閑話7 ポルターガイスト? ~シルキー~
シルヴィオは中堅どころの鍛冶士見習いである。親方(マイスター)の娘シモーネと結婚し、娘のイルムガルト(9歳)も授かり、家族3人、平穏で幸福な毎日を送っていた。
この世界では、鍛冶屋は貴重な鉄などの金属を扱う者として社会的地位は高かった。このため、庶民の中では金銭的にも恵まれている方だった。
そんなシルビオの家庭を悲劇が襲った。
誰もいない台所で突然食器が割れたり、家具内に収納された日用雑貨が散らばっていたり、また誰もいない部屋で物を叩く音がするといった怪現象に遭遇したのだ。
家族3人、恐怖に怯えながら数日過ごしたが、いっこうにやる気配がないどころか、悪化しているようにも思える。特に娘はひどく怖がっていた。
シルビオは親方に相談してみた。
「それは噂に聞く、ポルターガイストに違いない。教会に相談してみたらどうだ。」
親方にそう言われると、「さすが。親方」と納得し、シルビオは教会に向う。
この世界では、身の回りに起きる悪い出来事は悪魔や悪い精霊の仕業と信じられており、教会にはこれらを退治することを生業とする祓魔士(エクソシスト)という聖職者がいた。ただし、聖職者としての地位は高いものではない。
シルビオが教会で事情を話すと、当然に祓魔士が対応するということになった。
シルビオの前に現れた祓魔士はエマヌエル・ハンケと名乗った。
黒い聖職服にアクセサリーをジャラジャラと付けている。本人は威厳を高めているつもりだろうが、全く似合っておらず、逆にうさん臭さを漂わせていた。
シルビオは不安に思いながらも事情を話し、「くれぐれもよろしくお願いします」と丁重に依頼する。
「慈善事業ではありませんからな。相場の寄付をいただかないと。」
エマヌエルが示した金額は相当なものだった。鍛冶屋ならばこのくらいはと見透かされたのかもしれないが、背に腹は代えられない。
シルビオは言われた金額を支払った。
家に着くと、エマヌエルは簡易祭壇を設置し、家族が見守る中で悪魔祓いの儀式を始めた。
何やらわからない呪文を唱え、うんうんと唸っている。教会なのだからラテン語の聖句だろうが、学のないシルビオと家族には意味が理解できなかった。
しばらくして、エマヌエルは聖水をばら撒くと「悪魔よ立ち去れ!」と大声を上げた。最後の仕上げなのだろう。
余韻をおいて、後ろを振り向くと、先ほどとは打って変わった声で、「これで悪魔は去りました。安心してください。」と静かに言った。
「どうもありがとうございました。心から感謝いたします。」
家族一同安堵し、笑顔も漏れる。
「よかったね。お母ちゃん。」
「ええ。よかった。よかった。」
家族一同で玄関までエマヌエルを送り、深々と頭を下げる。
それから1週間は何ごともなかった。
しかし、ガッシャンと誰もいない台所で大きな音がした。シルビオが急いで駆けつけると皿が割れていた。
「ま、まさか!」
シルビオは青くなった。
「いったいどういうことだ。」
しかし、積み方の悪かった皿が自然に崩れたということもあると考え直し、しばらく様子をみることにする。
期待も虚しく、怪異は続いた。
「あのインチキ祓魔士め!」
シルビオは苦情を言おうと教会へ向かう。
エマヌエルは億劫そうにやってきた。
「どうかいたしましたか?」
「また怪異がおきたんだ。本当は悪魔を祓えていなかったんじゃ…。」
「俺様のような優秀な祓魔士はそうはいない。あの時は悪魔が去っていく気配を間違いなく感じた。今頃来たということは、しばらくは怪異がなかったんだろう。」
「それはそうですが…。」
「世の中に悪魔は星の数ほどいるからな。おおかた違う悪魔がまたとり憑いたのだろう。」
「そ、そんなあ…。」
上手くごまかされた気もするが、悪魔の気配を感じることができないシルビオには反論のしようがない。
「さて。どうするかね。」
「もう一度お願いします。」
シルビオは悔しさで唇を噛み締めた。
「まあ。2回目だから寄付金額は少し負けてあげるさ。」
恩を売るような言い草に腹が立ったが、シルビオはしぶしぶ言われた金額を支払った。
