第44話 ブービーヌの戦い(1) ~第6騎士団の介入~

 プランタジネット家のイングランド王ジョンは、フランス領土の大部分を甥のブルターニュ公アルテュールⅠ世やフランス王フィリップⅡ世との抗争で失っており、その回復を目指していた。

 また、フランドル伯フェランはフランス王と抗争しており、自領への侵攻を受けていた。


 ジョンは、以前から同盟していたオットーⅣ世やフランドル伯らとはかって、フィリップⅡ世を南北から挟撃する計画を立てた。

 ジョンがフランス南部に進撃し、同時にイングランド、ドイツ、フランドルなどの連合軍が北部からフランスに侵入するというものである。


 イングランド王ジョンはつぶやいた。


「あの大男にも最後に少しは役にたってもらわねばな。今までさんざん援助してきた甲斐かいがない…」


    ◆


「クララどう思う?」


 イングランド王の使者からジョンの計画を聞いたオットーⅣ世は、お気に入りの愛妾であるクララ・エシケーに尋ねた。傲岸ごうがんな性格の彼も、追い詰められて気弱になっていたのである。


 クララは素っ気ない表情で答えた。

「ドイツはほぼホーエンシュタウフェン家側に回ってしまったから、外からホーエンシュタウフェン家を援助するフランスを攻撃してみるのも悪くないんじゃないかしら…」


「そうだな。もうそのくらいしか手はないか…」

 オットーⅣ世は自信なさげにつぶやいた。


 それを氷のように冷たい表情で見つめるクララにオットーⅣ世は気づいていない。


「おまえは最後まで付いてきてくれるよな?」

 オットーⅣ世はすがるように尋ねた。


「私の心は最後まで陛下のものよ」

「そうか。安心した」


 だがオットーⅣ世は気づいていない。クララの心はもうここにはないことに…


    ◆


 ホーエンシュタウフェン家に追い込まれていたオットーⅣ世は、イングランド王ジョンと結んで、フリードリヒⅡ世を支持するフランス王フィリップⅡ世を攻撃することで活路を見出そうとした。


 ホーエンシュタウフェン家とヴェルフ家の対立はフランス対イングランドの対立の構図と重なっていた。

 折しも、フランスとイングランドは後に100年戦争と呼ばれる長い戦いの真っただ中にあった。


    ◆


 フリードリヒは館の自室でタンバヤ情報部のアリーセからの報告を聞いていた。


 話によると、オットーⅣ世がイングランド王ジョンと組んでフランスを挟撃する作戦を遂行するということだ。


 だがフリードリヒは宮仕えの身だ。勝手に動くことは許されない。それに数的には連合軍が有利だがフランス軍が負けると決まった訳でもない。


 結局、フリードリヒは、上層部の判断を静観することした。


    ◆


 数日後。

 シュバーベン公の館では、フリードリヒⅡ世、軍務卿のハーラルト・フォン・バーナー、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハ、副団長のモーリッツ・フォン・リーシックが集まってフランスと連合軍の戦いに対する対応を協議していた。


