第41話 ハイデルベルクの蜂起 ~暗黒魔法とキメラのホムンクルス~

 アリーセからの情報を聞いた夜。フリードリヒは夢を見た。


 黒いローブを着た魔導士が複数で儀式を行っている。男たちの姿形はぼんやりしてよく見えない。また認識阻害の魔法だろう。

 町の広場に巨大な魔法陣が見える。


 あれは闇魔法の魅了の魔法陣だ。それにしてもサイズが大きい。

 フリードリヒでもあれだけの大規模魔法は難しいだろう。


 フリードリヒは、そこで目が覚めた。


 先ほどの夢はかなりクリアに覚えている。おそらく予知夢であろう。


「それにしてもあの魔法陣の規模は半端ではない。これは町の住人全員に魅了の魔法をかけようとしているのか?」


    ◆


 新たな情報がないまま数日が過ぎた。


 訓練をしていたフリードリヒのもとに鳩が飛んできた。セイレーンのマルグリート配下の鳩だ。

 足に手紙が着けられている。アリーセからのものだろう。ハイデルベルクの町に何かあったか…


 手紙によると、ハイデルベルクの住民が一斉に蜂起ほうきし、駐屯していた少数のホーエンシュタウフェン軍を追い出してしまったという。


 あの予知夢が頭をよぎる。

 住民たちは薔薇十字団ローゼンクロイツァーに魅了の魔法であやつられているに違いない。


 これでホーエンシュタウフェン家が討伐軍でも送ったら、無実の住民が多数殺されてしまう。


 フリードリヒは近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハのもとに急いだ。


 団長の官舎に着くと、ちょうどチェルハが出かけようとするところだった。

 フリードリヒはチェルハに声をかける。


「団長。お待ちください」

「どうした? ツェーリンゲン卿」


「ハイデルベルクで蜂起ほうきがあったのでしょう?」

「さすがは情報が早いな。今、シュバーベン公からの呼び出しがあったところだ」


「原因もはっきりしませんし、まずは私に情報を探らせてください。

 相手は素人ばかりで制圧はいつでもできます。急ぐ必要はありません」

「だが、ヴェルフ家の軍を引き入れられたりしたら泥沼になってしまうぞ」


 なかなか痛いところを突かれた。どうする?


「では、ハイデルベルクの郊外に第6騎士団を駐留させます。ヴェルフ家が軍を入れるようであれば阻止します」

「それでいいのか? 確かに第6騎士団は足が一番早いので適任ではあるが…」


「もちろんです」

「わかった。ではシュバーベン公にはそのように上申してみよう」

「ありがとうございます」


    ◆


 シュバーベン公の館では、フリードリヒⅡ世、軍務卿のハーラルト・フォン・バーナー、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハ、副団長のモーリッツ・フォン・リーシックが集まってハイデルベルク蜂起に対する対応を協議していた。


