第31話 ホムンクルス ~天才錬金術師パラケルスス~

 ある日。食客しょっかく館に壮年の男がやってきた。

 年の頃は30代半ばくらいだろうか。見たところ医者か学者のようにもみえるが腰に短剣を差している。冒険者には見えない。


 突然門に据えられているタロスに歩みよるとペタペタと触り始めた。

「ほう。これがタロスか」とつぶやきながら勝手に触っている。


 門番がこれをとがめるとこれを無視して「おい。これは動かないのか? ただの飾りなのか?」と問うてきた。


 するとそれを聞いていたかのようにタロスが動き出し、その男に対して戦闘態勢を取った。敵の可能性を認識したのだろう。


 男はあわてて後ずさる。運動神経はあまり良くないようだ。


 男は門番に尋ねる。


「おい。タロスを作ったのは誰だ?」

「そんなことも知らないのか。食客しょっかく団の主。フリードリヒ様だ」


「フリードリヒ? そんな錬金術師は聞いたことがないな。

 おい。このパラケルスス様が会ってもいいと言っていたと伝えておけ。宿の場所はここだ」

 と言うと門番にメモを渡した。


 門番はその物言いに腹を立てたが、もしや著名な錬金術師の類だったらと思い直し、フリードリヒに使いを出した。




 フリードリヒが学校から帰った時、食客館からの言付けがあるというので聞いてみる。

 腰に剣を差したパラケルススという男がタロスを見ていたが、「フリードリヒに会ってもいい」と言っているということだった。


 パラケルスス?


 前世の記憶によると医術を得意とした著名な錬金術師だ。賢者の石やホムンクルスを作ったという伝承もある。

 しかし活躍したのは16世紀頃だったはず。薔薇十字団ローゼンクロイツァーといい、前世の記憶とは時期がずれている。


 タロスをわざわざ見に来たということか。確かに神ヘパイストス直伝の傑作だからな。


 しかし、向こうからやって来るとは都合が良い。明日、学校は休みだし、ここは面白そうだから会ってやろう。


    ◆


 翌日。パラケルススの宿を訪ねて部屋のドアを叩く。

 中から「入れ」と横柄な声が聞こえる。


 伝承によるとパラケルススは傲岸不遜ごうがんふそんな男らしいから、まずは下手したてに出て様子を見る。


「失礼いたします。私、フリードリヒ・エルデ・フォン・ツェーリンゲンと申します。本日は、パラケルスス先生に教えを乞いに参りました」


「おまえがフリードリヒか。タロスを作った本人だな?」

「そうですが…」


「誰に習った? あれはおまえのような小僧に作れるものではない」

「そこは本人から口止めされていますので、ご容赦ください」


 まさか、神ヘパイストス本人からとは言えない。


「まあいい。タロスが動いているところをちゃんと見たい」

「承知いたしました。案内します」


 パラケルススは腰に短剣を差し、出かける準備をした。


「それがうわさに聞くアゾット剣ですか?」

「そうだ。よく知っているな」

「ええ。有名ですから」


 アゾット剣はその柄頭に悪魔を一匹飼っていると言われている。また、そのつばには象牙でできた容器が仕込まれており、万能の薬が入っていたという。


 フリードリヒはパラケルススを食客しょっかく団の訓練場に案内した。ちょうどタロスを訓練に使用しているところだった。


「滑らかな動きだな。伝承にある熱攻撃もできるのか?」

「もちろんできます。おい。タロス。熱攻撃を見せてやれ」


 タロスは体から熱を発すると、近くの木に抱きついた。

 すると木がみるみる燃え上がっていく。


「ほう。なるほど」とパラケルススは感心している。


「タロスはもうよろしいでしょう? では、先生の錬金術をご教授いただきたいのですが…」

「おまえは見所がありそうだ。よかろう」


 フリードリヒはタンバヤ商会支店の研究室にパラケルススを案内した。ここならいろいろな器具がそろっている。


 理系ゾンビのフィリーネが早速出迎える。


「ようこそおいでくださいました。私が開発担当をやっておりますフィリーネと申します」

「ほう。おまえが? タンバヤ商会の名はよく耳にする。たいしたものだな」

「恐れ入ります」


 それからフィリーネと2人でパラケルススの話を聞くことにした。


 パラケルススの特徴は錬金術と鉱物学を医学に応用したことだ。これは大げさに言えば現代の化学療法の先駆けとも言える。


 ただし、どの程度の効果があるかは疑問だった。確かに人体に必須なミネラルというのは塩、鉄、亜鉛など多くあるが、臨床実験ではなく、錬金術の理論から導き出しているところが疑問である。

