 再び言葉を失うスパイナー。その眼前に、カンディルが大げさに手を叩きながら進み出る。

「いやはや、感動のお別れでした。ですが残念なことに、貴方もすぐ博士の後を追ってもらいます。博士に色々改造されてるとはいえ、貴方も所詮は情報生命体。この世界の電源を切れば、為す術もなく完全消滅するという訳です」

 カンディルが指を鳴らし、電脳世界から自身を消滅させる。そして現実世界のカプセルから姿を現すと、モニター越しにスパイナーへ最後の挨拶を行った。

「いよいよお別れですねぇ。解体戦士殿、本当にお疲れ様でした。それでは、アディオス!」


 カンディルは嘲笑と共にコンソールの電源ボタンを押す。直後にモニターは消滅し、スパイナーは一人、電脳世界に取り残された。空や大地、そして周囲のオブジェクトは急速に色を失い、闇の帳へと包まれていく。彼は身体を動かそうとするが、もはや一切の抵抗は許されなかった。そして間もなく、視界は黒一色に塗り潰され、彼の意識も暗転した。

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