 フリードリヒⅡ世が訪ねる。

「この戦いでフランス軍が手ひどくやられるようなことがあるとフランスからの援助が途絶えてしまう。オットーのやつが息を吹き返すことにもなりかねん」

「確かに、何もせずに静観するという手はあり得ませんな」

 バーナーが答える。


 そこでチェルハが発言する。

「ここはオットーの軍がフランスへ着く前に一撃加えておくべきでしょう。数が減らせればそれだけフランスが有利になります」


「では誰を使わす? またあの小僧か?」

 フリードリヒⅡ世は若干不愉快そうな顔をしながら訪ねた。


「強くて、早くてとにかく使い勝手がいいですから、仕方ありませんな」


 チェルハは平然と答えた。

 客観的に見てそうなのだからフリードリヒⅡ世も反論が難しい。


 バーナーが訪ねる。

「しかし第6だけで大丈夫なのか?」

「もともと他国の戦争ですからね、今回は大勝する必要はありません。

 数さえ減らせば後はフランス軍が片付けてくれるでしょう。

 必要なら第5を付けますが、それは小僧自身に選ばせましょう。おそらくいらないと言うでしょうがね」


 フリードリヒⅡ世は、しばらく考え込むと結論を出した。

「また小僧を頼るのはしゃくではあるが、卿の言うことは理解した。あとはあの小僧に任せてみよう。

 だが、今回も失敗は許さぬからな。きつく言いわたしておけ!」


 シュバーベン公は相変わらずフリードリヒに対して辛口なのであった。


    ◆


 フリードリヒは、近衛騎士団長のチェルハに呼び出された。


 フリードリヒは、早速に話を切り出す。

「オットー軍のことですね」

「相変わらず情報が早いな。わかっているなら話は早い。第6騎士団で対処してもらいたい」


「了解いたしました。対処方針などはありますか?」

「同じ帝国人同士だから殺し過ぎないように頼む」


「それは心得ているつもりです」

「第6だけでだいじょうぶか?」


 殲滅せんめつせよというのなら別だが、数を減らすだけなら問題ない。


「十分です」


 チェルハは予想通りと心中でニヤリとした。彼は第6の実力ならば完勝することも可能だと踏んでいた。


「それは心強い。よろしくたのむぞ」

「はっ。では、失礼いたします」


 フリードリヒは、騎士団長の部屋をあとにすると、早速出発の準備に取りかかった。


    ◆


 今回は少しズルをするつもりだ。

 既に出発しているオットー軍を追いかけるのではなく、遠距離の転移魔法で先回りするのだ。


 まずはダミーとしていったん全軍が駐屯所から出陣した姿を見せつける。


 フリードリヒが第6騎士団を出発させると、一斉にバイコーン騎兵が走り出し、ペガサス騎兵が羽ばたく。ダークナイトも冥界へ戻らせず、いったん行軍させる。

 その騒然とした行軍の様子をいやでも人々の目に留まったはずだ。


 郊外の人目につかないところで行軍を止めた。

 千里眼クレヤボヤンスでオットー軍の居所を探っていく。ちょっと遠距離だが問題ないだろう。


 見つけたオットー軍だ。

 当然だが敵に襲われることなど想定もせず、長蛇の列をなして行軍している。


「テンプス。では頼む。場所はここだ」

 フリードリヒは、テレパシーで転移先の場所を伝えた。


「わかったわ。任せて」


 時空精霊のテンプスが手を掲げると青い魔法陣が姿を現した。この魔法陣がオットー軍の行軍先とつながっているのだ。


「では、我に続け!」


 第6騎士団の要員が魔法陣にあがると、その姿がかき消えていく。そして転移先の魔法陣から続々と姿を現していた。


 全員の転移が終わると、フリードリヒは、なだらかな丘の上に陣を構えた。

 幻影ミラージュの魔法で敵からは視認できないようにしてある。


 そのままオットー軍が通り過ぎるのを待つ。オットー軍の背後から襲うのだ。


 頃合いを見てフリードリヒが命令を出す。

「ネライダ。まずはペガサス騎兵だ。突撃アングリフ!」


 ペガサス騎兵が一斉に飛び立つ。その羽音にオットー軍の兵士は驚き、恐怖に染まった顔で仰ぎ見ている。


炸裂弾さくれつだん投下ファーレン!」


 ネライダの指示で炸裂弾さくれつだんが投下されるとすさまじい爆音があがった。

 爆発音に人も馬も驚き、特に馬は制御を失って走り去っていくものも多い。


 投下位置に近かった者は爆風や破片を浴びて血まみれになって助けを求めている。従士たちは対応に右往左往している。


「続けて弓放てアタッケ!」


 上空から打ち下ろす矢の雨が敵を襲う。

 下から弓を打ち上げて反撃を試みる者もいるが、重力に逆らって打ってもペガサス騎兵には届かない。


 これを避けようと上に盾を構えると、今度はバイコーン騎兵がやってきて横向きの矢がやって来る。これを同時に防ぐことはできない。


「オスクリタ。ダークナイトも出撃だ」

「了解」


 ダークナイトの恐ろしい姿を見てオットー軍の兵士は恐怖した。脱走を試みる者も出始めた。


 その頃、ようやくオットーのもとに後背から攻撃を受けていることが報告された。長蛇の列で行軍をしていたことが裏目に出た形である。


 想定外の敵の出現にオットーは驚愕した。


「なにっ! いったいどうしたことだ。とにかく陣をしけるところまで撤退だ!」


 オットー軍は前方へ向け全速力で撤退を始めた。


 その頃。オットー軍の後列の方は既に散りぢりになっていた。ようやく前列に合わせて撤退を始めたが、負傷者を収容しながらなので遅々として進まない。


 だがフリードリヒは追撃はしなかった。

 先ほどの攻撃でオットー軍の2割くらいの死傷者が出ていたからだ。敵を大きく削るのはこのくらいでいいだろう。


「だが、これで終わりではないぞ」

 フリードリヒは誰に言うでもなくつぶやいた。

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