第79話 歌う人魚 ~ローレライ~
ロートリンゲン内陸部への物流は陸路が中心で、大量輸送については川を使った輸送が主に使われており、なんといってもライン川の船運が大きな役割を果たしていた。川での輸送は甲板のない小舟が用いられていた。
ライン川流域の町ザンクト・ゴアールスハウゼン近くに、水面から130mほど突き出た岩山がある。ここは川幅がとても狭く、流れも速いうえ、急カーブを描いているためライン川の難所となっていた。
このためクリスト・フォン・ボルク国土交通卿のもとには物流をつかさどる商人たちから川幅の拡幅工事の要望が寄せられていた。
しかし、この岩には金色の
人々は妖精たちのことをローレライと呼んだ。ドイツ古語で沈む岩の意味である。
彼女たちの歌により、ライン川の拡幅工事は思うように進まず、ボルク国土交通卿の頭痛の種となっていた。
◆
ボルク国土交通卿は意を決してフリードリヒに相談した。
「……ということなのです。名高い冒険者白銀のアレクでもあられる大公閣下ならばなんとかできませんか?」
「わかった。皆が困っているということならば、微力を尽くしてみよう」
「ありがとうございます」
久しぶりのクエストだな。しかし、発注者は大公国だから報酬はなしか…。まあいいや。
◆
ローレライについては様々なバリエーションの伝承が語り継がれている。
ローレライは、不実な恋人に絶望してライン川に身を投げた乙女である。
ローレライは、見る者を
また、岩の下にあるニーベルンゲンの黄金、あるいはラインの黄金を守っているとも言われる。
ニーベルンゲンの黄金は、ニーベルンゲン族の小人アンドヴァリが隠し持っていた黄金で、北欧の神ロキがこれを奪った際、手に入れたものを死ぬ運命に至らしめる呪いをかけたものである。
以後、手に入れた者に次々と呪いをもたらし、最終的に川に沈められ、誰の手にも届かぬところへとしまい込まれた。
◆
魅了に対抗するには闇系だろうということで、フリードリヒは闇精霊のオスクリタを伴ってザンクト・ゴアールスハウゼンの町に向かった。
オスクリタはついこの間、彼女にそっくりな女児を出産した。名前は「闇子」みたいなのはいやだったので、普通にマルガレータとした。
こちらに向かうに当たり、グレーテルにあずけてきた。最近、皆がグレーテルを頼りにするので彼女は保育士みたいになりつつあり、気の毒だ。早く保育所的な施設を整備せねばなるまい。
町で情報を収集してみるが、話にバリエーションがあり過ぎて
仕方がないので、ローレライ像が
ローレライたちがいる岩に近づくと、彼女たちは怖がるそぶりを見せ、歌を歌い始めた。美しい歌声だ。
フリードリヒにとっては、その魅了にレジストするのは難しくなかった。だが、普通の人族では難しいのかもしれない。
まずは、オスクリタを先行させて話をさせてみる。少女姿の彼女なら怖くはないだろう。
「あなたは誰?」
「闇精霊のオスクリタ」
「何の用があるの?」
「
「
「
「う~ん。じゃあ。話を聞くだけなら…」
ローレライたちは怖がりのようなので、フリードリヒは様子を見ながら恐る恐る近づいた。
が、目のやり場に困った。
ローレライたちは衣服を身に付けていなかったのだ。
乳房は丸出しだし、人間の体と魚の体の境界付近にある性器も丸見えだ。人族と違って前向きに付いているので余計に扇情的だ。
取り急ぎタンバヤ商会で最近売り出し中のビキニの水着を
「ちょっと目のやり場に困るのだが、とりあえずこれを着てくれるかな?」
ローレライたちは今まで衣服など身に付けたことがないらしく、戸惑っていたが、最終的には着てくれた。下のパンツはそのままでは身につけられないので、又の部分を切ってあげた。
「ところで君たちはなぜ船乗りたちを川に沈めたりするんだい?」
「だって、船乗りの男たちって私たちを見るとギラギラしたいやらしい目つきで寄ってくるんだもの。怖くって…」
──そりゃそんな恰好していたら誘っているようなものじゃないか…
「それは服を着ていないことが原因だね。そもそも男というものは好色な動物だから、乳房を丸出しで見せられたりしたら誘われたと思って寄ってもくるさ」
「えーっ。そんなつもりはないのに…」
