第6話 奴隷娘 ~猫耳族と見習いメイド~

 この世界にはフリードリヒの前世とは大きく違うことが一つある。

 それは亜人と言われる者たちの存在である。


 彼らは人族とも混じってくらしている次のような者たちだったが、人族からは差別されるのが常だった。

●耳族:猫耳・犬耳・兎耳

●角族:羊、牛

●小人族:ホビット

●リザードマン:蜥蜴人

●ドラゴニュート:竜人


 このほか、主として森に棲んでいるエルフやドワーフも人族との交流を持ちながら暮らしていたが、エルフは薬学、ドワーフは鍛冶・工芸の技能を持っていたので、一定の尊敬を持たれる存在となっていた。


 また、闇の種族の人狼、人虎、ヴァンパイアも人族に混じって暮らしている者がいるらしいが、正体を隠しているため、その実態は謎だ。人族はこれら闇の種族を畏怖していた。


 耳族などの差別対象となっている亜人たちは、差別故に奴隷とされることも多かった。


 この世界には奴隷が存在しており、この点は前世の中世も同じである。

 戦争があれば略奪りゃくだつの対象には金品のほか人族や亜人も含まれていた。この世界の倫理観はその程度のものだったのである。


    ◆


 ミーシャは猫耳族の亜人である。

 彼女はその身軽さから冒険者パーティーの斥候役として活躍していた。


 ある時。その冒険者パーティーはある大きなクエストに失敗し、ペナルティを支払わなければならなくなった。そのために別の大きなクエストに手を出し、これも失敗。

 結局、資金的な悪循環に陥り、冒険者パーティーは資金繰りに行き詰った。


 そんな時、パーティーメンバーが目を付けたのがミーシャだった。ミーシャを奴隷として売り払ってしまえば、その金で借金を返せる。パーティーメンバーは集団でミーシャに襲い掛かり、拘束すると奴隷商に売り飛ばしてしまった。


