第81話 アルル王国(1) ~ブルゴーニュ女伯~

 アルル王国は、旧ブルグント王国のあった地域に存在する王国で、ブルグント王国とも呼ぶ。

 この王国がアルル王国と呼ばれるのはアルルを首都としたためである。


 1032年、アルル王ルドルフⅢ世は継嗣を残せず死去した。アルル王国は1006年の条約によって、神聖帝国皇帝コンラートⅡ世が継承した。その後、歴代皇帝は「アルル王」の称号を維持しており、現在は皇帝フリードリヒⅡ世がアルル王である。


 名目上は皇帝によって統合されているアルル王国だが、現在はプロヴァンス伯領、プロヴァンス辺境伯領、ヴネサン伯領=教皇領、ヴィヴァレ司教領、リヨン大司教領、ドーフィネ(ヴィエンヌ伯領)、サヴォイア伯国、そしてブルゴーニュ伯領へと分裂して再構築されている。


 1127年、ツェーリンゲン家がブルゴーニュ伯領東部を獲得し、皇帝ロタールⅢ世からブルグント総監、すなわち皇帝代理職に任命された。


 ブルグント総監は名誉職であるとはいえ、自由経済圏の交渉をアルル王国で展開していくうえでは話を通しておくのが好ましい


 現在のブルグント総監であるグスタフ・フォン・ツェーリンゲンはフリードリヒの従叔父いとこおじに当たる。いままで面識もないので直接会ってみることにした。


「グスタフ様。お初にお目にかかります。ヘルマンⅣ世の息子のフリードリヒにございます」

「おお。お主がうわさに聞くフリードリヒか。是非あってみたいと思っておったのだ。なにしろツェーリンゲン家の出世頭だからな。さすがにいい面構えをしておる。気に入ったぞ。

 ところで、今日は何の用事で来たのだ?」


「ご存知かと思いますが、我が国では自由貿易協定を締結することで自由経済圏を広げているところなのです。北部の方はまとまってきたのですが、将来的には南部にまで広げてイタリアまでつなげたいのです」

「その話ならば小耳には挟んでおる。なかなか景気が良いそうではないか。わしは名目的な力しかないが、各領主には一筆書いてしんぜよう」


「かたじけのうございます。ところで、私はアルルの地には不案内なものですから、各領主を説得するに当たり、何かアドバイスはございませんか?」

「そうじゃのう。まずはブルゴーニュ女伯をなんとかすることだな。なかなか気難しいやつだからな」

「なるほど。肝にめいじておきます」


 ブルゴーニュ伯はツェーリンゲン家に領土を渡し、半減した見返りに、帝国、すなわち皇帝代理であるツェーリンゲン家への臣従義務から解放されて自由伯(フランシュ=コンテ)を名乗っている。ブルゴーニュ伯は帝国領でありながら、独立した地位を得たのである。