「男の方は自分の都合の良いように考えてしまうからね。君たちも男とはそういうものだということを前提に行動するようにした方がいい」
「わかったわ。私たちも沈めて殺すことが本意じゃないもの」
「感謝する。私もローレライたちには手出しをしないようお達しを出すことにしよう。
ところで、ここはライン川の難所だから船が安全に航行できるように拡幅工事をやっているんだ。君たちには近づかないようにするからできるだけ邪魔をしないようにして欲しい」
「それもわかったわ」
そこでオスクリタが口を挟んできた。
「他の男たちが怖いなら、
「そう言われてみるとこの人は怖い感じがしないわ。それに魔力もとっても
「それなら…」とオスクリタが言おうとしたときローレライは言った。
「
「なんでも言ってみてくれ」
「最近、ケルピーっていう乱暴な妖精が近くに住み着いて仲間も何人か食い殺されてしまったの。これをなんとかしてくれたらお礼に
──なかなか交渉上手だな…
「わかった。努力してみよう」
「じゃあ。お願いね」
◆
ケルピーはケルト系の妖精だったはず。灰色の馬の姿をしていて、人や動物や妖精を水に引きずり込んで食べてしまう凶暴な水棲の妖精だ。美男子に化けて若い娘を誘惑することもあるという。
確か十字架を付けたくつわを頭に
フリードリヒは魔法の杖に
見つけた。川の深いところに
さて、どうするかだが…若い女が好物みたいだから、悪いがオスクリタにおびき寄せてもらおう。
「オスクリタ。さりげなく無防備な感じであそこの川岸を歩いてくれ」
「了解」
オスクリタはボーっとした感じで川岸を歩いていく。
──よし上手いぞ…っていつもの感じか…
ケルピーは早速誘われたようだ。
若い男の姿に化けてオスクリタに近づいていく。
なかなかのイケメンだ。
フリードリヒはミラージュの魔法で姿を見えなくするとケルピーの背後から忍び寄る。
が、勘が鋭いらしく、もう少しというところで馬の姿に戻ると逃走していく。
フリードリヒはテレポーテーションで短距離転移し、ケルピーのうえに
「おのれ!」
ケルピーは怒っているが十字架を付けたくつわを付けている限り絶対服従だ。
「ローレライたちを食い殺した恨みを晴らしてもいいのだが、私の
「やむをえん」
「よし。ではおまえの名前はパーカーだ」
魔力を持っていかれる感覚がするが、ごくわずかだ。
ちょうどいいからセバスチャンの手下にでもしてやろう。
◆
ローレライたちのところに戻るとケルピーを捕獲したことを伝えた。
「ケルピーは遠くに連れていくからもうライン川には姿をみせないだろう」
「ありがとう。必ずやってくれると信じていたわ」
ローレライはそう言うとフリードリヒの頬にキスをした。
他の仲間たちも次々とキスをしていく。
「だ・か・ら。そういうことをするから男が寄ってくると言っている!」
「うふっ。わかっているわ。あなたは特別よ」
「君がリーダーなのか」
「そうよ」
「では約束どおり
ローレライたちは集団なので少し多めの魔力をもっていかれたが、今のフリードリヒからすれば大した量ではない。
「私は人族だから水中での活動が得意ではない。そのうち活躍してもらうこともあるだろう。その時は頼むぞ」
「わかったわ」
◆
しばらくして、どこから漏れたかわからないが、フリードリヒがローレライたちを手なずけたという
周辺国は、これをロートリンゲン大公がラインの黄金を手に入れたと解釈した。
周辺国は、ロートリンゲン大公国の国力がまた上がったと警戒したようだ。
実際のところは、タンバヤ商会の経営も順調でフリードリヒは金に不自由はしていないし、呪われた黄金などに興味はまったくなかった。
というわけで、ラインの黄金は、引き続きローレライたちに守ってもらうことにしている。
◆
ライン川の拡幅工事はローレライの妨害がなくなったことと、フリードリヒが悪魔を動員したおかげで、あっという間に完成した。運河建設に比べればかわいいものである。
これによりライン川の航行安全はより確保され、川をつかった物流もますます盛んとなっていった。
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