第100話 アルビジョア十字軍(1) ~女傑ブランシュ~
アルビジョア十字軍は、南フランスで盛んだった異端アルビ派=カタリ派を征伐するために、ローマ教皇インノケンティウスⅢ世が呼びかけた十字軍である。
カトリック教会の聖職者の堕落に反対する民衆運動として生まれたカタリ派は、南フランスと北イタリア一帯で活発となった。
教皇庁も当初は穏便に説得を試みるが、失敗に終わり、アルビ派の禁止が正式に決定する。
徐々にこの問題は政治問題化し、教皇庁が現地に派遣した特使が暗殺されるに至ると、ローマ教皇インノケンティウスⅢ世は激怒し、十字軍を呼びかけた、
アルビジョア十字軍は、フランス王フィリップⅡ世がイングランド王ジョンと神聖ローマ皇帝オットーⅣ世と対立の対応に忙しかったため、レスター伯シモン・ド・モンフォールが総指揮をとって南仏を制圧した。
が、現地の住民は北仏の占領者に不満を抱いていたため、いったんイングランドへ亡命していたトゥールーズ伯レーモンⅥ世父子が南仏に戻り旧領の奪回を図ると、旧臣や住民が集まり、またたくまに大勢力となった。
戦闘は一進一退で双方とも都市、村の奪い合いとなったが、レーモンⅥ世父子はトゥールーズ奪回に成功した。
シモン・ド・モンフォールはすぐにトゥールーズを攻撃したが攻略できず、攻撃中に戦死してしまう。
跡を継いだ長子のアモーリ・ド・モンフォールは十字軍をまとめきれず、フランス王ルイⅧ世に全ての南仏の支配権を譲り渡し、逃走した。
ここに至るともはや領土戦争の色合いが強まり、最終的にはフランス王ルイⅧ世が主導して王権の南フランスへの伸張に利用されていくことになる。
ルイⅧ世はまもなく早世するが、跡を継いだルイⅨ世の摂政である母ブランシュは、トゥールーズ伯レーモンⅦ世を再び破門に追い込み、新しい十字軍を率いてラングドックからオーベルニュの征服に乗り出すが、諸侯の反乱を抑え、巧みな外交術で味方に引き入れ、反対派の貴族を崩壊させた。
戦い疲れた南仏の諸都市はほとんど抵抗せずに降伏していった。
そして、さらには神聖帝国領のプロヴァンスの征服に乗り出そうとしていた。
フリードリヒとしては、ロートリンゲン公国は神聖帝国とフランス王国の緩衝地帯にあり、できればフランス王国とことを構えたくはなかったが、共同統治するプロヴァンスを放置する訳にはいかない。
やむなく応戦するのだった。
◆
ブランシュ・ド・カスティーユ、スペイン名ではブランカ・デ・カスティーリャは、フランス王ルイⅧ世の王妃である。
カスティーリャ王アルフォンソⅧ世と王妃レオノールの三女としてパレンシアで生まれた。
スペインの女性に特有な情熱的な女性であり、祖母アリエノール、母レオノールと同じように政治に影響を及ぼすようになる。
ルイⅧ世との婚姻は、ブービーヌの戦い後にフランス王フィリップⅡ世とイングランド王ジョンの間に和平が結ばれた
イングランド王太后アリエノール・ダキテーヌの判断によるものである。
イングランド王ジョンが死亡すると、ブランシュの持つイングランド王位継承権を根拠にイングランドへ侵攻するなど、強烈な意志を持ったブランシュは、穏やかな性格のルイⅧ世を支配していた。
そんな彼女は、まだ30代。当時の常識はともかく、前世の記憶を引きずるフリードリヒから見れば、まだ女盛りだった。
10歳以上年下のシャンパーニュ伯ティボーⅣ世は、そんな彼女に恋をしていたと言われ、多くの情熱的な詩を彼女に送った。ティボーは宮廷での政治的影響力を強くしていったが、他の貴族から反感を買っていた。
そんなブランシュが「ふしだら」と中傷される場面もあった。
◆
「強烈な女傑だな…」
外務卿のヘルムート・フォン・ミュラーからブランシュの話を聞いた時、フリードリヒは
──だが、そんな女は嫌いではない…
フリードリヒは迷っていた。
