いたずら好きのシルフィー

「えっ、どうするの?」


 僕はキャッチャーのプロテクターを装備しているミツキに尋ねる。

「ヒナタが投げるボールを打って。それでシルフィーに当てて」

 装備に不備がないか確認しながらミツキが答える。


「そんな、ノックならまだしも、投げた球を狙った場所に打つなんて無理だよ」

 僕は焦る。


 最初からノックにそれなりの自信があり、さっきは気持ちがのっていたからか、できたものの、上出来過ぎだった。なのに、初見のヒナタのボールを打って狙った場所になんてできたら、甲子園で余裕で優勝できているだろう。


「わかった・・・10球くらいで・・・」

「1球よ」

 ミツキは容赦ない。


「それは無理!!」

 僕は叫ぶが、ミツキはマスクを被る。


「これは、気持ちの戦い。勝負の決める瞬間は一瞬。そうでしょ?」

 ミツキがホームベースに座る。

 僕は今までの野球人生を振り返る。

 僕の勝負の一瞬はあのフライのボールを取る瞬間だったのだろうか。


「も~いいっ?お客様がお待ちだよ」

 ヒナタは肩を回し、肩の調子を確かめた後、親指で後ろの甲子園の魔物、シルフィーを指す。


 どうやら、やるしかなさそうだ。

 僕は素振りをする。


「ミツキの言った言葉もわかるけど、ピッチャーって試合中の半分が、その一瞬の連続なんだよ」

 だからこそ、この瞬間も大事にしたい。


「いっくよ~~~っ!!」

 ヒナタがボールを見せてくる。僕はホームベースの端をバットの先で確認し、1、2と振り子のようにバットを振って、構える。


「転んでも立ち上がれる。だから、その足を信じてあげて。次のフィールドへ走り、羽ばたけ!!シルフィー!!!」

 ヒナタが想いを込めて全力で投げてくる。


 そのボールにはこの暗闇の中、光り輝いていた。

「ウゴオオオオオオオッ」

 その眩しさにシルフィーも叫んでいる。


「うおおおおっ」

 僕の甲子園は終わったはずなのに、今こうして甲子園球場でバッターボックスでバットを振っている。


 自分と、そして自分と同じように甲子園を志した者たちの気持ちが晴れるために。


 カキィイイイイイン


 当たった瞬間、僕から生まれた白い光を全てその白球に込める。

 ボールは高く打ちあがる。


「あっ」

 いつもの癖で、ホームランを狙ってしまった。

 このままではシルフィーの頭上高く、バックスクリーン一直線だ。


「祈って!!」

 ミツキがマスクを外し、祈っている。

 ヒナタもまた後ろを振り返り、祈っている。


「届けええええっ」

 センターフライを祈るのなんて、初めてだろう。

 でも、ちゃんと受け止めて欲しい。


 ボールは綺麗な放物線を描き、急降下していく。

 重力ではない。僕たちの気持ちをどんどん乗せて、シルフィーに向かって、重力加速以上に加速していく。

 

「ガアアアアアッ」

 飛んでくるボールに叫ぶシルフィー。

 もしかしたら、シルフィー自身が引き付けているかもしれないとも僕は思った。


 僕の手からはボールはすり抜けた。

 こんな僕だからこそ、シルフィーにしっかり届いて欲しい。

 しっかりと、受け止めて欲しい。


「ギャアアアアアッ」

 シルフィーはそのボールを受け止めようとしたのか、払い落そうとしたのか左手をそのボールに差し出し、ボールがシルフィーに吸収され、シルフィーは叫ぶ。 

 それは、断末魔。

 この瞬間だけ見た人はそう思うかもしれない。


 でも、彼女たちの言葉のせいか、それともピッチャーフライを落として、甲子園を逃した僕だからだろうか。

 僕にはシルフィーの叫びが、苦痛から解放された雄叫びに感じた。


 消えていく。

 白い光と闇。

 それぞれが打ち消し合うように消えていく。


 そうして、その場には何もなかったかのようにシルフィーは姿を消した。

 光も消え、フィールドには打ちそこなったボールなどがあちこちに散在しているだけになった。

 甲子園は何事もなかったかのように静まり返っている。

 

 応援で賑わい、数多くのスターを生み出す輝かしい場所。

 そして、スター達が活躍する聖地。


(甲子園にもこんな姿があったんだ)

 僕のイメージになかった甲子園の姿。

 自分のイメージとはかけ離れた静寂しきった甲子園球場に怖さと好奇心、それと心地よさを感じる。

 

 僕は思った。

 夢を見る場所もいつかは鎮まるんだ、と。

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