「なんでミーシャがこんな目にあわなきゃならないのさ。頑張ったのに」

「けっ。おめえ亜人だろ。亜人には奴隷がお似合いなのさ。亜人は亜人らしく売られとけってんだ」

「そんにゃー!出して。ここから出してくれにゃー!」


 それからミーシャは悲嘆にくれていた。

 ミーシャが何をしたというにゃ。ミーシャは頑張ったにゃ。どうしてこんな目に。どうして……。

 この世に神も何もあったものかと自分の境遇にとことん納得がいかないミーシャであった。


    ◆


 ある日。冒険者ギルドに行きクエストを確認するが、目立ったものはなく、フリードリヒはいつもどおり黒の森に向けて出立しようとした時だった。


「旦那。奴隷はいかがでやすか? 儲かってるんでございやしょう」と奴隷商と思しき男が声を掛けてきた。

「いや。間にあっている」


「そういわずに。冒険者パーティーは分け前なんかでもめることが多いでやしょう。その点、奴隷は絶対服従ですから安心なんでやすよ」

「絶対服従など……」


 そこで奴隷商は小声になり、「うちの商品には『隷従の首輪』って魔道具がつけてあって、主人の命令には絶対逆らえないようにしてあるんでやすよ」と耳元でささやく。


 フリードリヒは、(隷従の首輪? なんだか犯罪臭がするな。ちょっと探ってみるか)と内心決意する。


「わかった。見るだけだぞ」

「ちょっと!あなた趣味悪いわよ」とローザが非難する。ヴェロニアとネライダも眉間に皺を寄せている。が、ここはスルーだ。


 奴隷商の館は貧民街近くの薄暗い場所にあった。中に案内される。


「お勧めの商品はこちらでやす。」


 奴隷商は鍵のかかった牢屋のような部屋を指し示す。

 そこにはダボダボのローブを被った華奢な体の人影ともう一つ更に小柄な子供のような人影があった。


「暗くてわからぬ」

「おいっ。立て。立ちやがれ」


 人影はビクッとするとゆるゆると立ち上がった。隷従の首輪というやつの効果のようだ。隷従の首輪を鑑定したところ精神系の闇魔法がエンチャントされている。


 それにしても酷い悪臭がする。不衛生な環境で長期間放置されていたのだろう。


「隷従の首輪には闇魔法が使われているようだが禁止されてはいないのか」

「奴隷に、しかも亜人に使うこと禁じる決まりはございやせん」


(何っ。領主は何をしている…って、俺の祖父か。もーっ)と呆れるフリードリヒ。


「こいつは猫耳族でやんして、素早さがとりえなんでさ。斥候役に最適ですぜ」

「確かにうちのパーティーに斥候役はいないが…」

「今ならサービスでこっちのちっこいのもお付けしやすぜ。おめえも立てっ」


 小さい人影の方もビクッとしたあとヨロヨロと立ち上がる。弱っていて、今にも倒れそうだ。

 よく見えないので小さい方の人影を透視してみる。そして驚いた、背中が異常に曲がっている。というか歪んでいる。おそらくくる病ってやつだ。成長期なのに薄暗い環境のなかで長期間放置された結果だろう。


 闇魔法で骨の成形ができるからフリードリヒならば治せるかもしれない。しかし、生きている者の骨でも成形可能なのか?