 フリードリヒⅡ世が訪ねる。

「今回の蜂起はせぬな。原因になるようなことは思い当たらないのだろう?」

「はっ。事前に不穏な動きは察知できませんでしたし、そもそもホーエンシュタウフェン家に不満を持っていたという情報もありませんでした」

 バーナーが答える。


 チェルハがここぞとばかりに発言する。

「そこでですが、ツェーリンゲン卿が『制圧ならいつでもできるから、その前に自ら情報を探らせて欲しい』と言ってきております」

「まさかヴェルフ家に寝返る気ではあるまいな?」

 フリードリヒⅡ世は今一つ信用していないようだ。


「その気ならもうハイデルベルクに入っていますよ。それにツェーリンゲン卿がヴィオランテ様のお父上を裏切るとはとても思えません」

 チェルハは若干の皮肉を込めて答えた。


 フリードリヒⅡ世は若干不愉快そうな表情だ。的を得た指摘だが、ヴィオランテと交際していること自体が面白くないのだ。


 これを見ない振りをして、バーナーが話を進める。

「あの小僧のげんにも一理あります。万が一、裏で誰かがあやつっていて住民たちが不本意に蜂起ほうきしていたとしたら、これを無意味に殺傷することにもなりかねません」


 フリードリヒⅡ世は、しばらく考え込むと結論を出した。

「小僧のげんに従うのはしゃくではあるが、卿の言うことは理解した。ここはあの小僧に任せてみよう。

 だが、失敗は許さぬからな。きつく言いわたしておけ!」


 さすがに公私を区別する分別は持ち合わせていたようだ。


    ◆


 近衛騎士団の駐屯所では、フリードリヒが第6騎士団の出発体制を整えて待っていた。


 そこへチェルハがやってきた。


「公のお許しが出たぞ。だが失敗は許さぬそうだ」

「ありがとうございます。もちろん心得ております。では、急ぎますので失礼します」


 フリードリヒが第6騎士団を出発させると、一斉にバイコーン騎兵が走り出し、ペガサス騎兵が羽ばたく。ダークナイトはいったん冥界へ戻らせ、現地にてもう一度召喚する予定だ。

 その騒然とした行軍の様子をアウクスブルクの町の人々は驚いた表情で眺めていた。


 その日の夕刻にはハイデルベルクに着いた。町から5キロメートルほど離れた平地に陣を構えた。

 そこでいったん夕食にしたあと、ハイデルベルクの町の様子を探ることにする。


 

「これからハイデルベルクの様子を探りに行く。軍を動かしたら気づかれるので、少数精鋭にする。

 パーティーメンバー、マリー、ローラ、キャリーとオスクリタは一緒に来てくれ。

 レギーナは、私がいない間の団の指揮を頼む。万が一ヴェルフ家の軍が来たら阻止してくれ」

「了解いたしました」


「フリードリヒ様。ぜひ私も! 私はいつもフリードリヒ様のおそばにいたいのです!」

 とアダルベルトが主張した。


 こいつも言い出したらしつこいからな。しかたがない。


「わかった。アダルも付いてこい!」

「承知いたしました」


 町に近づいて様子を見る。

 町の外壁では武装した住民が外を見張っている。やはり闇魔法で魅了されているようだ。


 武装は農機具程度かと思ったが、成人男性には剣や槍がいきわたっているようだ。薔薇十字団ローゼンクロイツァーが手配していたに違いない。


 素人の戦闘力などたががしれているが、できるだけ傷つけないように制圧するにはどうすべきか。そこが思案のしどころだ。

 やはり元凶の魔法陣をなんとかせねばなるまい。


「住民が寝静まるまで様子をみよう。それまで交替で仮眠だ」

「こんなところで寝るなんて無理よ」

 ヘルミーネが反論してきた。


「眠れなくとも体を休めるだけでいい。とにかく緊張を緩めないと後がもたないぞ」

「わかったわよ」

 ヘルミーネはちょっとふくれっ面をしながら横になった。


 そして深夜。


「よし。皆、行くぞ。用意はいいな」


 ヘルミーネは眠そうな表情をしている。


「ヘルミーネは眠いのならベアトリスに水をぶっかけてもらおうか?」

「えっ。えっ。いいわよ。大丈夫だから」


 そう言うと急にシャキッとなった。ゼウスのダンジョンでのことを思いだしたのだろう。


 外壁の見張りが寝ぼけているところを見計らってテレポーテーションで町の中に侵入する。


 千里眼クレヤボヤンスで町の中を探ってみると、見回りの人間はいるにはいるが数が少ない。

 これなら中央広場の魔法陣にたどり着くのは難しくない。


 見回りをかわしながら進み中央広場が視界に入ったところで突然敵が現れた。


 剣士が30人と人形態の奇妙な生き物が10体ばかり。

 奇妙な生き物は人型でありながら熊や虎の腕がついていたり、腕が触手になっているものもいる。


 確か薔薇十字団ローゼンクロイツァーはホムンクルス作りにも力を入れていると聞いたことがあるが、人間と魔獣を合体させたキメラのホムンクルスか?


 すごい技術ではあるが、なんと非倫理的な!


「そろそろ来る頃だと思ってたわ」


 剣士たちのリーダーはエリーザベトだった。

 直接かかわっていないなどと言っておきながらこれか…


 当のエリーザベトは全く素知らぬふりである。

 確かに知人だとバレたらお互いの立場をまずくするだろう。


「おまえがリーダーか?」

「そうよ」


「この女は私が相手をする」

「ほかのやつらは皆で頼む」


「「「了解!」」」


 エリーザベトはいきなり攻撃してきた。レイピアの鋭い刺突がフリードリヒを襲う。


 ──なんかこいつ腕を上げてないか?


 以前戦った時も強かったが明らかに強くなっている。それに本気だ。ここはこちらも本気でいかないとやられる。

 フリードリヒは精神を手中して半眼になるとプラーナで身体強化をする。


 フリードリヒの攻撃のパワーとスピードが一気に上がった。エリーザベトは押され気味となり防戦一方だ。

 すきを見てみぞおちに剣のつかで一撃を入れるとエリーザベトは気を失った。


 その時、後ろからときの声があがった。住民たちが気づいて応援にかけつけたようだ。


「オスクリタ。住民たちの魅了をディスペルしてくれ」

「了解」


 このためにオスクリタを連れてきたのだ。

 オスクリタは次から次へと住民たちの魅了をいていく。


 正気に戻った住民たちは戦いの様子に恐れをなして皆が逃げて行った。


 ──それでよし。素人しろうと下手へたに加勢させると面倒だからな。


 その時、悲鳴があがった。

 見るとヘルミーネがホムンクルスの触手に拘束こうそくされているではないか。


 姫騎士が触手に拘束こうそくされるとはなんと定番の展開。しかし、ここはお決まりのエロい展開にはならない。


 フリードリヒはウィンドカッターで触手を切断するとヘルミーネを救出した。


「もう。早く助けなさいよね」

 いつものヘルミーネの対応だ。良かった。


「こいつは私が相手をするから、おまえは人間の相手をしろ」

「わかったわ」


 ホムンクルスの触手はその間にもみるみる再生して元通りになった。


「何度再生しても同じだ!」


 フリードリヒはウィンドカッターで全ての触手を切断する。切断面から粘液がドロドロと流れ出ている。


 すかさず丸腰になったホムンクルスの心臓を一突きするとホムンクルスはおびただしい血を噴出して絶命した。


    ◆


 アダルベルトは虎の腕と足を持つホムンクルスと戦っていた。口からはサーベルタイガーのような長い牙が伸びている。


 ホムンクルスの敏捷びんしょうな攻撃にアダルベルトは押され気味だ。

 アダルベルトは精神を集中しプラーナで更に身体強化を図るとパワーとスピードが一段あがった。


 今度はホムンクルスの顔色が変わり、防戦一方となった。


 ついに、アダルベルトの一撃が決まりホムンクルスの左腕を切り飛ばした。

 左腕の切断面からは、心臓の鼓動に合わせてどくどくと脈打ちながら血が大量に流れ出ている。


 その流れのままホムンクルスの右腕も切り飛ばすと、アダルベルトはホムンクルスの首をねた。

 首からもおびただしい鮮血がほとばしり、ホムンクルスは絶命した。


 アダルベルトが問題の魔導士たちの方へ向かおうとすると、人相の悪い男が立ちはだかった。


「このヴェルンハルト様の邪魔をするとは許せぬ。おい。やってしまえ!」


 身長2メートルは超えていると思われる筋骨隆々としたマッチョ男が両手にバトルアックスを持って襲ってきた。

 戦闘の激しさとは無縁に無表情なところが不気味である。


 普通は筋肉をつけ過ぎると敏捷びんしょう性が落ちてしまうものだが、この男は違った。パワーだけでなく、動きも著しく敏捷びんしょうだ。


 アダルベルトは必死に攻撃を防御する。

 もう一度精神を集中しプラーナで更に身体強化を図るとパワーとスピードが一段あがった。


 これで何とか対等か?


 激しい攻防が続き、ついにアダルベルトの一撃が相手の右腕を切り飛ばすかに見えた。

 しかし、「ガキン」という鋭い音とともに剣がはじき返された。その反動で剣を取り落としそうになるのをアダルベルトは必死にこらえた。


 ──いったい何が起こった?


 男の右腕は、皮膚が切れているがその下から金属のようなものがのぞいている。

 これは…人造人間? この時代にあるとしたら、とんでもないアーティファクトだ。


 しかし、剣で切れないとするとどうすればいい? 魔法で対処可能か?


 アダルベルトの顔を冷や汗が伝った。

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