窓側と廊下側

口一 二三四

窓側と廊下側

 教室の端から並ぶ背中を流し見る。

 一番後ろの座席から黒板は遠く、教師の目も届きにくく。

 授業に集中せずぼーっとしていても咎められる心配はない。

 窓側の特権として見ていた空模様にも、校庭で体育をするどっかのクラスの観察にも飽きた俺は、こっちを誰一人として見ていない中視線を泳がせる。

 黒板からも教師からも近い前から一列目二列目の席。

 流石に真面目な態度で受けているみたいで、ノートを取る手と書かれた内容を見るため頭がよく動いていた。

 その陰に隠れた三列目は人によってまちまち。

 前二列と同じようにしている奴のがいれば、頭は上がっているものの手が動いていない奴がいたり、机の下でスマートフォンをいじっている奴もいる。

 四列目にいたってはちゃんと授業を受けている奴の方が少ない。

 五列目だと前の席にそびえる背を盾に寝ている奴もちらほら見える。

 同じ教室同じ授業を受けながら、やってることはみんなバラバラ。

 それがなんだか面白く映った。

 最後は六列目。

 ここには窓側に座る俺と廊下側に座る一人しかいない。

 その一人っていうのが地味な子で、こうして席替えして一つ後ろに出っ張っていなければクラスメイトとして認識していたかどうかも怪しい影の薄さだった。

 頬杖をつきながら隣、何人分かの空白を越えた先にその子の姿をチラリ伺う。

 おさげの髪を垂らしながら熱心にノートを取る横顔を感心しながら見つめる。

 ズレた眼鏡を指で直し、書いては顔を上げて書いては顔を上げてを繰り返す様子は模範的な高校生って感じで、ただ聞き流してるだけの俺とは違うなと思った。


「……っ」


 そんなことを考えながら見つめていると、おさげの子が髪をかき上げた拍子にこっちを見た。

 二度見をするように顔を動かすのが見えて咄嗟に視線を外す。

 まずい。変な奴と思われたかも。

 気にはなったが、確かめるためもう一度見てまた目が合ったらそれこそ変な奴確定だ。

 見飽きた空に向きを固定してやり過ごし、たまたまだったと思ってもらえることを祈った。



 数十分して終わりを知らせるチャイムが鳴る。

 教師が出て行くとみんな一斉に動き出し、短い休憩時間を仲いい奴とのお喋りに当てたり次の授業の準備に当てる。

 俺もその内の一人として机の上に教科書を用意しトイレにでも行こうと席を立つ。


「あっ、あのっ」


 後ろのドアから教室を出る寸前。

 座っていたおさげの子に呼び止められる。

 さっき目が合ってしまったこともあり、そのことで何か言われるのかと身構える。


「さっき私のこと見てたけど……?」


 オドオドと探るような口調が女の子の性格をよく表していた。

 影の薄さはそこからきてるものなのか、それとも影が薄いからそうなってしまったのか。


「あぁ、あれは」


 なんてことを勘ぐりながら口を開く。


「すごい熱心に授業聞いてたから、今度ノート見せてもらおうと思って」


 即興にしてはよくできたでまかせを言って不信感を与えないように配慮する。

 あまり接点もなく、人のこと悪く言うようなタイプには見えないけど、念には念を。

 クラスメイトである以上何かの拍子に顔は合わせるわけだから、雑な態度でわざわざ印象を悪くするのは得策ではなかった。


「えっ……」


 俺の返答が意外だったのか、おさげの子は一瞬キョトンとした顔を覗かせると、眼鏡の位置を直して机の中を漁り始める。


「はい、どうぞ」


 差し出してきたのは一冊のノート。

 さっきの授業中に使っていた、俺が眺めていたモノ。


「あんまり綺麗に書けてないけど、役に立つなら」


 受け取ってページをめくると、ただ書き取りされているだけではなく要点をまとめた説明もあってとてもわかりやすかった。


「あっ、あぁ。ありがとう」


 ひと通り読んでからお礼を言う。


「どういたしまして」


 地味な印象とは違う明るい顔と声がそこにあって、一瞬困惑してしまう。


「次そのノート使うまでに返してくれたらいいからね」


 さほど話しをしたこともない奴相手に親切な接し方をしてくれるおさげの子に、咄嗟とはいえでまかせを言ってしまったことが罪悪感に変わり。


「……じゃ、じゃあそれまでには写して返すよ」


 だからせめて、その優しさには答えようと。


「うん、よろしく」


 眼鏡の奥にある暖かな瞳に誓い、トイレも忘れて窓側の席へと戻った。

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