 オスクリタにテレパシーで聞いてみる。


『オスクリタ。闇魔法で生きている者の骨の成形は可能か?』

『あっ。主様。可能。でも…ものすごく…痛い。』


 なるほど。いちおう可能なようだ。


 本命も気の毒だが、むしろ小さい子の方が可哀そうで同情してしまった。

(この悪徳奴隷商め。そこまで見越してやっとんのか!)と突っ込みたいところだがやめておく。

 見捨てるのも忍びない。癪に障るが、ここは買うしかないだろう。


「わかった。買おう」

「あなた。亜人奴隷なんかに同情していたらきりがないわよ」とローザ。

「旦那もとことん人がいいねぇ」とヴェロニア。

 ネライダは「主様…」と言ったまま絶句している。


「理屈ではなく、私の気がすまないのだ」

「へへ。ありがとうごぜえやす」


「いくらだ」

「金貨3枚でやす」


「高いな」

「亜人と言ってもまだ若くてピチピチでやんすから。こんなもんでやす」


 一刻も早く連れて帰りたかったので、値切る手間を惜しむ。


「しょうがないな」と代金を支払う。


「おい」奴隷商が店の奥に声をかけると真っ黒なローブ姿で顔を隠した人物がやってきて何やら呪文を唱えている。隷従の首輪の主人を書き換えているのだろう。

(どうせすぐ俺が解呪してやるさ)とフリードリヒは心の中でつぶやいた。


 その日の冒険は中止し、ホーエンバーデン城へ向かう。

 2人とも衰弱していたので、フリードリヒとヴェロニアでおぶっていく。


 門では門番が「臭っ。フリードリヒ様いったい…」と鼻を覆っていた。

「とにかく通してくれ」


 急いで城内へと向かい、侍女のコンスタンツェを呼ぶ。


「コンスタンツェ。コンスタンツェはいるか」

「どうされたのですか。フリードリヒ様。臭いっ!」

「奴隷を買った」

「奴隷?フリードリヒ様!?」


「とにかくこの者たちを風呂に入れたい。風呂は私が沸かすからこの者たちの準備を頼む。ローザたちも手伝ってくれ」


 フリードリヒは風呂場に向かい、魔法で素早く風呂を沸かす。


「もういいぞ」


 早かったためか、まだ服を脱がせている途中だった。

「主様。見ちゃダメー」ネライダがフリードリヒの目をふさぐ。

 フリードリヒが後ろを向くとコンスタンツェたちが奴隷を風呂場へ連れて行った。奴隷たちは歩いているが意識はボーッとしているようだ。


 漸くして奴隷の2人は風呂から上がってきた。コンスタンツェたちが汗をぬぐっている。汚れを落とすのにだいぶ苦労したようだ。


 気持ちが落ち着いたのか猫耳の奴隷が声をかけてくる。

「あなたがご主人様にゃ。ミーシャはどんな酷い主人に買われるかひやひやしてたにゃ。いい人そうで安心したにゃ」


 風呂に入って改めて見ると、痩せてはいるが結構な美少女だ。歳は10歳くらいか。猫耳が可愛い。触ってみたい。


「ミーシャというのか。腹が減っていないか」

「ぺこぺこにゃ」


「コンスタンツェ。この者たちに食事を…そうだな…薄めのオートミールがいいだろう」

「げえっ」ミーシャがいやそうな顔をする。確かにうまいものではないけどね。


「いままでろくなものを食べていないのだろう。いきなりご馳走を食べると胃が受け付けないぞ。徐々に慣らしていくんだ。」


 さて、食事を作っている間に…。

 もう一人の小さい奴隷に声を掛ける。


「お前。名前は?」

「リーゼロッテ」と蚊の鳴くようなか細い声で答える。


 リーゼロッテの方は発育が悪いせいか5歳くらいの女児のようにも見えるし、もう少し大きいようにも見える。よくわからない。


「なぜ奴隷なんかに?」

「あのね。小さい頃はお母さんと一緒に教会やお金持ちの人から食べ物をもらっていたの。

 でも怖いおじさんたちが追いかけてきて捕まっちゃって、その後はずっと糸を紡ぐ仕事をやらされて…そのうち背中が曲がってきて気持ち悪いっていわれて奴隷に売られちゃったの」


