甲魔滅殺 ~甲子園の魔物なんて、滅してキルですよ~

西東友一

プロローグ

 誰かが言った。


 ———甲子園には魔物がいる、と。


 眩しい太陽、べっとりとくっつく汗と砂。

 全力で投げた最後の1球はバットに当てられてしまったが、明らかな不発。

 

 高々と上がり、どうやら僕の守備範囲のようだ。

 最後のボールを捕ろうと僕は落下位置を探す。

 しかし、どうやら定位置のままで良さそうだ。

 

「オーライッ」


 ぶつかって落とすなんてのはごめんだ。

 僕は周りに掛け声をかける。

 周りのみんなもマウンドで投げ切った僕がウイニングボールを捕ることに納得した様子だ。近づくのをやめて、まだ試合は終わっていないが表情が柔らかくなっている。


(今日はいまいちだったけれど、これで甲子園だ。甲子園で今日のうっぷんを晴らして、ドラフト指名させてやる)

 昨日は十分に寝れたし、肩も軽かった。ただ、今日は心と体が一致していないようなズレがあった。


 今までチームを引っ張ってきた僕だったが、今日はチームメイトにも助けられて9回裏2アウトまで何とか来ることができた。あとはこのボールをキャッチするだけ。


 風は無風。


 ボールはかなり高く上がったようだが、過激なスライス回転がかかっているわけでも、無回転でナックルボールになるわけでもなく、ただただ、平凡に落ちてくる。


「・・・っ」


 その瞬間、汗が目に入り、太陽の光が乱反射する。


 ———パンッ


 スーッと落ちてきたボールが僕の目の前に落ちそうになるのを慌てて、グローブで掴もうとするが、弾いてしまう。

 その上、慌てて前に出ようとすると、ピッチャープレートでつまずいてしまう。


(うそだろ・・・っ)


 白球はホームベースの方へと転がっていく。

 ホームベースにはマスクを外して絶望をした顔をしているキャッチャーと、先ほどまで絶望した顔でボールを高々と打ち上げて悔しそうにしていた親友、諸星エイトがいた。二人ともバットが当たった瞬間と逆の顔をしている。


 絶望をしていたエイトは一縷いちるの望みをかけて、ベースを一周し、今度は狐にほほをつままれたような顔で僕を見ていた。


 まるで奇跡に出会ったように、徐々に喜びへと表情が変わっていくエイトの顔を、僕は一生忘れないだろう。


「ゲームセット!!」


 審判が両手を上げて、試合終了を合図する。

 

 僕は目線を落とし、転がり落ちた白球を見ていることしかできなかった。


 僕の高校三年最後の大会。

 打撃成績は10ホーマー35打点。打率8割強。投手成績はコールドゲームを除き、完全試合1つ、ノーヒットノーラン1つ、完封1つの成績を収めていた。

 しかし、決勝戦では高校からピッチャーにコンバートしたエイトを前に4三振。エイトにはマルチヒットを浴びて、さらに他のバッターにも三暴投や3エラーをしてしまった。


 それは・・・まるで、何かにとり憑かれてしまったかのように。


 僕は思う。


“僕はに喰われた”と。


 甲子園の魔物はすでに地方球場にまで魔の手を伸ばしていたのだ、と。


 その後の記憶はあまり覚えていない。

 監督やチームメイトの鳴き声も励ましの声も。観客席の励ましの声やため息も。

 しかし、唯一覚えていることがある。


 それは、リトルで良き親友、良きライバルとして切磋琢磨した、相手高校のエースで4番のエイトがマスコミに囲まれて、嬉しそうにしていたことだ。

(あの場所は・・・僕の・・・っ)


 その後、僕の予選での輝かしい記録はただの雑魚狩りの記録と処理され、逆にそんな成績の僕を4三振に抑えて、長打も打ったエイトは長野県の期待の星、信濃しなの神童しんどうとして、マスコミに取り上げられた。僕はまるで、エイトが輝くための生贄いけにえになったような気分だった。




 こうして、僕のの最初で最後の夏の甲子園への夢が終わった。

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