シルフィーの弱点

 シルフィーは外野の真ん中。

 センターの定位置で動けずにいた。

 僕が打ったボールに囲まれて。


「なんで・・・っ」

 ヒナタも絶句する。

「いや、なんかあいつ、明らかにボールがある場所避けてるように見えて、多くのボールがフェンスにあるんですけど、あいつフェンスには絶対行かないし、縦横無尽に動いているように見えて、まばらに落ちてるボールのところには全然行かないから、もしかしたら・・・と思って」

 ヒナタの僕の見る目が少し変わった気がする・・・けど、この距離でそんなに見つめられると恥ずかしい。


「でも、なんでシルフィーはボールを飛び越えて行かないの?翼があるじゃない」

 僕がヒナタにドキマキしていると、今度はミツキが訪ねる。

 いつの間にか再生している翼。僕のエネルギーでまた作り出したのかもしれない立派な翼があるが、シルフィーは全く使う気配がない。


「んーっ、あいつって甲子園目指した高校球児の怨念おんねんの塊みたいなやつなんですよね?」

「ええ・・・、そうよ」

 僕はシルフィーを見る。


「ウガアアアアアアッ」

 いらいらするように悶絶するシルフィー。

 見た目は恐ろしく、好意を持てるような存在ではなかったが、その苦しむ姿には何とも言えない気持ちになった。


「フィールドに落ちているボールを無視できるような奴は・・・甲子園に未練なんてあるはずないですよ」

 

 僕は今まで、やれることは全部やった。

 それでも届かなかった、この場所に。

 いや、届いていたが、あの時目の前で零れ落ちてしまった。


 シルフィーのやっていることは、よくわからないが・・・悪だ。

 意図して生まれてきた存在なのかわからないが、シルフィーのやっていることは、自分の欲望をぶつけて、駄々をこねてこの二人に迷惑をかけている。

 

 感情で動くそいつは、翼でその状況から逃げなかった。

 まるで、僕だ。

(そう、僕なんだ)


 彼女達が言うように僕たちはまだ若いし、野球人生が終わったわけではない。次の舞台へ飛べるのだ。


 だけど、心が重りになって飛べない。

 甲子園に縛り付けられてもがいている。


 同情というより、共感に近い。

 だから、僕にはわかった。


「とどめを刺させてください」

 僕の言葉に二人は頷く。


「じゃあ、トスをお願いできるかな?ミツキさん」

 ミツキにボールを渡そうとするが、ミツキは首を振る。

 ちょっとショックだ。


「じゃあ・・・ヒナタさんお願いできます?」

 ヒナタも首を振る。

(あれっ、もしかして僕が自分に酔ってただけで、嫌われてる!?)


 平行にして持っていたバットがすーっとすべって斜めになり、地面についてしまう。

 力が抜けてしまう。


(あ~、恥ずっ!!死ねるわ、これ。ドヤ顔で語ったのがまずかったのかなぁ。でも、こんな意味不明な状況でそれに気づいたら自慢したくなっちゃうじゃん・・・でも、そうだよなぁ、この状況って僕が悪化させたらしいし、う~~~っ)


「ヒナタでいいよ。てか、“さん”呼びとか気持ち悪いから。コタロー」

 放心状態の僕にヒナタが優しい声をかけてくれる。その言葉にミツキも少し表情を崩す。

「私も、ミツキでいいわ」


「もー、嫌われてるんじゃないかと思って心配したよ」

「なんで、コタローを嫌わなきゃいけないの?」

「だって・・・っ」

 

 二人の太もも辺りを見る。

 土で汚れており、何度も転んだのがわかる。

 僕がこの場所に来たせいで、僕がうじうじしていたせいで、あいつが強くなってしまい、二人に痛い思いをさせてしまったのだから。


「ちょっと、コウタロウ君・・・っ。なんか、目線が・・・恥ずかしい」

 目線を上げると、ミツキが照れていて、ヒナタも唇を震わせている。ユニフォームとはいえ、体のラインがはっきりわかるとなれば、太ももらへんを見られれば女の子だって恥ずかしいか、と反省する。


「あっ、違うんだ。二人に痛いさせたのは・・・僕のせいだから、申し訳ないと思って」

「はっ?」

「えっ?」


 二人は驚いた顔をする。

「ん?」

 僕もそのリアクションに驚く。


「これは、別にコタローのせいじゃないわよ?」

「勘違いしてるんじゃないかしら?コウタロウ君。コウタロウ君もシルフィーに集まった気持ちも頑張ってきたんだから。私たちはその気持ちを解放してあげてるのよ?」

「えっ?」


 僕にはわけがわからなかった。

 シルフィーは敵じゃないのか?

 

「あのね~、あたしたちはあいつらが甲子園で戦いたい気持ちに応えて、戦っているの。まぁ、理性を失って感情の塊のあいつらとやっている戦いは、野球であって野球でない戦いだけど」

「やさしいんだね、ヒナタも。ミツキも」

 僕の言葉に二人はうつむく。


「やさしくなんか、ないわ。これはそう・・・贖罪しょくざい

 ミツキは悲しそうにつぶやく。

「えっ?」


「ガアアアアアアッ」

 僕たち三人はシルフィーを見る。

 怒りがあふれ出し、今にも爆発しそうだ。


「あいつの特性を熟知したとしても早くしないとまた暴れだしそうね。ミツキ準備を」

「えぇ、ヒナタ」

 ヒナタはマウンドへ走り出し、ミツキはキャッチャーのプロテクターを装備する。

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