 乞食をやっていたが、奴隷狩りに捕まったってところか…。


 この世界では、教会や金持ちが乞食に施しをする行為が徳を積む行為として教会に奨励されていた。中にはプロの乞食もいると聞く。


「背中を治してやれるかもしれない。痛いと思うが我慢できるか?」

「うん。我慢する」


 リーゼロッテをベッドのある部屋へ導く。

 並行してテレパシーでオスクリタを呼ぶ。

 部屋へ着くと、間もなくオスクリタがやってきた。


「オスクリタ。この者の背中を治してやりたい。できるか」

「可能。でも…主様の方が上手だと…思う」

(えっ。俺が。確かにオスクリタだと加減を知らなそうだしな…)と考え込むフリードリヒ。

「わかった。私がやろう」


 リーゼロッテをベッドに寝かせる。


「リーゼロッテ。目を閉じて、心を落ち着かせるんだ」


 まずは痛みを抑えるために麻痺の魔法をかける。そして骨を透視しながら魔法で慎重に背骨を成形していく。


「きゃーーーーっ」リーゼロッテがエビ反りになって痛がっている。


 フリードリヒは急いで強めに麻痺の魔法をかけるとなんとか治まった。

 再び慎重に骨を成形していく。今度は成功のようだ。


 いつの間にかローザたちが部屋に来ている。悲鳴を聞いて駆け付けたらしい。


「もう。いきなり奴隷を虐待しているのかと心配したわよ。あなたどSだから」


 フリードリヒとしては、全く心当たりがないわけではない


「いや。何を言う。私ほどやさしい男はいないぞ」

「まあいいわ。リーゼロッテの背中を治してやっていたのね。たいした技術ね」

「まあな」

「主様の闇魔法…天下一品」なぜかオスクリタが自慢している。


「ちょうどいい。ローザ。リーゼロッテの汗がひどいから拭いてやってくれ。リーゼロッテは栄養が足りていないから私は食料を調達してくる」

「旦那。あたいも手伝うぜ」ヴェロニアが申し出たので連れていくことにする。


 くる病にはカルシウムとビタミンDの大量摂取が必要だ。無理やり背骨は伸ばしたが、栄養が足りていないと元に戻る恐れがある。この辺りだと川の小魚がいいだろう。


 ヴェロニアを連れ郊外の小川へテレポートで移動する。

 浅瀬の子魚の群れに当たりをつけ、麻痺の魔法をかける。小魚が大量に浮いてきたので、網ですくってマジックバックに収納していく。これを数回繰り返すと相当な量になった。


「もういいだろう。戻ろう」

「あいよ」


 コンスタンツェに料理を頼む。


「これを素揚げにしてリーゼロッテにあげてくれ。ごく小さいものは避けておいて明日天日干しにしてくれ。こちらはリーゼロッテのおやつ変わりだ」

「承知しました」


 リーゼロッテの方はとりあえず落ち着いた。


 ミーシャはどうかな。

 様子を見に行くと、食事を終わって一休みしているところだった。


「ミーシャ。落ち着いたか」

「とりあえず腹は治まったにゃ」


「ミーシャはなんで奴隷なんかになったんだ」

「冒険者パーティーのメンバーに売られたにゃ。あいつら裏切り者にゃ。信じてたのに」


「そうか。たいへんだったな。すぐには無理かもしれないが、私は信じてもらえるよう努めよう。ところで、隷従の首輪だが、私なら外せるが…」

「いやにゃ。外して高く転売する気にゃ。きれいにしたのもそのためにゃ」


「そうじゃない。ミーシャを信じているだけだ」

「嘘にゃ」ミーシャはそっぽを向いてしまった。


「旦那ぁ。こりゃ重症だぜ」ヴェロニアに指摘される。

「そうだな。急ぐ必要はない。時間をかけて信じてもらうしかない」


 パーティーメンバーにはいずれ加わってもらうが、とりあえず復調するのに三月、筋力なども含めて完全に戻るには1・2年かかるだろう。気長にやっていくさ。


    ◆


 1週間ほど経った。

 ミーシャもリーゼロッテも復調し、普通の食事が取れるようになっている。リーゼロッテの方は引き続き小魚を大量に食べさせ、日光浴もさせている。

 ミーシャは、いずれパーティーに参加してもらうとして、問題はリーゼロッテの処遇だ。


 本人に聞いてみよう。


「リーゼロッテ」

「『リーゼ』でいいよ。お兄ちゃん」


「ではリーゼ。これからどうしたい。」

「うーん。このお城で働きたいかな。みんな親切でいい人だし…」


「リーゼは何歳になった?」

「7歳」


「そうか。見習いを始めるにはちょうどいい年頃だな。わかった。考えてみよう。」

「ありがとう。お兄ちゃん」


 フリードリヒは義母のところへ相談にいった。


「義母上、リーゼロッテのことなのですが…」

「ああ。あなたが道楽で買ってきた奴隷のことね」

「本人もやる気ですし、この城で働かせたいのですが…」


「奴隷に仕事を? いったい何をさせるつもり?」

「見習いを始めるにはちょうど良い年ごろですし、まずはメイド見習いをと考えているのですが…」


「奴隷上がりがものになるのかしら?」

「まだ小さいですし、根は素直ないい子です。きちんと教育すれば将来的には使える人材になると思います」

「そうね…。リーゼロッテのことはあなたが責任を持つということなら、それでもいいわ。」

「もちろんです」


 これでリーゼロッテの件はかたずいた。


    ◆


 ミーシャの方は体調も復活してきたので、毎朝の格闘の訓練に付き合ってもらうことにした。

 フリードリヒたちが冒険にいっている間は、ランニングなどで体を鍛えているらしい。


 そんな感じで落ち着いてきたある日、格闘の訓練を終わって一息ついた後、フリードリヒは懸案事項を口にする。


「ミーシャ。耳を触っていいか」

「にゃ!やっぱりご主人様は変態だったにゃ!」ミーシャは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。


