閑話12 森の種族たち ~エルフとドワーフ~

 黒の森には善良なものから人族を喰らう邪悪なものまで、次のような様々な人型の種族が暮らしている。


●エルフ

 妖精の地を引く高貴な一族。黒い森の奥地に村があり、その上位種であるハイエルフの族長が治めている。

 森の知識に詳しく、魔法も得意。村には幻惑の魔法が施されており、普通の人間が村にたどり着くことはできないと言われている。

 完全に閉鎖的ではなく、時折町に薬や薬草を行商に来ており、日用品などを調達していく。


●ドワーフ

 高度な鍛冶や工芸技能をもつとされており、外観は男女共に背丈が低い。力強く屈強で、特に男性はその多くで長い髭をたくわえている。地中を好み、岩穴で暮らす。人族とも交流があり、中には人族に混じって暮らす者もいる。


●ケンタウロス

 人間の上半身と馬の下半身を持つ亜人。好色で酒好きの暴れ者といわれており、弓矢や槍、棍棒を使う。


●ゴブリン/ホブゴブリン

 小さい醜悪な外見の人型の妖精で緑がかった肌をしている。人間に対する害意を持った質の悪い悪さをするため、他の妖精たちからも嫌われている。

 一方、ホブゴブリンはゴブリンの上位種で外見は似ているものの性質は善良である。


●オーク

 豚のような容姿の人型の種族で、非常に大食漢と言われている。


●トロール

 身長2m~5mの大きな体でとてつもなく怪力と言われている。動きは鈍重で頭の回転も鈍いとされている。


●サイクロプス

 かつて卓越した鍛冶技術を持つ単眼の巨人族だったが、現在は人族を喰らうただ粗暴なだけの怪物となってしまっている。


●オーガ

 豊かな髪の毛とぼうぼうのあごひげをはやした大きな頭とふくらんだ腹と強靭な肉体をもつ大男である。人族を喰らう怪物と信じられている。


 フリードリヒは、技能を持っていて人族からも一定の尊敬を持たれる存在となっていたエルフやドワーフとは、かねがね交流を深めたいと考えていた。


 まずは、ネライダに世話になっていることもあるし、エルフからだろう。せっかくだから木精霊のプランツェにも一緒に来てもらおう。


 フリードリヒがエルフ族に一番期待するのは薬学に関する知識である。この世界では技術が未熟なこともあって化学合成による薬品製造が難しいためだ。

 あわよくば商会としての商談もしておきたい。エルフ族も行商はしているし、それを拡大することに興味がなくはないだろう。


 問題は誰を連れていくかだが、メンバーには闇の者もいるし、高潔なエルフ族には嫌われる恐れがある。かといって闇の者以外となると差別になってしまってメンバーも納得しないだろうし、フリードリヒのポリシーにも反する。

 今回はネライダの里帰りということで、ネライダとプランツェの少数精鋭にしよう。


「ネライダ。君には世話になっているから、一度森の村へ行って君の母上に挨拶をしておこうと思うのだが、どうだ?」

「主様。私などのためにそこまでしてもらう必要は…。もったいない話です」

「なに。実のところそれは口実で、本当のところはエルフ族の薬学の知識に興味があってな。それにあわよくば商会の商談もできたらと思っている。だからネライダが遠慮する必要はない」


「そういうことならばわかりました。でも主様と一緒というのは少し恥ずかしいです」とネライダは少し頬を赤らめる。

 ネライダは何を考えている?別に「お嬢さんを私にください」とかそういう話ではないからな。よくわからないが、ここはそっとしておこう。


 他のメンバーは置いてきぼりということもあって不満たらたらだった。しかし、同じ扱いをしようにも親が明確なのはベアトリスだけだ。

 が、ベアトリスを連れて大司教のところへなど行けばそれこそ誤解されてしまう。


 何か他の形で埋め合わせするしかない。しかしどうする?ここでパッと代案を思いつかないフリードリヒは、「なんだかんだ言って女に不器用なのかもしれない」と思った。


 村へはネライダからおおよその位置を聞いてテレポーテーションでショートカットすることにした。

 村には幻惑魔法がかかっているということなので、そこから先の案内はネライダに任せる。


 村の入口で若いエルフの娘と行き会った。

「あれっ。ネライダ様ではないですか。なぜここに?まさか英雄様に振られちゃったとか?」

「いえ。主様が母上に挨拶がしたいとおっしゃるので、一時的な里帰りです」

「リステア様にご挨拶………って大変じゃないですか。みんなに知らせなきゃ!」と言うが早いか、エルフの娘は村へすっ飛んで行った。


 それを茫然と見つめるネライダ。

 これはほぼ誤解されたようだが、当のネライダはわかっていないようだ。

「まずは誤解を解くことから始めなければ」とフリードリヒは気分が重くなるのだった。


 プランツェも「ネライダちゃん。もしかして抜け駆けなの。ずるいわ」と調子に乗っているが、ここは明確に否定する。


「そういえばネライダの父上の話を聞いたことがないな。まさか…ということは」

「いえ。父は健在ですよ。ただ影が薄いというか、母上の存在感が強すぎというか…」

「ああ。わかった」


 おそらく入り婿で妻の尻に敷かれているのだろう。気が弱い人なのだろうか?そうすると父親サイドから誤解を解くのは難しそうだ。

 とすると母親の方から正面突破しかない。


 エルフの村をネライダの家へ向けて歩いていく。

 エルフ族の家屋は樹上に作られた木製の小屋だ。木にあまり手を入れていない素材感丸出しで、素朴な感じだ。よほど木が好きなのだろう。


 ネライダの家は、一際大きな木の上に作られた立派な屋敷だった。

「母上、ただいま戻りました」

「あらあら。ネライダ。聞いたわよ。英雄様がご挨拶って。大変じゃない」


 ここは話を切り出しにくいが無理やり割り込むことにする。

「初めまして。リステア様。私、フリードリヒ・エルデ・フォン・ツェーリンゲンと申します。娘さんにはいつもお世話になっております」

 リステアは、「あなたが英雄様なの?」と唖然としている。

「いちおうそういうことのようです」


「ご挨拶って…」

「ええ。お世話になっているお礼をと思いまして…」

「娘さんを僕にくださいということでは?」

 ここは答えが難しい、全否定してはネライダが悲しむかもしれない。

 ここは「娘さんとはまだ会って間もないですから」と含みを持たせた答えにしておく。


 ネライダは「主と従者がそのような関係になるはずがありません」と憤慨している。何も怒らなくてもいいと思うのだが。


「やっほー。リステアちゃん。おひさー」とプランツェが空気も読まずに割り込んできた。村長のリステアを「ちゃん」呼ばわりとは大物だ。


「えっ!まさかドライアド様?」

「今はプランツェっていうの。ネライダちゃんが来る前から英雄様?の眷属をやっているのよ」

「ドライアド様を眷属に!?」


 木の上位精霊ドライアドは、森の種族であるエルフ族にとっては尊崇の対象である。それを人族が眷属にしているとあって驚愕するリステアであったが、「英雄とはそういう存在なのよ」と思い直したようだ。


「それに主様は、オベロンちゃんやティターニアちゃんとも友達なのよ」

「えっ!両陛下と…友達…」


 オベロン王は妖精王であるとともに、エルフ族の王でもある。更なる事実の追い打ちにリステアは茫然とする。

 しかし、オベロンやティターニアとは知り合いではあるが、「友達」は言い過ぎの気がしなくもない。


「主様。凄いでしょ」とプランツェが調子に乗って威張る。

「恐れ入りました。それならば安心して娘をお任せできます」とリステア。

 何か微妙に話が戻っているような気がする。


 そこで今まで存在を見逃していたが、リステアの後方に男のエルフが控えているのに気づいた。もしかしてこちらが影の薄い…。

 フリードリヒの視線に気づき、ネライダが口を開いた。


「こちらが父のハミルトンです。父上。ご無沙汰しております」

 やっぱり。

「ネライダさん。お帰りなさい」

「初めまして。フリードリヒ・エルデ・フォン・ツェーリンゲンと申します。娘さんにはいつもお世話になっております」

「これはどうも。ご丁寧に…」

「…………」


 うっ。会話が続かない。

 気まずい沈黙。

 2人とも口下手だからな。


 ここは話題を転換して…。

「ところでリステア様。ご挨拶のついでと言っては何ですが、エルフ族の薬学の知識について少しばかりご教授願えないでしょうか」

「もちろんいいわ。英雄様なら何の問題もない。今日は歓迎の宴を開こうと思うから、明日からでいいかしら」

「もちろんかまいません」


 その夜。歓迎の宴となった。

 エルフの食事は植物性のものが中心でまるで精進料理のようだったが、こういうのもたまにはいいだろう。


 翌日からリステアが自ら薬学の知識を講義してくれた。ネライダも一緒だ。プランツェは興味がないとばかりに、どこかへふらりと出かけてしまった。


 前世のフリードリヒは父の影響でガーデニングをやっており、ハーブ類を始め有用な植物についてはそれなりの知識があるつもりだったが、全く未知の植物もあり、新鮮だった。


 どうやら黒の森には、幻幽界との狭間のような場所があり、そこに集中的に未知の植物が自生しているらしい。

 ただ、うかつにその地に踏み込むと、幻幽界に迷い込んでしまうリスクがあり、人族にはお勧めできないということだった。そこはエルフ頼みにならざるを得ない。


 とりあえずは、基本的な知識の講義は3日間で終わったので、頃合いを見計らって商談の話を切り出す。


 リステアからは「そうねえ。私たちは基本的に自給自足で村にない生活道具をたまに人族から買うくらいだから、お金はあまり必要じゃないの」と否定的な答えが返ってきた。

 フリードリヒは「エルフの薬学の知識があれば救われる病人が多くいるのです。そこは金儲けではなく、人助けと思ってご協力願えませんか」と粘ってみる。


 最後は「戦いばかりではなく、病める人を救うのも英雄の仕事かもしれないわね」と理解してくれた。

 結果、タンバヤ商会に定期的に薬学に詳しいエルフを派遣してもらうことで合意した。


 これで所期の目的は達した。次はドワーフだ。


 リステアにドワーフの所在を訪ねると、森の地理に明るいネライダに場所を教え、彼女が案内することになった。


    ◆


 ネライダの案内でドワーフの住処(すみか)へ向かう。プランツェはドワーフに尊敬されている訳ではないので、先に戻ってもらうことにした。

 こんなにスムーズにドワーフに会えるのなら金妖精のグルナートも連れてくればよかったと少し後悔する。


 ドワーフの住処に着くと聞いていたとおり洞穴だった。

 見張りらしきドワーフの男がこちらに近づいて来た。


 「なんだ。エルフか。それから…人族。何しに来た。」

 フリードリヒは、ドワーフと技術交流がしたいこと、またタンバヤ商会と提携して欲しいことを伝えた。

 しかし、「人間ごときはドワーフが作った武器を黙って買えばいいのだ」の一点張りでお話にならない。


 その時、ドワーフの目がフリードリヒの剣に留まった。フリードリヒが自作したオリハルコンの剣である。

「お前。面白い剣を持っているな。見せてもらえるか」

「ああ。いいとも」


 フリードリヒは、ドワーフに剣を渡した。

 鞘の作りは元々地味に作ってあるが、ヨーロッパには珍しい片刃剣で、直刀ではなく反りも入っているので、見た目の形状がそもそも違う。


「抜いてみていいか」

「もちろん」

 ドワーフが剣を抜くと、直ぐに驚愕の表情となった。


「これはオリハルコンじゃないか。しかもこんな上質なものは見たことがない。それにこの形も見たことがない。これはアーティファクトだな。どこのダンジョンで手に入れた?」