家で前回と同じ光景が繰り広げられる。
一度目は畏敬の念で見守っていた家族一同だったが、今回はとてもそんな気持ちにはなれない。祈るような気持ちで見守っていた。
「今度こそ上手くいってくれ。」
しかし、今度は3日と持たなかった。
困り果てたシルビオは、再び親方に相談した。
「とんでもねえ祓魔士に当たっちまったな。しかし、2回やってダメだとなると、そもそも悪魔じゃなくて妖精か何かじゃないのか。そうだとすると、冒険者ギルドに頼めばなんとかできる可能性はあるが…。」
エマヌエルにもう一度頼むなどごめんだ。変えてもらおうにも、この街には祓魔士はエマヌエル1人しかない。
シルビオは藁にも縋る思いで冒険者ギルドに赴き、クエストとして発注した。
しかし、クエストを請けてくれる冒険者はなかなか現れない。
「愛着のある家だが、もう引っ越すしか手はないか。」とシルビオは思い始めていた。
◆
ある日、フリードリヒが冒険者ギルドを訪れると、モダレーナに呼び止められた。
「またやっかいなクエストを請けてくれという話なのだろう。」
「よくおわかりで。アレクさん。さすが。」
別に褒められてもうれしくない。
「それで、どういうクエストなんだ?」
モダレーナが概要を説明する。
「………という訳なんです。アレクさん。」
「正体不明で危険度もわからない。確かにそんなクエストを請けるやつの気が知れないな。」
「そう言わずに。もうアレクさんしか頼る人がいないんですよう。」
ここで断れないところがフリードリヒだ。女にはとことん甘い。
「おおかた悪魔か妖精の仕業といったところか。家族に被害はないのだな?」
「ありがとうございます。請けていただけるんですね。そうです家族に被害はありません。」
「旦那ぁ。また、こんなめんどくせぇクエスト受けるのか。女にあめぇのもほどほどにしろよ。」とヴェロニアがぶつくさ言っている。
自覚がない訳ではないが、フリードリヒはあえてスルーする。
情報が少ないクエストなので、まずは祓魔士のところへ向かう。フリードリヒは、これまで祓魔士に面識がなかった。
「教会の祓魔士ってどんなやつだ。光の攻撃魔法でも使うのか。」と想像するフリードリヒ。
そんなことを考えているうち教会についた。
「冒険者風情が俺様に用事とはなんだ。」
不遜な態度でエマヌエルが出てくる。仮面を付けているフリードリヒを見て顔がゆがんだ。
このような扱いは慣れっこだったので、フリードリヒは無視して話を始める。
「シルビオのところで悪魔を祓ったそうだが。」
と話しながら、フリードリヒは、鑑定スキルでエマヌエルの実力を探る。魔力もほとんど持っていないし、特別なスキルもなさそうだ。
「ああ。2回ほど祓った。完璧だったぞ。」
フリードリヒとしては「嘘つけ!そもそも悪魔が見えるかすら怪しいぞ。」と突っ込みたいところだ。
「どんなやつだったか教えてくれると助かる。」
「とにかく恐ろしいやつだった。俺は苦戦したが必死に聖句を唱え続け、ついには奴を退けたのだ。」
「姿かたちは?」
「何を言っているのだ。素人め。悪魔はそもそも目に見えない存在だ。やつは途轍もなく恐ろしく強大な気配だった。俺の勘ではおそらくベルゼブブあたりだろう。」
「ベルゼブブって最高位悪魔の一人だろう。お前なんか瞬殺だ。それにしても、こいつとんでもない自己陶酔野郎だな。」と呆れるフリードリヒ。
「実はまたシルビオの家で怪異が起きているのだが、何か心当たりはあるか。」
「またか。おそらくその家が邪悪な妖気が集まりやすい場所にあるのだろう。」
「その場所を浄化するとか、そういうことは可能なのか。」
「できなくはないが、何人もの祓魔士が数週間がかりで行う大規模儀式になるな。やつにはその金が払えまい。」
「実は怪異をなんとかして欲しいというクエストが私に回ってきたのだ。」
「馬鹿な。素人が悪魔を相手にするなど自殺行為だ。」
「とにかくやるだけやってみる。駄目なときは、また来る。」
「ああ。その方がいい。」
結局、エマヌエルからは有意な情報は得られなかった。本当に口先だけのインチキな祓魔士のようだ。
とにかく現場(シルビオの家)へ向かう。