「いやなら無理にとは言わないが」

「ご主人様の命令とあれば仕方ないにゃ」

「いや。そこまでは…」


「さあ。触るにゃ!」


 ミーシャは目をつぶり、拳を握りしめて立ちすくんでしまった。


「…………じゃ。遠慮なく」


 おっ。結構冷たい。軟骨のぷにぷに感がほどよい感触だ。ミーシャの顔がどんどん赤くなっていくので限界を迎えるまえにやめる。


「はーっ。はーっ。はーっ。はーっ」


 どうやら息を止めて耐えていたようだ。


「では、つぎは尻尾を…」

「にゃーっ!尻尾はダメにゃ。尻尾は…」

「よいではないか。よいではないか」


 悪乗りして悪代官よろしく追いかけ回す演技をするフリードリヒ。

 ミーシャは手を尻に回しているが隠しきれるものではない。

 ついに、フリードリヒがミーシャの尻尾を捉える。


「にゃーっ。はぁっ。はぁっ。はぁっ。あ~ん。あん。あん」

(やばっ。声がエロくなってきた)とフリードリヒはあわてて手を放す。


「はぁっ。はぁっ。はぁっ。酷いにゃ。やっぱりご主人様は、鬼畜のどSにゃ。ローザの言っていたことは本当だったにゃ」

(ローザめ。ミーシャに何を吹き込んだ)と突っ込みたいところだが、本人はここにはいない。


「悪い。悪い。お詫びといってはなんだが、その隷従の首輪はもう外していいぞ」

「いやにゃ。やっぱり売り飛ばすつもりにゃ」


「いや。そうじゃない。それにその真っ黒な首輪は悪目立ちするだろう。そうだ。今度、もっと可愛らしい首輪を作ってやるよ。それと交換しよう。それならいいだろう」

「そう言って本当は外す気にゃ」


「そこは信用してくれ」

「わかったにゃ。ご主人様の命令なら仕方ないにゃ」


 数日後、フリードリヒは赤いフリフリの首輪を自作した。いちおう隷従の魔法も軽くエンチャントしてある。

 やっぱり猫には赤い首輪だよね。

 前世にもファッションでチョーカーを着けている女子もいたし。見ようによっては可愛いと思う。


「ミーシャ。新しい首輪ができたんだけど。これはどうかな?」


 ミーシャは目を丸くして見つめている。気に入ったのか?


「着けてあげるよ」

「わかったにゃ」


 ミーシャはまた目をつぶり緊張している。


「さあ。着けたよ。鏡で見てみるかい」


 ミーシャは鏡を受け取ると角度を変えながらうっとりとみている。気に入ったらしい。


「なあ。可愛いだろ」

「可愛くして売り飛ばすつもりにゃ」


「いや。そう見えてちゃんと隷従の魔法もかかっているから。試してみるかい?」

「やってみるにゃ」


「では。ミーシャ。おっぱいを見せろ」

「にゃ!」と驚いた後、ミーシャはビクッとし、上着をはだけさせる。胸の谷間がみえてきた。乳首が見えそうになったので、ギリギリのところで「冗談だよ」と命令を中止した。


「にやーっ。やっぱりご主人様は鬼畜にゃ。尻尾も触られたし、ミーシャはもうお嫁にいけない体にされたにゃ」

「いやいや。そんな大げさな」


「こうなったら、ご主人様は責任をとって一生ミーシャの面倒をみるべきにゃ」

「それじゃどっちが奴隷かわからないじゃないか」


「奴隷の面倒を見るのはご主人様の義務にゃ」

「まあ。それは全面的には否定しないが」

「約束にゃ。破ったら化けて出るにゃ」


 そんなことで親交を深めていくフリードリヒとミーシャだった。


    ◆


 最近リーゼの元気がない。病み上がりとはいえだいぶ回復しているはずなのだが…。

 リーゼは隙をみてはフリードリヒのところへやって来て甘えている。


「お兄ちゃん。来ちゃった」

「どうした、リーゼ?」


「ちょっと疲れちゃったから、休憩」

「なんだ、私の部屋は休憩所か?」

「そうじゃなくて。お兄ちゃんに会いたい気分だったの」


「コンスタンツェにでもしかられたのか?」

「あれはリーゼのために……。コンスタンツェさんはやさしいよ」


「仕事はたいへんか?」

「まだ失敗することも多いけど頑張るよ。私の居場所はここだから」


 まだ小さいのに健気なリーゼ。7歳児にこんなに働かせるなんて、前世だったら完全に児童福祉法違反事案だ。


 フリードリヒはリーゼを優しくハグする。

 フリードリヒの胸に顔を埋めて甘えるリーゼ。


「リーゼ、頑張れよ」


 フリードリヒは、(同じ年頃の友達でもいれば良いのだが…)と思案する。


 同年代といえば、フリードリヒの妹たちもいる。

 妹たちは時折リーゼの面倒をときどき見てくれているようだ。


 アイリーンは一緒に料理の勉強をしている。1歳しか違わないのにテキパキと料理をするアイリーンを、リーゼは尊敬の目で見ているようだ。


 ルイーゼはマルティナに本を読み聞かせているが、リーゼも時折混ぜてもらっているらしい。


 マルティナは歌が好きなので時折一緒に歌を歌っているようだ。


 が、そこは貴族とメイド。対等の立場という訳にはいかない。義母上や侍女長のヴェローザの目もある。

 その点はリーゼもわきまえているようだ。


 翌日。リーゼと廊下ですれ違った。


「あっ。お兄ちゃん」


 すかさずコンスタンツエが指導する。


「リーゼ。『フリードリヒ様』とお呼びなさい」

「は~い」

「返事は短く。1回で」


 なんだかどこぞの侍女長さんのようだ。姑と小姑に囲まれた嫁のようでリーゼが気の毒に感じる。


 その日。思案しながらフリードリヒは外出した。

 ふと茶虎の大きめな猫が視界に入る。顔つきと大きさから見て雄だ。毛艶はいいが首輪をしていない。たぶん野良かな。


(そうか。ペットという手もあるな)と思いついた。

 猫はフリードリヒを一瞥すると無視してふてぶてしい感じで歩いていく。

 フリードリヒが追跡するそぶりを見せると一転、ダッシュして逃げだした。


「ふっ。俺様から逃げられると思うなよ」


 フリードリヒは千里眼クレヤボヤンス千里眼で冷静に猫の気配を追っていく。

 そしてある路地に追い詰めた。


 猫はフーッと毛を逆立てて威嚇していたが、フリードリヒが近づくと3mはあろうかという壁を駆け上がり、逃走を図る。

 フリードリヒはそれに素早く反応し、猫のしっぽをつかんだ。

 猫はベタンと腹ばいで落下した。

(猫の運動神経ならちゃんと着地しそうなものだが…)と少し呆れるフリードリヒ。


 猫を押さえつけながら、フリードリヒは違和感を覚えた。

 これは…。


「お前、ケット・シーだな。よし、お前私の眷属になれ」

「吾輩の主になるにゃど百年早いわ。人族のぶんざいで」


 喋った。やはりケット・シーで間違いない。


 フリードリヒは押さえつけた手を離し、話しかける。


「どうやったら眷属になってくれる?」

「それは……」


 ケット・シーはダッシュし、逃走を図る。

 今度は念力で体を押さえつけてみる。


「くっ。体が動かにゃい」

「どうだ。私からは逃げられまい」


 フリードリヒは念力を徐々に強めていく。


