第86話 シュレースヴィヒ動乱 ~ホルシュタイン・シュレースヴィヒ同盟~

 デンマーク王ヴァルデマーⅡ世は王位を息子のエーリクⅣ世に譲り、自らは引退した。いわば院政のようなものである。


 それとともにシュレースヴィヒを次男のアーベルに分領(アパナージュ)として与えた。

 ヴァルデマーⅡ世にしてみれば王位を継げない次男への好意として行ったことなのだろうが、アーベルは王位をあきらめていなかった。


 アーベルは場合によっては実力行使も辞さない覚悟であったが、そのためには後背であるホルシュタインとの関係を安定させる必要がある。


 息子のヴァルデマーⅢ世は身代金のためケルン大司教に身柄を押さえられていたため。

 娘のゾフィーとホルシュタインとの縁組及び軍事同盟の締結ていけつを申し入れてきた。


 これを受けてフリードリヒは、外務卿ヘルムート・フォン・ミュラーと軍務卿レオナルト・フォン・ブルンスマイアーの三者で協議をしていた。


 ミュラーが口火を切った。

「縁組の話はシュレースヴィヒとの関係を安定されることから考えても悪い話ではないと思います。ロスヴィータ様の兄上のフリッツ様が適任かと思われます。しかし、軍事同盟の方はいかがなものかと…。こちらの軍事力をあてにしているのが見え見えです」


 これに対しブルンスマイアーが言う。

「だが、こちらがシュレースヴィヒに介入する口実になるということもある。ヴァルデマーⅢ世が拘束されている状況では、婿入りしたフリッツ様がシュレースヴィヒ公を継ぐ可能性もある。閣下は如何いかが考えられますか?」


「縁組は悪いことではないと思うが、その後の展開が読みにくい。いざという時にフリッツ殿を孤立させないために軍事同盟はあってもいいと思う。まあ、多少しゃくには触るがな…」


 こうしてロスヴィータの兄フリッツ・フォン・バードヴィーデンとゾフィー・エストリズセンの婚姻及びホルシュタインと・シュレースヴィヒ軍事同盟の締結がなされた。


    ◆


 この環境が整ってすぐにデンマーク王エーリクⅣ世が殺害された。


 アーベルと24人の貴族達は「アーベルはエーリクⅣ世の殺害に関与していない」という公式の宣言を発表したが、エーリクⅣ世はアーベルの命令によって殺害されたと広く信じられた。

 世間では旧約聖書の創世記の故事にちなんで、「号はアベル、業はカイン("Abel af navn, Kain af gavn")」とささやかれた。


 アーベルには末弟のクリストファーⅠ世もいたが、ここでクリストファーを王にえたら、国を割ることにもなりかねない。

 ヴァルデマーⅡ世はやむなくアーベルをデンマーク王とすることにした。


 問題はこれからである。

 デンマーク王となったアーベルはこともあろうにフリースラントに侵攻してきたのである。


 確かに軍事同盟を締結したのはあくまでもホルシュタイン伯国ではあるが、フリースラントを間接統治しているフリードリヒの立場をまるで理解していない。


 フリードリヒは激怒した。


 直ちに暗黒騎士団ドンクレリッターをフリースラントに派遣するとデンマーク軍を撃退した。

 また、船で逃走する艦隊もすべてクラーケンに沈めさせた。


 この過程でアーベルは戦死した。


 ヴァルデマーⅡ世は、今度こそデンマーク王をクリストファーⅠ世に継がせることとした。


 これにより立場が微妙となったのはシュレースヴィヒ公国である。


 新王クリストファーⅠ世にしてみれば、シュレースヴィヒを分領のままにしておくことは面白くない。


 一方、ゾフィーに婿入りしたフリッツにしてみれば、ゾフィーとの共同統治領として維持したい。


 両者の面子のぶつかり合いに対し、クリストファーⅠ世は軍事介入の姿勢を見せた。


 ここで生きてくるのがホルシュタイン・シュレースヴィヒ軍事同盟である。

 フリードリヒは、直ちにホルシュタインの領軍をシュレースヴィヒに派遣することを決めた。


 暗黒騎士団ドンクレリッターの派遣についてはとりあえず様子見とすることにした。

 ここであまり深入りしては神聖帝国とデンマークの全面戦争となり、皇帝の怒りを買いかねない。


 領軍の指揮官としてアダルベルト・フォン・ヴァイツェネガーを、その副官としてレギーナ・フォン・フライベルクを派遣し万全を期することにする。


 かくして、シュレースヴィヒ・ホルシュタイン連合軍とデンマーク軍はシュレースヴィヒとデンマークの国境付近で激突することとなった。


    ◆


 アダルベルトはレギーナに問う。

「副官殿、デンマーク軍の精鋭はフリースラントにでかなりやられたとはいえ相手は1万に対し、こちらは5千しかいない。単純に正面からのぶつかり合いという訳にはいかないがどうしたものか?」