レーモン父子を強力に支援して北フランス勢を押し返す手もあるが、その先にあるのがフランスとの泥沼の戦争であってはたまらない。
一方で、和平がなったとはいえ、イングランドは大陸に領地を有しており、フランスとの緊張関係が完全に解消されたわけではない。
いくら女傑でも、イングランドと神聖帝国の二正面作戦は取り難いだろう…。
フリードリヒはミュラーに指示した。
「とにかく、南フランスの諸侯を懐柔してみる価値はある。帝国に寝返るのは無理としても、せめて中立を保つよう説得してみてくれ」
「
続いて、フランス軍との戦闘について軍務卿のレオナルト・フォン・ブルンスマイアーと相談する。
ブルンスマイアーは言った。
「相手は仮にも十字軍です。奴らとやりあうためには、それなりの正当性がないとやり難いですね」
「プロヴァンスにもアルビ派はいるにはいるが積極的に保護している訳ではない。それを責められてもつらいものがあるな。プロヴァンスがアウトなら、北イタリアもアウトなのではないか?」
「とにかく黙ってやられるわけにはいきません。取り急ぎ、威嚇の意味でも、
「まずはそれで様子をみるか…」
「
──ブランシュが
◆
テンプスの魔法陣を使って、
一方のフランス軍だが、ミュラーの工作が功を奏し、南部の諸侯の中立の維持に成功していた。
ミュラーは、現在、レーモン父子のもとを訪れ、対応を協議中だ。
しかし、強気のブランシュは北フランスの軍勢をプロヴァンスに向けて進軍させている。
どうやら
一方で、フランスの民衆や一部諸侯はフリードリヒに同情的であった。(少年十字軍を助けてくれた善行の人を攻めるとは何事か)という気持ちらしい。
「仕方がない。一度は実力を見せてやらないとわからないようだな」
「
「それもそうだな」
フリードリヒは例のあれをやるべくミカエルと相談した。
「やることはやぶさかではないが、あまりやり過ぎると効果が半減するぞ」
「それもそうだな…では、目先を変えて、今回はガブリエルでいくか」
二人の視線がガブリエルに注がれる。
ガブリエルは不満そうに「私は…」と言いかけたが、ミカエルの視線に耐えきれず、「了解した」と言い直した。
◆
時刻は昼近くとなり、太陽は中天に差しかかっていた。
その太陽の周りに光の輪が現あらわれた。
例によってフリードリヒの水魔法による仕込みである。
フランス軍はその神秘的現象に驚きを隠せないでいる。
「これはまさか…例の神の加護なのか…」とフランス軍の兵士たちが不安を口にする。
その時、中空にガブリエルが多数の天使を伴って現れた。
その背からは眩まばゆい後光を放っている。
「我は大天使ガブリエル。
この
汝なんじらは大天使ミカエルに加え、我が加護を与えた
悔くい
敵陣の中からは「おお! 何と言うことだ」、「神の怒りを買ってしまった」などと動揺の声が聞こえる。
武器を置いて降伏の姿勢を示すものも出始めるが、数は多くない。ブランシュの威光が行き届いているのだろう。
とにかくこれで、こちらの正当性は主張した。
あとはやることをやるだけだ。
まずは、砲兵隊による遠距離射撃である。
「砲兵隊。敵を思いきり
多数の砲弾がフランス軍を襲う。あちこちで大爆発がおき、敵兵がみるみる吹き飛ばされていく。
直撃を受けて体がバラバラに吹き飛ぶ者、手足をもがれ絶叫する者もいる。
──だんだんとこの地獄絵図にも慣れてきたな。慣れというものは恐ろしい…
一方的に攻撃され、やけくそになったフランス軍は、騎馬を突撃させてきた。
「ペガサス騎兵。魔導士団。
上空から銃で、魔法で突撃してくる騎兵を攻撃すると次々と打ち取られていく。
これを逃れたわずかな敵も、
これまで
これを見たフランス軍は撤退を始めた。
さて、これからどうするかが問題だな。
このまま北フランスまで帰ってくれればいいのだが、そう簡単にはいかないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます