第2節 薔薇十字団再び
第40話 女狐と薔薇 ~薔薇十字団(ローゼンクロイツァー)の陰謀~
現皇帝のオットー4世は頑強な長身の体躯を持つ、強情かつ
そんな彼だが、最近、お気に入りの愛妾であるクララ・エシケーに対しては惜しみなく散財しているという
クララは
事が終わったあと、皇帝の寝室のベッドのうえでクララが甘えた声でおねだりをする。
「陛下。私、欲しいものがあるの」
「なんだ。また宝石か?」
聞いてもらえるとみて、クララは内心笑みを浮かべた。
「町が一つ欲しいの」
「町? どこの街だ? 軍隊などは出せぬぞ」
さすがに言いなりという訳ではないらしい。
「ハイデルベルクよ。陛下には面倒をかけないから黙って見ていて欲しいの」
「ハイデルベルクならホーエンシュタウフェン寄りの町だからかまわないが…。どうするつもりだ?」
「それを言っちゃったらつまらないでしょ」
クララは小悪魔的な表情でオットーを見つめる。
オットーはそれに魅惑され、表情を赤くした。
「まあいい。好きにしろ」
クララは舌なめずりをした。
「陛下。大好きぃ。じゃあ、もう一回サービスしちゃうね」
「い、いや。もう一回は…」
◆
翌日の夕刻。薄暗い中、人目を忍んでクララのもとを訪れる男がいた。男はクララに頭を垂れた。
「ヴェルンハルト。話はつけたわ。陛下は手を出さない。あの男に伝えてちょうだい」
「エシケ―様。団長をあの男扱いは見逃せませんな」
ヴェルンハルトは鋭い目でクララを
クララは全く
「私はあの男の部下でもなんでもないもの。これはただの取引よ」
ヴェルンハルトはクララの
「それはそうですが、取引の相手方として尊重してもらわないと…」
「一度も顔を見せないくせに、尊重も何もあったものじゃないわ。その言葉そのまま返させてもらうわ」
ヴェルンハルトは折れた。秘密結社の団長が簡単に素顔をさらすわけにはいかない。ここで変な
「わかりました。団長にはお伝えしておきます」
◆
ある夜。フリードリヒの部屋の窓をノックする者がいる。
「アリーセか?」
「誰? そのアリーセっていうのは? あなたのいい人?」
見るとエリーザベトではないか。今日もスタイルの良さをみせつけるようなセクシーなドレスを着ている。
フリードリヒは、窓を開けエリーザベトを部屋に招き入れる。彼女は身軽な動作で窓枠を乗り越えると部屋に入ってくる。
「またおまえか」
「そんなつれないことを言ってぇ。嫌いじゃないくせに…」
エリーザベトによるフリードリヒ暗殺未遂のあった日から、彼女は度々フリードリヒの部屋を訪ねるようになっていた。それでなし崩し的に関係を持ってしまっているのだ。
あれからフリードリヒを殺そうとする様子はない。
エリーザベトが唐突に話しを始めた。
「気をやる前に言っておくわ。次はハイデルベルクよ」
何を唐突に?
「
「それ以上は私も知らない。直接かかわっていないのよ」
エリーザベトは嘘を言っている表情には見えない。だがあの女狐のことだから…
真実の情報なのか判断に悩む。だが変に詳細でない断片的な情報なところがもっともらしくはある。
「そうか。残念だ」
一転して、エリーザベトの声色が変わる。
「それよりぃ。教えてあげたんだからサービスしてよね。私、あなたの愛し方にメロメロなんだからね」
──アフロディーテみたいなことを言うな。
「了解した」
「なによ。その事務口調は! 色気のない!」
ここは怒られてもどうしようもない。そういう性格なのだ。
「すまない」
その夜はエリーザベトの要望どおりサービスしてあげた。
これで、これからも情報提供してくれるとありがたいのだが…
翌朝。
フリードリヒはとりあえずエリーザベトの情報を信じることにして、ハイデルベルクの状況を探るようタンバヤ商会の情報部に指示を出した。
◆
シュバーベン大公国の北部に隣接するフランケン公国には、現在、大公が任命されておらず、分裂の危機にあった。
フランケン公はここ数代、ホーエンシュタウフェン系の大公が任命されていたため、各都市はホーエンシュタウフェン家寄りの都市が多い。
ライン川とネッカー川の合流点近くに位置するハイデルベルクもその中の一つである。
深夜のハイデルベルクの町を
男たちは町に散らばると、何かを調べ、再び集合し小声で何やら話し合っている。
「ヴェルンハルト様。そうするとやはり…」
「町の中央広場がいいだろう」
その会話に建物の影から聞き耳をたてる人影が1人。アリーセである。
ちっ。名前と場所しか聞こえなかった。これだけでもフリードリヒ様に連絡だ。アリーセは
翌朝。朝一番にローザに起こされた。
「あなた。アリーセから手紙よ」
「ありがとう」
手紙によると、ヴェルンハルトという男をリーダーとする4人組の男が深夜に町を探っており、中央広場で何かをする算段をしていたという。
ヴェルンハルトという名前は聞き覚えがある。マグヌス博士の屋敷に出入りしていた人間だ。
エリーザベトの情報は正しかったのだ。
しかし、これだけでは情報が少なすぎて動くに動けない。
心配ばかりが先に立つフリードリヒであった。
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