第1の魔物 いたずら好きのシルフィー

親友エイト

 20XX年8月5日。

 全国高等学校野球選手権大会、通称:夏の甲子園の開会式前日。


「俺、こうちゃんの分まで頑張るから。絶対に観に来てよね」

「あぁ、もちろんだよ。約束したんだから。てか、もう甲子園にいるし」

 僕は甲子園球場付近に取ったホテルから、親友のエイトとスマホで会話をする。

「そうだったね」


 僕は明るい声で話していたが、表情が伝わらない電話で良かったと思った。

(こんな、約束しなければ・・・良かった)


 僕たちは、甲子園の予選の中、お互い鼓舞しながら勝ち上がっていた。

 そして、『決勝に会おう』なんて、かっこつけたメッセージやスタンプを送り合っていた。


『どっちかが、甲子園に行けないのやだな』

 エイトがメッセージと体操座りで泣いているキャラのスタンプを送ってくる。

『いや、僕が行くから。エイトは応援で来なよ?』


『⁉』

『ガビーン』

 僕は連打してきたエイトのリアクションを見て、思わず笑ってしまう。


『じゃあさ、こうちゃん・・・』

 うるうる上目遣いのスタンプをエイトが送ってくる。

『なに?』

 僕は不愛想に振り向くスタンプを送る。


『どっちが、勝っても負けても一緒に甲子園行こう』

 僕はその文章をジーっと見る。

 今度はスタンプもないから、エイトもちょっとは真剣な気持ちで送ってきたのだろうと察する。

 

 リトル時代、一緒に切磋琢磨した日々が脳裏に浮かんできた。

 辛かったこともあったが、エイトや仲間たちと一緒に励まし合って、乗り越えて形にしてきたことを思い返し、エイトの笑顔が最後に浮かんだ。


『いいだろう、受けて立つ!!』

 僕はスタンプの魔王が高らかに笑うスタンプを押そうとしたが、スタンプを選ぶ画面をそっと閉じた。


 真剣勝負だから。


 今いるホテルは、そんなメッセージを送り合った数日後、負けた方が泊まるようにと、二人でホテル代をワリカンして予約したところだった。


 ちなみに、どちらかが甲子園に出れば活躍するのは必然だと言って、少しの冗談と、願掛けの意味を込めて、甲子園の決勝日までホテルは予約されている。当日分までとる必要はないとエイトが言ったが、僕が順延を見越して当日分まで取っておこうと言ったのだった。


「・・・こらっ、エイトォ!!電話なんかしとらんで、はよっ寝んか!!」

 電話越しの遠くから、監督らしき怖そうなおじさんの声が聞こえて、僕は我に返る。


「あっ、はい。すいません!!わりぃ、じゃあ待ってるからね。じゃあ」

「うん、それじゃあ」


 プツンッ


 僕は切られた画面のエイトの顔写真を見る。甘いマスクがこちらに向けて満面の笑みを浮かべている。


 昔から、華があったエイト。

 プレーにはそつがなく、要領がいいから監督から怒られることはほとんどなかった。

 僕はといえば、よく監督に怒られたり、ペナルティーだと言われて、特別地獄メニューを追加された。


 そんな僕をときどきエイトに助けてもらっていた。

 エイトは周りからの信頼も厚く、チームメイトからも、クラスからも人気者だった。

 

 もちろん女の子からも人気で、エイトが二人組の女の子たちに告白に連れていかれるところや、女の子に告白されているところに何度も出くわした。仲が良かった僕は、エイトの好みをよく聞かれたり、ラブレターを預けられそうになったりしていた。


「こうちゃんのおかげだよ」 

 いつも、エイトは僕にそう言ってきた。


 エースで3番。


 その肩書があったから、別にエイトを妬むことはなかったが、今思い返してみると、しょせん僕もたまたまピッチャーというだけでエイトの踏み台でしかなかったのかもしれない。

 甲子園にスターになる存在の。


「10日は辛いな・・・っ」

 僕はその狭い部屋にいるのが、なんだか息苦しく居心地悪く感じて、外の空気が吸いたくなってきた。


 窓の外を何気なく見ると、景色は暗くなっており、ビルの光や街灯、車のライトがパラパラ光っている。

 

 僕は机にあった財布とスマホ、そして鍵をショルダーバッグに入れてルームキーを引き抜いて、ポケットに入れる。


「甲子園球場にでも・・・行くか」

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