「く、苦しい。わかったにゃ。眷属になるにゃ。だから許して欲しいにゃ」

「よし。わかった」


 フリードリヒは念力を解いた。

 猫はぜいぜいと息をしている。


 名前は……「トラ」でもいいいが、ドイツ語にしよう。


「お前の名前は『ティーガー』だ。早速城へ戻る。付いてこい」

「城? わかったにゃ」


 さすがに城へは抱えて入った。門番に止められそうだったから。


「フリードリヒ様。それは……?」

「今度、城で飼おうと思ってな……」

「はあ。」


 廊下で早速コンスタンツエに見とがめられる。


「フリードリヒ様。それは?」

「妹たちやリーゼの情操教育にいいかと思ってな。飼おうと思う」


「人族の次は猫ですか。まったく…」

「今度は雄だぞ」

「そういう問題ではありません!」


 リーゼを人気のないところに呼びだす。


「リーゼ。今度、こいつを城で飼おうと思う。お前が面倒を見てくれ。名前はティーガーだ」

「うわぁ。カッコいい。名前どおりだね」


 リーゼはティーガーに駆け寄り、頭を撫でている。ティーガーは警戒していたが、フリードリヒがチラッと睨むとおとなしくなった。諦めの境地なのだろう。


「ふわふわして気持ちいい」

「顎の下も自分では舐められないから、気持ちいいみたいだぞ。猫にも触られて気持ちいい場所と嫌な場所があるからいろいろ試してみるといい。可愛がってやれよ」

「うん。お兄ちゃん、ありがとう」


 ティーガーは姉妹たちや弟のハインリヒにも大うけだった。


 リーゼはペットとはいえ、自分より下の立場のものができたことで、態度もしっかりしてきた。

 ティーガーが潤滑油の役割を果たしたのか、フリードリヒの兄弟姉妹とも、より仲良くなったようだ。

 おかげでリーゼは少し明るくなったように見える。


 よし。とりあえずはこんなところかな。


    ◆


 ミャーはミーシャにゃ。


 ミヤーには両親の記憶がないにゃ。物心ついた時には貧民街で物乞いをやっていたにゃ。

貧民街には猫耳族のお爺ちゃんがいて、お爺ちゃんが親代わりみたいなものだったにゃ。


 貧民街には奴隷狩りの怖いおじさんたちがよく来て、ミャーのような親のいない孤児は人族も亜人もカモにされてたにゃ。

 ミャーはすばしっこかったから、いつも逃げ切ってやったにゃ。少し大きくなってからは石を投げてやっつけてやったにゃ


 7歳の時、すばしっこくて器用な猫耳族の子供がいるという評判を聞いて、優しそうな冒険者のおじさんがやってきたにゃ。

 おじさんは、ミャーに物乞いをやめて冒険者の見習いになるように誘ってきたにゃ。ミャーはお爺ちゃんと相談して見習いをやることに決めたにゃ。

 おじさんは、斥候役をやっていた奥さんに子供ができたので、替わりの斥候役を探していたみたいにゃ。


 ミャーは、おじさんや奥さんに斥候役の心得や技をいろいろ習ったにゃ。優しいおじさんの役に立つように一生懸命頑張ったにゃ。


 ミャーがようやく一人前になろうかとういうとき、おじさんは冒険の最中に腰を痛めてしまい、それがもとで引退することになったにゃ。おじさんは、「俺も歳だな」と笑っていたけど、本当は寂しそうだったにゃ。

 おじさんのパーティーは、みんなおじさんが好きで集まっていたから、おじさんが引退したら自然と解散になってしまったにゃ。


 ミャーは冒険者以外に生きる術を知らなかったから、替わりのパーティーを探したけど、亜人のミャーを平等に扱ってくれるパーティーは見つからなかったにゃ。

 ようやく探したパーティーは、斥候役で亜人のミャーの取り分は人族の半分という酷い扱いのパーティーだったにゃ。でも、そのとき他に道はなかったにゃ。


 そのパーティは大きなクエストに失敗して資金繰りに行き詰ったにゃ。

 パーティーメンバーは集団でミャーに襲いかかり、拘束すると奴隷商に売り飛ばしてしまったにゃ。ミャーは、パーティメンバーを恨み、人族を深く恨んだにゃ。


 その後、ミャーは人族の大商人の息子に買われたにゃ。ご主人はミャーを買うときは優しい顔をしていたけど、家に着くと急に怖い顔になってミャーを地下室に閉じ込めて体を縛り、鞭でミャーをぶったにゃ。