 レギーナは答えた。

「ホルシュタイン軍には元食客しょっかくの精鋭がいます。彼らはフリードリヒ閣下に鍛えられて騎馬戦も得意ですから、彼らを右翼に集中的に配置した斜行陣としてはどうですか?」


「なるほど。軍事学校時代の模擬戦の再現というわけか。それはなつかしい。

 では私は中央で守りの方を担当する。レギーナ殿は右翼を指揮してくれ」

「わかりました」


 一方、デンマーク軍を指揮するクリストファーⅠ世はまだ若く、これが初陣であった。

 しかも、デンマーク軍は相手の倍の数である。これで油断するなという方が無理な話だ。


 攻撃はデンマーク軍の方から仕掛けてきた。

「こちらはやつらの倍の数がいるのだ。策を弄する必要はない。一気に蹴散けちらしてしまえ。突撃!」


 まずは、アダルベルトがこれに応じる。

「やつらの突破を許すな。我に続け。突撃アングリフ!」


まずは中央軍同士が激突する。


 デンマーク軍は突撃してきたシュレースヴィヒ・ホルシュタイン連合軍に対して弓の雨を降らせる。


 ──俺の得意は剣技だけと思うなよ!


「風よ来たれ。荒れる突風。ウィンドスコール!」


 突風が吹き、デンマーク軍の放った矢を無力化させる。

 今度は逆に突撃してくるデンマーク軍をやり返す。


「炎よ来たれ。火炎の矢衾やぶすま。レインオブファイア!」


 大量の炎の矢がデンマーク軍の出鼻をくじく。


「今回は大公がいないから楽勝なんて言ったのは誰だよ!」と敵陣の中から愚痴ぐちが聞こえる。


「おい! あの赤い髪。赤髪のアダルじゃないか。やつをったら恩賞は思いのままだぞ!」


 アダルベルトの赤髪は戦場でもよく目立つ。

 目ざとく見つけた敵がアダルベルトに殺到する。


 アダルベルトはおもむろにアロンダイトを抜くと敵を待ち構えた。


 一般兵が束になったところでアダルベルトの敵ではない。

 彼の行くところ血の花が咲き乱れた。


 中央軍が程よく敵を引き付けているおかげで右翼軍は動きやすくなった。


 レギーナが命令する。

「騎馬隊は外側から回り込んで敵を包囲しろ」


 デンマーク軍は騎馬だけで構成された軍の素早い展開についていくことができず、あっという間に包囲された。


「まずは弓で敵を削る。放てアタッケ!」


 元食客しょっかくたちは騎射も得意である。

 方や馬上からの弓攻撃など初めて目にするデンマーク軍は不意打ちをくらい戸惑うばかりである。


 程よく敵が混乱したところでレギーナは命令する。

「今だ。敵左翼を一気に押しつぶせ。突撃アングリフ!」


 デンマーク軍左翼は騎馬の突撃を受け、もはや陣形を保てずバラバラな状態である。

 そこを狙い、レギーナは繰り返し突撃をかける。


 クリストファーⅠ世の本陣に報告がある。

「敵騎馬隊の攻撃を受け、我が軍左翼は壊滅状態です。まもなくこちらにやってきます」

「何っ!」

 報告に驚くクリストファーⅠ世。


 その時、声が聞こえた。

「赤髪のアダルだ!」


 アダルベルトがクリストファーⅠ世の本陣から目視できるところまで近づいていた。


ちんは逃げるぞ!」

「陛下。指揮官が真っ先に逃げたとあっては、見方は総崩れになってしまいます。ご再考を!」


「何を言っておる。ちんが死んだらデンマークは終わりだ。とにかく逃げる。馬を持て!」


 指揮官の逃走により士気がガタ落ちとなったデンマーク軍はあっという間にシュレースヴィヒ・ホルシュタイン連合軍に蹴散らされた。


 終わってみるとデンマーク軍の死傷者は半数近くに及んでいた。

 シュレースヴィヒ・ホルシュタイン連合軍の損耗は1割にも満たなかった。


    ◆


 勝利の結果として、シュレースヴィヒ公国はデンマークの分領というよりは、もはや独立国といってよい領邦となった。しかもフリードリヒの義理の兄が治めるのであるから、立場としては神聖帝国寄りのである。


 一方のデンマークは、フリースラントに続き、シュレースヴィヒでも敗戦し、その国力を大幅に弱める結果となった。


    ◆


 フリードリヒはシュレースヴィヒ動乱の結果を聞いて満足していた。


 これまで大公たるフリードリヒ自らが指揮をして戦争をすることが多かったが、これからは部下も育てねばならないと思っていたところだ。

 アダルベルトがまさにフリードリヒがいなくともやれるということを証明してくれた。


 動乱の結果よりも、部下が育っていることの方がフリードリヒ的にはうれしかった。

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