 ブルゴーニュ女伯のベアトリクス・フォン・シュタウフェンはホーエンシュタウフェン家の人間であり、ヴィオランテの遠縁に当たる。

 父オトンがブザンソンで暗殺された後、男子がいなかったために姉ジャンヌⅠ世が幼くして伯位を継いだ。しかしジャンヌも早世したため、ベアトリスが後を継いだのである。

 そんな彼女は現在22歳になった。領主になったのが12歳の時なので、もう10年も領主をやっていることになる。


 グスタフの助言に従い、フリードリヒは早速にブルゴーニュ女伯に会ってみることにした。

「あなたがロートリンゲン大公閣下かい? ずいぶんと若くていい男じゃないか。閣下自らお出ましとは恐れ入るねえ」

「貴国の重要性にかんがみればこそです」


「ところでわざわざ来たのは自由なんとかの話にきたのかい?」

「お察しいただき幸いに存じます。そもそも自由貿易協定は…」


 ベアトリクスはフリードリヒの話をさえぎった。

「いやあ。小難しい話はなしだ。要するに自由なんとかに参加すれば私の国はもうかる。そういうことだろう?」

「端的に言えばそういうことです」


 どうもこういう姐御肌あねごはだの女性は今まであまり付き合った経験がないだけに、どう接していいのか見当がつかない。


「それについては前向きに考えてもいいが、条件がある」

「条件とは?」


「あんた私の婿になって共同統治者になってくれないかい?女の独り身で領主なんて重たい仕事をやるのは心細いんだよ」


 見るからに肝っ玉の太そうな女性だ。そうは見えないが…


「それは確かにたいへんでしょう。しかし、私も本国のロートリンゲンを治める責務があります。共同統治と言われても難しいですね」

「いやあ。あんたが後ろ盾になってくれるだけでいいんだ。それだけでもずいぶんと心持ちが軽くなる。それに強いんだろ。暗黒騎士団ドンクレリッターっていうんだっけ?」


「ええ」

「私は強くていい男が大好きなのさ。実は一目見て気にいったんだ。一目惚れってやつさ」


 ──本当かよ?


 どこまでが本音なのか読めない。もしかして全部本音で語っているのか?


 だが、この話自体は悪い内容ではない。


「実質的に統治をお手伝いするのは難しく、多分に名目的な結婚になってしまいますが、それでもよろしければお受けすることもやぶさかではありません」

「そうかい。それでかまわないよ。じゃあ決まりだな。

 そうと決まれば今日は祝いのうたげだ。あんたもつきあいな」

「は、はい」


 やっぱりこういう女性はどう付き合えばよいのかわからない…


 その夜。

 うたげの席ではベアトリクスが一方的にしゃべりまくり、無口なフリードリヒはほとんど相槌あいづちを打つに留まっていた。

 不思議なことに、それでも彼女は上機嫌だった。


 こんなんでいいのかな? でも彼女は機嫌がよさそうだし、まあいいか。


 フリードリヒが床に入ろうとした時、部屋をノックする者がいる。

「私だよ」

 ベアトリクスの声だ。ドアを開けて彼女を迎える。


「実は夜這よばいに来た…っていうのは嘘で、お礼にきたんだ」

「お礼?」


「私は人前では肝っ玉の太いふりをしているけれど、実はただの気の小さい女の子なのよ。だからあなたが旦那になってくれることになって本当にうれしいの」

 というとフリードリヒにそっと抱きついてきた。


 確かに今の彼女をみるとただの女の子だ。


 昼間の彼女の態度はすべて演技だというのか…

 それはそれで痛々しい。


 フリードリヒはベアトリクスをそっと抱き返した。

 彼女の目はうっすらと涙ぐんでいる。


 しばらくの間抱きしめてあげると彼女は満足して帰っていった。


    ◆


 結婚式は、アルル王国内の付き合いもあるので、リヨン大司教のところで執り行った。


 結婚式の時はベアトリクスは感極まって泣きそうになるのを懸命にこらえていた。よほどうれしかったのだろう。


 そして初夜を迎えた。

 ベアトリクスはちゃんと処女だった。22歳まで処女を守るとはある意味偉いと思った。


 頻繁ひんぱんに通うのは無理なので、子供は無理かなと思っていたが、フリードリヒの一発懐妊は健在だった。

 ベアトリクスは直ぐに懐妊した。どうやら初夜の時にできたらしい。


 できることならば、後継ぎの男子が生まれてくれるとうれしい。


    ◆


 ブルゴーニュ以外の領の交渉は、外務卿のヘルムート・フォン・ミュラーに任せることにした。


 ブルゴーニュの女傑が落とされたという事実はインパクトがあったらしく、交渉は順調に進んだ。また、この地域に影響力の大きいジェノヴァ共和国も参加済みということも大きな要因だろう。

 これも今までの積み重ねの結果だ。

 もちろんミュラー卿の交渉術も見事なものだった。


 教会領はどう出るか不安視していたが、あっけないほど簡単に交渉は妥結した。教会というのは商人と同様に金儲けには敏感なのだと改めて再認識させられた。


 そして残るはアルルの町があるプロヴァンス伯領だけとなったのだが…

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