第4節 ゼウスの贈り物
第32話 ゼウスのダンジョン(1) ~スプリガンとアラクネ~
フリードリヒ組は1人も欠けることなく、無事シュバーベン軍事学校を卒業した。
フリードリヒはこれからシュバーベン大公国の近衛騎士団へ入団することを決めていたが、卒業から入団まで時間がある。
せっかくの機会だ。何をしようかと考えていた矢先…
神界のアテナのところに顔を出すと「父上が呼んでいるのだ。一緒に来てくれるか?」といきなり言われた。
ゼウスが用事とはなんだ? まさかアテナとの仲を
ゼウスの神殿を訪れると大声で話しかけられた。
「小僧。よく来た。なかなか派手にやっているようではないか」
「いえ。そんなことは…」
よかった。
「そこでわしも遊んでやろうかと思ってな。小僧のために
「いい物とは?」
「それを言ってしまったらつまらない。攻略してみてのお楽しみじゃ」
「かしこまりました」
ゼウスが自ら用意したダンジョンだ。それに横でアテナも見ていることだし、断れるはずがない。
ゼウスはにんまりしている。よほど自信があるのだろう。
妻のヘラはフリードリヒを同情するような目で見ている。
帰りがけ、アテナから注意される。
「父上が用意したダンジョンだ。さぞかし
「十分注意します」
◆
ダンジョンはパーティメンバーとともに攻略することにした。
「主様は私たちのことを忘れていたわけではなかったんですね」とプドリスが目をうるうるさせている。
「プドリス様。おおげさですよ」とこれをネライダが慰めている。
他のメンバーも感慨深そうな顔をしている。
フリードリヒ的には、そんなに放置したつもりはないのだが…。ちょっと心外だ。
ダンジョンは
パーティメンバーとともにバーデン=バーデンのギルドを訪ね、モダレーナから情報を収集する。
「あら。アレクさん。お久しぶりです」
(モダレーナさんまでそんな言い方を!)とフリードリヒは当惑する。
今までも時間がある時はテレポーテーションして狩に来ていたのに…。まあいい。
「ところで、新しいダンジョンの情報はないかな?」
「あら。よくご存じで」
聞いてみると
おそらくここで間違いないだろう。
場所を
すると山腹にダンジョンの入り口らしき扉がある。
近づくと突然大嵐が起こり、雷に照らされた百体ほどの皺だらけで醜く体が小さい妖精が岩陰から
あれはケルト妖精のスプリガンだろう。宝の埋蔵地の管理者だというから、ゼウスの命というよりも、自主的に守っているのかもしれない。
妖精だから時にはいたずらもするらしいが、あれは基本的には善良な妖精だ。単純に討伐するのはかわいそうな気もする。
それにさっきから威嚇はしているが、積極的に攻撃してくる様子がない。実は強くないのでは?
そこで、フリードリヒは木魔法のアイヴィボンデージを発動する。ここが森であることが幸いした。
木に
「くそっ。放せ。
ひときわ巨大なスプリガンが
「私はゼウス様の命によりここに来たのだ」
「なにっ! 持ち主の許可を得ているというのか? 証拠は?」
証拠と言われても口約束だから示せるものはない。どうする?
その時、スプリガンたちの近くに
「証拠と言えばこの
「わ、わかった」
自分たちの雷とは次元の違う
スプリガンたちは、次々と元の小さな姿に戻って行く。
「では、通してもらうぞ」
「ま、待ってくれ」
とスプリガンの親玉が声をかけてくる。
「なんだ?」
「実はこの辺りではケルトの妖精は勢力縮小の
「それはそうだろう」
「あなたはオリュンポスの神に認められた英雄なのだろう。ぜひ眷属にしてもらえないだろうか?」
──ああ。そういうこと。
確かにケルトの伝承は風化の一途をたどっている。神の力の源泉は信心だと聞いたが、精霊も似たようなものなのだろうか?