玄関をノックするとシルビオが現れる。仮面をつけたフリードリヒの顔を見るなり、渋い顔をした。「インチキ祓魔士の次はうさん臭い冒険者か」とでも思ったのだろう。
「ギルドの依頼で来た冒険者のアレクだ。この家で怪異が起きているそうだな。話を聞かせてくれ。」
シルビオはしぶしぶな感じで家に入れる。
ヴェロニアが文句を言いたそうな顔をしているが、フリードリヒは抑えろという感じで視線を送る。
「こちらが妻のシモーネと娘のイルムガルトだ。」
反応が鈍い。相当に滅入っているようだ。
椅子を勧められたが、人数分なかったので、女子たちに座るよう促し、フリードリヒは立って話をする。
「まだ怪異は起きているのか?」
「ああほとんど毎日だ。」
「起きる時間帯は?」
「夜が多いが、たまに昼にも起きる。」
「怪異が起きる場面を直接見たことはないのだな。」
「ああ。決まって人のいない部屋で起きる。」
「承知した。昼もあるということなので、すこし様子を見させてもらおう。」
会話も弾まず、沈黙が辺りを支配する。
小一時間もしたとき、それは起きた。
「ガッシャン」と大きな音がする。台所のようだ。急いで現場へ向かう。
皿が数枚、派手に割れている。
「ああ。またか。」
シルビオは嘆息する。
フリードリヒは棚の陰に気配を感じた。少なくとも人族ではない。
「まだ危険があるかもしれない。お前たち家族は居間で待機しておいてくれるか。ヴェロニア。着いていてやってくれ。」
とぼとぼと居間へいく家族たちにヴェロニアが渋々ついていく。
相手が悪魔か妖精だと物理攻撃が効かず、ヴェロニアは戦力にならない。誰か着いている方が家族も安心だろう。
「そこにいるのは誰だ。」
声を掛けると、その者がひょいと顔を出した。
真っ白なワンピースを着た可憐な少女だ。
「あなた。私が見えるの?」
「もちろんだ。しかし、邪悪な妖精にも見えないが、なぜこんなことをするのだ。」
「私はシルキー。気に入った家で家事のお手伝いをする妖精よ。ここの家族がすっごく素敵で気に入ったから、お手伝いをしたかったんだけど…。」
「それがどうしてこうなる?」
「それが~。私、家事がすっごく下手くそで、運んでいたお皿を落っことしちゃったり、転んで家具の中の物をちからかしちゃったり…。わざとじゃないのよ。わざとじゃ…。」
フリードリヒは「は~っ。何かと思えばただのドジっ娘か。」と拍子抜けした。
フリードリヒはどう解決するか悩む。
説得して他の家に移っても、また同じことが起きるだけだ。こうなったら侍女長のヴェローザにでも鍛えてもらうか。あの鉄壁侍女ならなんとかしてくれるだろう。
「お前、家事が上達したいか?」
「もちろん。」
「私の家に優秀な侍女長がいる。その下で学ぶというのはどうだ?」
「えっ。いいの。もちろんよ。」
そうすると問題は…。
「お前。実体化はできるか?」
「え~っ。私、あんまり上位の精霊じゃないから自力では無理かな。」
「自力ではというは、何か方法があるということか?」
「あなたが眷属にしてくれたら大丈夫だと思う。だって、あなたの魔力とってもきれいだし量も多い。」
魔力が持っていかれることに少し抵抗を覚えるが、ここは致し方ないと思った時…。
ヴェロニアがいないから突っ込みはないかと思いきや、ネライダから突っ込まれる。
「主様。よろしいのですか?」
「ほかに方法がない。」
「主様がよろしいなら…。」
ネライダでよかった。いつもながら従順で結構。
再びシルキーに話しかける。
「名前を付けるんだったな。」
「そうよ。いい名前をお願いね。」
といわれても、にわかには思いつかない。ここは適当に…。
「『お絹』」でどうだ。
「エキゾチックな感じ。いいね。いいね。」
「それでは『お絹』にしよう。」
少しだけ魔力を持っていかれる感覚を覚えたが、大した量ではない。すぐに回復した。
「ではやってみろ。」
お絹の気配が濃くなっていく。成功のようだ。
「やった。できた。ねえ。どう?どう?」
「ああ。実物で見ると更に美しい。」
「やだ~。恥ずかしい。」
お絹は顔を両手で覆っている。これって、ぶりっ娘精霊?
