第87話 フォーンとニンフ ~純潔なニンフ~

 ケンタウロス族のフランツィスカが2人目を身ごもった。ケンタウロス族は体の構造的に人族の産婆に面倒が見られると思えない。臨月も近づいていたので、出産のため里帰りをすることになった。


 ついては、フリードリヒが黒の森シュバルツバルトの里まで送っていくことになった。といっても、テレポーテーションで行くので一瞬で着いてしまうのであるが。


 テレポーテーションで黒の森シュバルツバルトへ行くと早速ケンタウロス族の村を目指す。黒の森シュバルツバルトへ来るのも久しぶりだ。


「旦那様。今度は女の子がいいなあ」

「ただ、こればっかりは運頼みだからね」


「もちろん男の子でもちゃんと可愛がるわ」

「名前は考えてあるのかい?」


「また旦那様に決めてもらおうかなあ」

「わかった。じゃあ考えておくよ」


 そんな会話をしながら歩いていると女性の悲鳴が聞こえた。

「きゃーっ。誰か助けて!」


 駆け付けてみると超美形なニンフがフォーンに追いかけられていた。


 ニンフは木や泉、山、川といった場所に宿る自然の精霊だ。

 ニンフたちは絶世の美女ばかりであり、いつも大好きな歌や踊りに興じている。その姿は全裸か薄絹を身に付けている程度である。

 そんなだから多くの神や精霊がニンフに恋をした。恋愛好きなニンフは基本的にどんな求愛も断らない。

 不特定多数の男性と性行為を繰り返す異常性欲症を「ニンフォマニア」と呼ぶのもここからきている。


 一方、フォーンは動物をつかさどる精霊で、顔と胴体は美しい人間だが、山羊の両足をしており、頭にも山羊の角が生えている。

 動物を守る立場にあるフォーンはあらゆる動物と話ができ、普段はおとなしくて温厚な性格であるが、ニンフを見たらどこまでも追いかける好色な一面ももっている。


 今、まさにフォーンがニンフを追いかける場面に遭遇している訳だ。


 ニンフは通常恋愛好きでフォーンの求愛を受け入れるなど普通のはず。だが、今逃げているニンフはたわむれで逃げているようには見えない。本気で嫌がっているようだ。


 ──とりあえず助けてやるか…


 フリードリヒはニンフとフォーンの間に割って入る。


「邪魔をしないでくれ。これは私と彼女の問題だ」

「そうはいっても彼女は本気で嫌がっているじゃないか」


「君。あれだけ貢物みつぎものをあげたりして尽くしたのにそれはあんまりだ」

「だってあなたはいやらしい目つきで私を見るじゃない。それが耐えられないのよ」


 ニンフはフォーンの視線を避けるようにフリードリヒの後ろに隠れた。


 フランツィスカが引導をわたす。

未練みれんたらしい男はみっともないよ。自分に甲斐性かいしょうがなかったと思ってあきらめるんだね」


「ちっ! また来るからな」

 フォーンはとりあえず捨て台詞ぜりふを残して去っていった。


「あのう。ありがとうございました」

 ニンフがお礼を言った。

 薄絹一枚しか身に付けていない姿はほとんど半裸で目のやり場に困ってしまう。


 ──これは襲われる方にも原因があるよな…


「君。そんな恰好かっこうをしていたらどんな男も欲情してしまうぞ。少なくとも嫌いな男の前ではそんな恰好かっこうをしないことだな」

「でも、ニンフたちはみんなこの恰好をしているわ。全裸のニンフもいるくらいだから」


「それは皆、恋愛を受け入れる覚悟があるからだろう。

 君にはその覚悟がないんじゃないのか?」

「実は悪魔みたいな怖い男に追いかけられたことがあって、それ以来男が苦手なの。いやらしくてギラギラした目つきで見られると怖くって…」


 ──それにしても変わったニンフだな…


「でも、あなたは怖くないわ。不思議ね。

 あなたとなら恋愛ができるかも…」


 ──いや。単にポーカーフェイスなだけで見るところはこっそり見ているからね。こればかりは男のさがだからあらがえない。