「泣け。わめけ。許しを乞え」と大声で叫んでいたけど、ミャーは言うことを聞きたくなかったので、必死に耐えたにゃ。

 しばらくは地獄の日々が続き3月後、ご主人はあきらめてミャーを奴隷商に売ったにゃ。

 それでミャーは、ますます人族を恨むようになったにゃ。


 その次にミャーを買ったご主人は仮面を付けた怪しい人だったにゃ。

 でも新しいご主人様は弱っていたミャーをおぶって連れていってくれ、お風呂に入れてきれいにしたあと、ご飯も食べさせてくれたにゃ。薄いオートミールだったにゃけど。


「いままで碌なものを食べていないのだろう。いきなりご馳走を食べると胃が受け付けないぞ。徐々に慣らしていくんだ」


 と聞いて、ミャーを心配してくれてるのかと思ったにゃ。


 ご主人様はその後、普通のご飯も食べさせてくれて、前のご主人みたいにぶったりしなかったにゃ。

 ミャーをパーティーに入れてくれると言って、拳闘術の訓練もしてくれたにゃ。


 でも、ミャーの耳や尻尾を触ったり、おっぱいを見せろと命令したり、ちょっと変態さんなところもあったにゃ。あんな恥ずかしいことをされて、ミャーはもうお嫁に行けないにゃ。


 ご主人様は、隷従の首輪を外そうとしているみたいだけど、ミャーは騙されないにゃ。隙をみせたら、前のご主人みたいに売り飛ばすつもりにゃ。

 でもご主人様がくれた赤い首輪はとっても可愛いくて、ミャーは気に入ったにゃ。あの首輪、ミャーが自分で外せるけどご主人様は知ってるのかにゃ。


 こうなったらご主人様に責任をとってもらって一生ミーシャの面倒をみてもらうにゃ。

 裏切ったら化けて出てやるにゃ。


    ◆


 あたしはリーゼロッテ。

 リーゼは、小さい頃はお母さんと一緒に教会やお金持ちの人から食べ物をもらっていたの。


 でも怖いおじさんたちが追いかけてきて捕まっちゃって、その後は薄暗い部屋の中でずっと糸を紡ぐ仕事をやらされて、仕事が遅いと鞭でぶたれた。ご飯もちょっとしかもらえなくて、痛くて、ひもじくて、悲しくて、毎日泣いていたの。


 そのうち背中が曲がってきて気持ち悪いっていわれて奴隷に売られちゃったの。

 奴隷商のおじさんもちょっとしかご飯をくれなくて、リーゼの背中はどんどん曲がっていったの。

 リーゼはこのまま病気で死んじゃうと心配していたの。


 でも、お兄ちゃんがリーゼを買ってくれて、背中を治してくれた。

 ご飯もいっぱい食べさせてくれたの。

 それで、お兄ちゃんと一緒にいたかったから、お城で働きたいっていったら許してくれたの。


 お仕事を失敗するとコンスタンツェお姉ちゃんやヴェローザさんにしかられるけど、リーゼがちゃんとお仕事ができるようにと思ってくれているの。リーゼは知ってるよ。


 でも、ときどき寂しくなってお兄ちゃんの部屋にいくと、お兄ちゃんは優しく頭を撫でてくれるの。

 そうするとリーゼは幸せになって胸がほかほかしてくるの。


 それでね。リーゼはお兄ちゃんのことが大好きだから、お兄ちゃんのお嫁さんになるのが夢なの。

 でも、リーゼはメイド見習いでお兄ちゃんは王子様だから無理だって知ってる。


 ああ。どこかの魔法使いのお婆さんがリーゼをお姫様にしてくれたらいいのに。

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