とにかくお絹をここの家族に会わせる訳にはいかない。いったん外へいくことにする。
お絹とローザを連れ、近くの路地へテレポートする。
「わっ。あなたすごいことできるのね。」
「すぐ戻るから、ここで待っていてくれ。ローザ。着いていてやってくれ。」
あのような美少女が路地で1人佇んでいては良からぬ男に絡まれかねない。武装したローザを着けておけば間違いあるまい。
テレポートで台所へ戻ると、素知らぬ顔で居間へ顔をだす。
「シルビオ殿。原因は妖精だった。」
「妖精!悪魔ではなかったのですか。くそっ。あのインチキ祓魔士め!」
シルビオは怒りのあまり椅子を蹴飛ばした。
「とりあえず追い払ったから、もう大丈夫だと思う。」
「えっ。戦う音も何も聞こえなかったのですが…。」
「戦ったのではなく、説得して出ていってもらった。」
「はあ。」
あっけなく解決したので拍子抜けしたようだ。祓魔士のこともあり、少し疑っているようでもある。
「討伐と違って証明ができないからな。しばらく様子を見て、怪異が起こらなかったらクエスト完了ということでよろしいか?」
「ええ。結構です。」
「では、そういうことで。失礼する。」
ヴェロニアとネライダを連れ、外に出る。
例の路地へ向かうと、ローザと絹子が何やら楽しげに会話していた。
「待たせたな。それではギルドへ報告に行こう。お絹も付き合ってくれ。」
ギルドのモダレーナがいるカウンターへ向かう。
「あれっ。アレクさん。その子は?」
「あー。今度新しく家に入ることになったメイドだ。」
「ふ~ん。アレクさん。お金持ちの家の人だったんだ。」
「そんなたいそうな家ではないぞ。」
「左様でございますか。」
丁寧な言葉使いが逆にわざとらしい。
そこはスルーして、クエスト完了の報告をする。
「…ということで。証明する物がないから、しばらく様子を見て怪異がなければ完了ということで依頼主とは話を付けてきた。」
「それでは、一週間…いや、10日経ってなにもなければ報酬をお支払いしますね。」
「了解した。」
シルビオ家では、その後怪異は発生せず、報酬は無事支払われた。
◆
フリードリヒは悩んでいた。
城にまたもやフリードリヒ絡みの女子が増えるのだ。義母になんと説明するか…。
「フリード。城にまた女子が増えたそうね。」
「義母上。お聞き及びでしたか。実は商会の取引先の商人から『行儀見習いのため娘を城で預かってくれないか』と懇願されまして…。商売の付き合い上やむなく…。」
「あなたも次から次へとよく言い訳が出てくるものね。感心するわ。」
「決して言い訳では…。」
「まあいいわ。生活費はいつものとおりね。」
「もちろんです。」
「それなら甲斐性というものよ。あなた相当稼いでいるようね。」
「まあ。ぼちぼち…。」
侍女長のヴェローザにお絹を紹介する。
いつもの完璧対応だ。
「名前はお絹だ。」
「承知いたしました。」
「では、オキヌ。着いてきなさい。」
「は~い。」
「返事は短く。1回で。」
「は、はい。」
苦労しそうだな。しかし、名前のアクセントは頭ではないのだが…。逆にそれも新鮮でいいか…。
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