 そういう意味では賢者ケイローンから聞いた話の方がより実用的だった。もちろん口には出さないが…。


「いやあ。見事な医学理論に感服いたしました。実は他にも聞きたいことがありまして…」

「何だ。賢者の石のことなら教えられないぞ。おまえも一攫いっかく千金を夢見るやからなのだろう?」


「いえ。私が知りたいのはホムンクルスの方です」

「ほう。珍しいな。そちらならいいだろう」


 生命を操作することに若干倫理的な罪悪感がないではないが、科学的な興味の方がまさった。


 パラケルススが言うホムンクルスの作り方は、大ざっぱにいうと人間の精液を40日間蒸留器に入れて腐敗させてホムンクルスの種を作り、これを馬の体温と同じ温度で温めながら人間の血で40週間育てるというものだった。


 完成したホムンクルスは人間の子供と同じ姿をしているが、生まれた時から知識を持っている。ただし、その姿からは成長はせず、蒸留器から出すと死んでしまう。


「なるほど。素晴らしい。私には想像もつかいないことです」


 ──これでは不完全だな。あとでヘルメスにでも改善方法を聞いてみよう。


 パラケルススは鼻高々な感じでふんぞり返っている。


 本当は賢者の石のことも聞きたかったのだが、あの様子では無理だろう。それ以外では聞きたいことは聞いたので、パラケルススを褒めちぎりながら見送った。


    ◆


 それから早速、神界のヘルメスのもとを訪ねた。


「何だ。君か…」


 先日のこともあり、ヘルメスは警戒している。


「今日は純粋に教えを乞いに参りました」


 これは本当のことなので、いちおう慇懃いんぎんに頼むことにする。


 ヘルメスにパラケルススから聞いたホムンクルスの作り方を話し、ずばり改善方法はないか聞いてみた。


「いやあ。あることはあるんだけど人族には禁忌だから…」


「ヒントだけでもいただけませんか?」

「子は男と女がなすものだ」


「それから?」

「それ以上は言えん!」


 ──けちんぼめ。だがこれ以上いじめるのはよそう。


「わかりました。ヒントをいただけただけでもありがたいです」


 タンバヤ商会の研究室に戻り、ヘルメスが言っていたことを考えてみる。


 精子というのは減数分裂をしているからDNAの二重螺旋らせんの一方しか持たない。これが不完全な原因ではないか。

 要はなんとかして受精後のように二重螺旋らせんを作ってやればいいのだ。


 仮説として、ホムンクルスの種ができる過程で2つの種を融合させればいいのではないかと考えた。木魔法は生命の魔法でもあるからそれで試してみることにする。


 フィリーネに言って研究室の一室をしばらく締切にしてそこで実験をする。


 失敗の可能性もあるので、検体は3体用意した。


 40日後。改良型のホムンクルスの種ができた。外見はパラケルススの時とかわらない。


 それから40週間。フリードリヒは自らの血でホムンクルスの種を育てた。貧血になりそうで、3体もやるんじゃなかったと後悔した。


 結果、3体とも成功のようだ。身長は自分と同じ14歳くらいの大きさで、なぜか3体とも女だった。こんなこともあろうかと、蒸留器の大きさを大きくしていたのが幸いだった。


 フリードリヒの遺伝子を持っているから当然なのだが、3体ともフリードリヒにそっくりの金髪碧眼だ。フリードリヒを女にしたらこうなるだろう。


 取りも直さず、ホムンクルスに話しかけてみる。


「君たち。私のことがわかるか?」

「お父様…ですね」


「ああ。…そうだ」

 同年配の少女に「お父様」と呼ばれるのがこそばゆい。


「私たちはお父様の知識と経験を受け継いでいます。この世に生をいただいたことを感謝いたします」

 3体がそろってペコリと頭を下げた。


「これからが問題だ。蒸留器から出ても生きていられるかどうかだが…」


 3体。いや3人とも不安な顔をしている。

 フリードリヒは蒸留器を慎重に開けていく。


「さあ。怖がらずにそこから出てみてくれ」


 3人はゆっくりと蒸留器から出てくる。

 フリードリヒは息をのんでそれを見守った。


「どうだ。大丈夫そうか?」

「大丈夫…みたいです」

「それは良かった」


 一同安堵あんどし、微笑ほほえみあった。


 さて、彼女らは全裸だ。まずは衣服を調達せねば。


 フリードリヒが下着も含めてフルセット調達となると騒ぎになってしまうので、ここはフィリーネに頼もう。


 フィリーネに頼むと「何に使うんですか?」と不審がられた。それもそうだろう。


「実は、例のものができたんだ」

「えっ!それはぜひあとで見せてください」

「ああ。ということで、よろしく頼む」


 フィリーネは足早にタンバヤ商会の店舗まで行くと衣服一式を調達してきた。

 早速、3人に着てもらい、フィリーネを部屋の中に招き入れる。


 髪は身長よりも長く伸びていた。もったいなかったが尻が隠れるくらいの長さに切った。それだと動きにくいので後ろ2か所で結わえる。


「うわぁ!本当にフリードリヒ様そっくりですね。とてもホムンクルスなんてわかりません」


 これなら大手を振って外を歩けるだろう。3人はニンマリした。


「名前は何ていうんですか?」


 ここは3姉妹と言えばあれだ。


「マリー、ローラ、キャリーにしよう」

「いい名前です。お父様」


「う~ん。この歳でこんな大きな子供がいるのは不自然だからな。人前ではお兄様と呼んでくれ」

「はい。わかりました」


    ◆


 この3人をどこに住ませるかだが、自分の館しかあるまい。

 フリードリヒは3人を連れて館へ向かった。


 そこでいきなり女子連中に捕まってしまった。


 口を開く間もなく「何なんですの? その女たちは!」とヘルミーネが詰問してきた。

「待ってください。この方たちは主様にそっくりです。」とネライダがフォローしてくれる。


「実は私の三つ子の妹なんだ」

「そんな話聞いたことがありませんわ」とローザが冷静に反応する。


「ツェーリンゲン家ではなく、失踪していた母の子なんだ。事情があって母と一緒に住めなくなってしまい、私を頼ってきたというわけだ」

「確かにこれだけ似ていれば兄弟以外にあり得ねえな」とヴェロニアが賛同してくれた。


「名前は何ていうにゃ」

「マリー、ローラ、キャリーだ」


 これで納得したのか、女子連中は3人を取り囲み仲良くしようとあれこれ話かけている。

 何とか無事に収まってくれたようだ。


    ◆


 翌日。食客しょっかくたちに3人を紹介する。

 すぐに武術の話になり、フリードリヒ様の妹なら強いに違いないと皆が言い出した。自然、誰かが立ち合いをということになり、まずはとりまとめ役のカロリーナがやることになった。


「では、マリー。できるか?」

「やってみます」


 フリードリヒは、愛用のオリハルコン制の剣を2本手渡した。

 マリーは、剣を抜き集中すると半眼になった。


「げえっ! フリードリヒ様そっくり!」

 食客しょっかくたちから声があがる。


 実際に戦ってみるとマリーはフリードリヒのコピーそのものだった。


「これはとてもかなわないわ」とカロリーナはさじを投げた。


 続いてローラとキャリーも立ち合いをやったが実力は同じで、いずれもフリードリヒのコピーそのものだった。


 魔法の方も試してみたが、こちらも同じだった。ただし、精霊たちの「祝福」がないので魔力消費が多かった

 こちらは精霊たちに頼み込むと「祝福」は無理だが「加護」ならばと与えてもらえた。これで魔力消費が半分になったわけだ。


 ということで、簡単にいえばホムンクルスの3人はフリードリヒの劣化版コピーといっていい存在だということがわかった。


 騒ぎが収束してみると、フリードリヒには今になって少し迷いが生じていた。

 科学的な興味から突っ走ってこのようなものを作ってしまったが、本当によかったのか?


 しかし、作ってしまったものはしょうがない。

 せいぜい妹としてかわいがってあげようと思い直すのだった。

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