ならばこのまま風化させるのは
「わかった。眷属にしよう」
「ありがたい。感謝する」
「名前は『グリュンキント』でどうだ?」
「お任せする」
配下の分も含めてだから、それなりの魔力量を持っていかれるが、大きな支障はないだろう。
スプリガンたちに見送られてダンジョンの入り口へと向かう。
フリードリヒが扉の前に立つと扉が勝手に開いた。ウエルカムということなのだろう。他の冒険者なら、こうはいかないのかもしれない。
しばらく進むと魔獣たちが現れた。今のところ
「やっとあたいたちの出番だぜ。ひゃーっはっはっ!」
ヴェロニアがやたらとハッスルしている。
他のメンバーたちも、久しぶりのパーティーとしての戦闘に興奮している様子だ。
ここはフリードリヒができるだけ手を出さず、メンバーたちの
「この先もあるから、あまりとばし過ぎるなよ」
いちおう忠告はしておく。
ダンジョンというだけあって、中の通路は迷路状になっている。
おそらくテレポーテーションもダメだろう。
こういう事態も想定して、マジックバッグの中には人数分のお泊りセットと大量の食糧は持ってきてある。それなりの長期戦になっても対応は可能だ。
宝箱は最短経路から外れたところにも置かれていた。
中身はオリハルコン制の武具、金や宝石、それにアーティファクトらしきものもあった。
ここはレアものの宝の取り残しがないよう宝箱もコンプリートしながら進む。
気の短いヴェロニアが文句を言ってきたが、これはフリードリヒの性分だから仕方がない。
迷路の構造はこれでもかというほどにいやらしいものだった。
一つ下の階層へ降りるためにわざわざ上の階層に上がらなければならなかったりする。
そのうち女子連中は迷路の構造がさっぱりわからなくなり、マッピングはフリードリヒ任せとなってしまった。女性の脳は空間把握が苦手な構造になっているらしいから無理もないが…
何とか進んでいると大広間に出た。入った途端に入り口が閉まり嫌な予感がする。
サーベルタイガーの30匹ほどの群が現れた。サーベルタイガーは通常単独行動を取るものなので、これほどの群は
この先のためにも魔法は温存しておきたいフリードリヒは肉弾戦で挑む。
「できるだけ魔法を節約していくぞ」とメンバーにも声をかける。
プドリスとベアトリスは積極的に攻撃ができず、
(こういう時のために弓の練習でもさせておくんだったな)と今更ながら思う。
戦いは持久戦の様相を呈した。
結局、小一時間が経ってようやく群を
が、皆の疲労が激しいのでここで小休止することにする。
「それにしても
皆がそれに賛同する。
「もっと気楽に考えるようにしないと、この先もたないぞ。これはこれでパズルを解くようで面白いではないか」と言ってみるが女子連中の反応は薄かった。
(しばらくは、こういうハードなクエストはやっていなかったからな…無理もない)と思ってしまうフリードリヒ。
ゴールが見えないというのはフリードリヒとて不安である。
「今日はもう少しだけ進んで終わりにしよう。行くぞ」
皆が重い腰をあげる。
しばらくは、ハードな罠はなく散発的に出現する魔獣を狩りながら進む。
突然、薄暗い天井から太い蜘蛛の糸の束のようなものが伸びてきてヘルミーネが巻きつかれた。
次の瞬間、糸が巻き取られ。ヘルミーネがさらわれてしまった。
薄暗い天井に上半身が女性で下半身が蜘蛛の怪物の姿がうっすらと見えた。あれはアラクネに違いない。
アラクネはヘルミーネを抱えたまま通路の奥に逃走していく。
「皆、追うぞ!」
蜘蛛の糸を伝って天井を素早く移動するアラクネを見失わないようフリードリヒたちは後を追ったが、そのうちに廊下に張り巡らされた蜘蛛の巣に行く手を阻まれ、見失ってしまった。
なかなか切れない蜘蛛の糸に「なんだ。この蜘蛛の巣は!
「待て。私がやる」
フリードリヒは両手の剣に時空魔法をエンチャントした。蜘蛛の糸を空間ごと切り裂くのである。これであればどんな糸でも切れる。
フリードリヒが先頭となってスパスパと蜘蛛の巣を切り裂いていく。それまでの苦労が嘘のようだ。
「さすが旦那だぜ」とヴェロニアは留飲が下がる思いのようだ。
そのまま蜘蛛の巣が密集している方向へ進む。
すると
明るいところで見ると、下半身に目をつぶれば、アラクネはかなりの美人である。
部屋の入り口でアラクネがこちらを見つけ、ヘルミーネを置いたまま突進して来る。
「しばらく、相手をしていてくれ」
そう言うとフリードリヒはテレポーテーションでヘルミーネのところに短距離転移した。どうやら迷路の壁を越えなければテレポーテーションは可能らしい。
ヘルミーネを回収すると素早くメンバーのもとに戻る。
次の瞬間、風魔法のウィンドバーストでアラクネを部屋の中央に吹き飛ばした。
「皆、部屋を出ろ」
部屋から出たところで、へルファイアで部屋の蜘蛛の巣を一気に焼き払う。蜘蛛の巣が熱に弱いことは想定していたが最後の切り札にとっておいたのだ。
それとともに部屋の熱からメンバーを守るため、時空反転フィールドを張る。
部屋の蜘蛛の巣はきれいに焼け落ち、跡形もなくなった。
「よし。一気に片を付ける!」
ヘルファイアで
しかし、アラクネも8本の足で1対多の戦闘を器用にこなしている。
フリードリヒは、
とともに、おびただしい量の血が噴き出した。
フリードリヒはもう一本の剣をアラクネの首に突き付ける。
「まだ戦うか?」
「わかったよ。降参だ。強いやつがくるとは聞いていたが、これほどとはね…」
「あんたアテナの関係者なんだろう?」
「関係者というほどでは…」
突然アテナの話題を振られ、ドギマギするフリードリヒ。
「あんた、今や神界じゃ時の人だからね。アテナには転生させてもらって感謝しているのさ。
その印といってはなんだが、負けた以上あんたの眷属にしてくれないかい?」
アラクネは機織りの上手な娘だったが、アテナとの機織り合戦の末、己の愚行を恥じ、自殺したところを、アテナがトリカブトの汁を撒いて転生させたのだった。
「わかった。名前は上書きでいいか?」
「ああ。かまわない」
いつも通り魔力を持っていかれる感覚を覚える。
その日は、アラクネに見張りを任せ、一泊するのだった。
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