 フリードリヒが自作だと主張すると「そんなことはない」と押し問答になってしまった。

 成り行きで、フリードリヒの腕前を見せろということになり、ドワーフの作業場に案内される。


 作業場にはグルナート(メッタルム)らしき銅像が飾ってあった。ドワーフたちが崇拝しているのだろう。後で会わせるのも面白いかもしれない。


 親方と思しきドワーフが出てきて事情を聞いている。

 当然にフリードリヒの剣を見せろということになった。

「何だこれは。こんな上物は見たことがない。本当にお前が作ったのか?」


 オリハルコンは在庫がなかったので、ミスリルを作ってみろということになった。


 フリードリヒの前に材料の銑鉄と銀の塊が置かれる。

 まずは鉄から手をつける。


 フリードリヒが手をかざすと鉄の表面に黒い粒々が浮き上がり、鉄が輝きを増していく。

 その様子をドワーフたちが唖然とした表情で見つめている。


「何だこれは?」

 フリードリヒは、ドワーフの親方の質問に「金属魔法ですが」と何事もないかのように答える。

「これが魔法?」ドワーフたちは信じられないようだ。


 続いて鉄と銀を混ぜ合わせて合金にする。

 配分比率はわかっているので、鑑定スキルで確認しながらの作業である。

 鉄と銀がスライムのように動きだし、混ざり合っていく。それを見たドワーフたちは更に驚愕して言葉も出ないようだ。


 次は鍛錬である。

 出来上がったミスリルを伸ばしては折り曲げる作業を繰り返す。これもミスリルが勝手に動いているように見える。

 最後に成形して完成だ。形はフリードリヒの剣と同じく、片手剣ブロードソードで少し反りを入れた形にした。


 完成した瞬間、ドワーフたちから歓声が上がり、口々に質問を始めた。これでは収拾がつかないと思われた矢先、「静かにしろ!」という親方の一括でその場は静まり返った。


「これが全部魔法だってのか?」

「そうだ。」

 ドワーフたちは未だに信じられないといた顔をしている。自分たちの仕事のやり方が否定されたような気分なのだろう。

 ──ここはグルナートに来てもらうしかないか。


 フリードリヒはグルナートにテレパシーを送る。

『グルナート。今すぐここに来られるか?』

『あっ。主様。大丈夫よ。』

『では頼む。侍女の恰好ではなく、精霊の恰好で来てくれるかな。』


 床に金色の魔法陣が浮かび上がり、中から美しい少女が現れた。グルナートである。

「こ、これは。メッタルム様!」

 日頃崇拝している精霊の突然の出現にドワーフたちの驚きは極致に対した。一同、熱心に平伏している。


「ああ。ドワーフたちのお家だったのね。いつもお祈りをありがとう。」

「いえ。勿体なきお言葉。恐れ入ります。して、今日はなぜここに?」

「主様に呼ばれたから。」

「主様ですか?」ドワーフたちはキョトンとしている。


「ここにいるフリードリヒ様が私の主様よ。」

「何ですと!」

 ドワーフたちは、人族が精霊を眷属にしている事実に驚くとともに、精霊の主に対して失礼を働いてしまったと後悔している。


 グルナートがフリードリヒの作った剣を見つけこう言った。

「これは主様が作ったものね。あなたたちも、魔法の才のある者ならば、修練を積めばこれに近いことができるようになるわ。」

 グルナートの言葉を聞いてドワーフたちはやっと納得した。


 この世界では金属性の魔法は広く認知されておらず、それはドワーフたちも同様だったようだ。

 例えば、ドワーフたちがミスリルを鍛える際には槌に念を込めるという認識で作業をしていたようだ。「念」の正体は実は魔法で、無意識のうちに発動していたということだ。


 打ち解けたフリードリヒとドワーフたちは、その後さまざまな意見交換を行った。


 オリハルコンやアダマンタイトも合金であり、魔法によって作れること、剣には硬さだけではなく、しなやかさも必要で、しなることによって衝撃を吸収すること、そのためには直刀よりも反りを入れた方がよいこと、金属に粘りを出すために折り曲げて鍛錬するとよいこと等々である。


 また、魔法を使わない鋼鉄の精錬、すなわち炭素の除去も開発中で、おそらくドワーフたちの技術よりも純度の高い鋼鉄が作れるだろうことも伝えると興味津々だった。


 結局、商談的にはタンバヤ商会へドワーフの技術者を派遣し、共同で技術開発することで話はまとまった。


 その夜。歓迎の宴が開かれた。

 ドワーフたちの料理はエルフと逆で肉が中心の料理だった。


 そこでフリードリヒは酒好きと噂のドワーフたちへの秘密兵器をマジックバッグから取り出した。


 現在試作中のシングルモルトウィスキーである。ヨーロッパで蒸留酒が作られるのは15世紀以降なので、200年ほど早い計算になる。

 始めてみる琥珀色の液体にドワーフたちは興味津々である。


 まずは親方に勧める。

「まあ。飲んでみてください。」

「ほう。これはいい香りだ。」

 そう言うと親方は一気飲みしてしまった。当然、酒精の強さに咳込んでしまう。だが、香りと味は気に入ったようだ。


 これで人族とドワーフ族の交流がより円滑になることを願うフリードリヒだった。

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