 フリードリヒは物体引き寄せアポートで服を取り寄せると、ニンフに渡す。

「普段はこれを身に付けるんだ。いいね」

「えーっ。なんだか暑苦しそう…」


「男に襲われてもいいのか?」

「それはいやだけど…」


 ニンフはしぶしぶ服を身につけた。着慣れていないせいかしっくりこないようだ。

 だが、こればかりは慣れてもらうしかない。


 ニンフとはそこで別れ、ケンタウロス族の村へ向かう。


 例によって歓迎のうたげが盛大に開かれた。


 ──今日は酒の失敗はしないぞ。


「今日はウイスキーがないのかい?」

「すまない。あれは貴重なものなので滅多に手に入らないんだ」


 もちろん嘘である。酒の失敗をしないように今回はあえて持ってこなかった。


「フランツィスカは酒禁止だからな」

「えーっ」


「胎児に悪影響があると困るだろう」

「わかったよ…」


「ヘリベルトは一段と大きくなったな」

 息子のヘリベルトはフランツィスカの両親に可愛がられている。


 そんなことでフランツィスカを里に送り届け、ナンツィヒに帰る途中…


「きゃーっ。誰か助けて!」


 またあのニンフが例のフォーンに追いかけられている。

 服を着ろといったのにまた薄絹一枚の姿に戻っている。


 ──だから言ったのに…


 しかし、あのフォーンも懲りない奴だ。


 フリードリヒは二人の間に割って入ると、フォーンの頭に拳骨げんこつを食らわせた。

 フォーンは軽い脳震盪のうしんとうを起こしたようで、ふらついている。


 フリードリヒは自分のことは棚にあげ、フォーンを説教する。

「好色なのもたいがいにしろ。彼女はいやがっているじゃないか!」

「それはあんな恰好を見せびらかすほうが悪い」


 ──それはわからないではないが…


「フォーンは動物の守護精霊だろう。もっと紳士的であるべきだ。私が性根を叩き直してやるから眷属けんぞくになれ!」

「えーっ。そ、それは…」


 フリードリヒはもういちど拳骨げんこつをチラつかせる。


「わ、わかった」

「じゃあ、おまえの名前はオスカーだ」


 軽く魔力を持っていかれると同時に不思議な感覚を覚えた。

 気がつくと近くの木でさえずっている鳥の話声が聞こえる。


 どうやらフォーンを眷属けんぞくにしたことで動物と話せるようになったようだ。

 森で情報取集するには便利なような気もするが、狩をするときも動物の悲鳴が聞こえるということだ。微妙な能力だな…


 そしてニンフに向かって言った。

「君のことはもう放っておけない。眷属けんぞくにしてナンツィヒに連れていく」

「えーっ。でも、私は木に宿る精霊だから…」


「宿る木は変えられないのか?」

「年を経た老木なら大丈夫だと思うけど…」


「それなら城にちょうど頃合いの木がある。大丈夫だろう」

「それなら…」

 ニンフは赤い顔をして恥ずかしそうにフリードリヒを見ている。


「君の名はハイディだ」

 魔力を少し持っていかれるとともに、彼女が実体化していく。

 リアルで見ると本当に超絶美少女だ。


「この間渡した服はどうした」

「置いてきちゃった」


 フリードリヒは物体引き寄せアポートでその服を取り寄せハイディに渡す。


「城では服を着ているのが当たり前だ。慣れてもらわないと困る」

「はーい」しぶしぶ返事をするハイディ。


 ハイディを城に連れていくと妻や愛妾たちの反応はあきれるやら、ため息をつくやら様々だったが、もうあきらめて怒る気もしないらしい。


(いや、これは人助けならぬ、精霊助けだから)と言い訳をしたかったが誰も聞く耳を持たなかった。


 ついでに、フォーンのオスカーも連れてきたが使いどころが難しい。

 とりあえず森の情報収集ができるということで、タンバヤ情報部の手伝いをさせることにした。

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