第4話 産業スパイ ~アークバンパイア~

 ローザ・シュミットは、アークバンパイアというヴァンパイアの上位種族だ。


 ヴァンパイアは闇の種族であり、人族からは忌嫌いみきらわれている。ヴァンパイア・ハンターなどというヴァンパイア狩りを専門とする者もいるくらいだ。


 このためヴァンパイアは人族の目の届かない山奥などに村を作り、ひっそりと暮らしているのが普通だった。


 ローザの父は村長の家系だったが、そんな不自由な暮らしに嫌気がさして、ある時村を出奔した。

 恋人だった母は置き去りにされた形になった。父は母を巻き込むことをよしとしなかったのだろう。


 だが母は父のことが諦めきれず、父を追いかけて村を出奔した。

 苦労の末に町で冒険者をやっている父を見つけ出した時、母は見る影もなくやつれていたという。

 そんな母を負い返せるはずもなく、2人は結ばれた。


 そして1人娘のローザが生まれた。


 父はヴァンパイアの能力を隠し、人族として冒険者をやっていたので、ランクも上げられず、暮らしは貧しかったが、父母と幼いローザ3人の暮らしは平穏で幸せだった。


 ローザは7歳になったとき、冒険者見習いとして父のパーティーの雑用を始めた。

 そして多少腕も上達してきた10歳のとき、不幸は突然やってきた。


 ローザが母に頼まれた用事を済ませ、家路についたところで、隣家のおばさんに出くわした。


「たいへんだよ。あんたの家に冒険者が狂ったように押し寄せて、あんたの両親は殺されちまった。あんたも今戻ったらあの世行きだよ。とにかく今すぐ逃げな」


 おばさんは気がついていない様子だったが、ローザにはわかる。何らかのきっかけでヴァンパイアであることが明るみになり、両親は殺されたのだ。


 ローザはとにかく遠くの町へと体力の続く限り逃げた。

 小さな町だと目立ってしまうので、程よい街を探し出し、生きるために冒険者活動を始めた。ローザには冒険者としてのスキルしかなかったからだ。


 父母の二の舞は踏みたくなかったので、自然とソロでの活動となった。

 ローザは強くなりたかった。強くなって父母を殺した人族たちを見返してやりたかったのだ。


 ヴァンパイアは夜間の時間帯に能力が活性化する。また、夜は人目に付きにくかったから、夜の狩が活動のメインとなっていった。

 夜は人目に付かなかったので闇魔法などのヴァンパイアの能力も鍛えていった。

 相当無茶もしたので、12歳になったころには強さもかなりのものになっていた。


 そんな時、ローザはあるクエストに目がとまった。それはある宮中伯の弱みを探って欲しいという内容だった。報酬もかなりいい。

 今考えれば、よくも堂々と表のクエストとして依頼したものだと思う。


 ローザは直感した。ヴァンパイアのローザにはうってつけの依頼ではないか。

 蝙蝠に変化して覗き見ることもできる。また、人族を吸血することでヴァンパイア化し、眷属とすることもできる。闇系の魅了魔法で精神を操ることもできる。

 屋敷の人間や出入りする人間を眷属化なり魅了魔法で操れば情報を探り出すことは難しくない。


 そのクエストは大成功に終わり、依頼主も非常に満足していた。

 そのことが裏稼業の世界で評判を呼び、仕事をこなすうちに、その世界の第一人者となっていった。


 今受けている依頼は、バーデン=バーデンの町のタンバヤ商会の秘密を探ることだ。

 タンバヤ商会は最近とみに勢いのある商会で、次々に新商品を開発してはことごとくヒットさせている。そしてその製法は想像もつかないものばかり。


 依頼はライバル商会からのもので、タンバヤ商会が新商品を開発するからくりと新商品のレシピを探って欲しいというものだった。

 そこでローザは目立たぬようにタンバヤ商会を見張った。


 どうやら商会には情報部門があり、外の領地や商会などの情報を集めているようだった。

 私の仕事と少し似ている。なかなか経営者はできるやつだ。


 ローザは町外れの人目のないところで、情報部門の従業員が通りすがるのを待ち構え、すきをみて眷属にしてやった。

 そしてレシピをいくつか盗み出してやった。

 まだこれからだ。肝心のからくりがまだわからない。


    ◆


 ある日商会に顔を出すと、ハントが血相を変えてやって来た。


「フリードリヒ様。大変ですぞ。商会のレシピが他の商会に漏れているようです」

「うちの商会に金で買収される者もいないと思うが、盗まれたか。商会に侵入されたということはないのか」

「いや。特に思い当たりませんが…」


「とにかく、至急情報部門の者に漏洩ろうえいルートを探らせてくれ」

「承知いたしました」

「セキュリティーにはかなり気を使っているのだが…」


 そのとき、外から帰参した情報部門の者とすれ違った。


「何っ!? こいつ闇の眷属化している。こんなことができるのは………ヴァンパイアか」と驚愕するフリードリヒ。


 このまま取り押さえても相手に気づかれるだけだ。しばらくは泳がせておくしかない。

 情報部門へ向かい、1人に小声で耳打ちする。


「しばらくの間、気づかれないようにあいつを見張ってくれ」

「二重スパイということですか?」


「まだ可能性があるというだけだ。確定ではない」

「わかりました」


 さすがにヴァンパイア対策までは考えていなかったな。まだ襲われるかな。そうすると顔を覚えておいて郊外の人目のないところで待ち伏せといったところか。


「今日情報収集に出立する者はいるか」

「レオポルトが当番です」

「そうか。しっかりとやってくれ」


 フリードリヒはなにげない顔をして商会を出るとレオポルトの出発を待ち構えた。

 来た。

 フリードリヒは気づかれないようにレオポルトの後をつける。

 さすがに町中はないだろう。


 町を出た郊外を少し行くといた。闇の気配がする。思った瞬間、レオポルトに黒い影がすごい勢いで迫ってきた。

 フリードリヒは素早く剣を抜き、間に割って入ると、黒い影に切りかかった。


 避けられた。なかなかの相手のようだ。


「これはフリードリヒ様。なぜ…」

「いいから。お前は逃げろ」

「はいーーーっ」


 レオポルトはすごい勢いで逃げていった。

 これで心置きなく戦える。


「さて。そこにおわすはヴァンパイア様かな?」

「ふんっ!バレたのは初めてだよ。こうなったら、あなたには死んでもらう」


 んっ!このシチュエーション前にもあったような…。ヴェロニアと同じパターンだな。


 相手が剣を抜く。長い。大剣のクレイモアだ。


「よくそんな得物が振り回せるな」

「ヴァンパイアは力持ちなの。さあ、いくよっ!」


 得物が大きいだけに大振りだ。次々とくる攻撃を受け流しつつ考える。

 人狼と同じく人型だけにためらいがある。どうしたものか…。


 とりあえず、牽制けんせいのため浅く攻撃を入れてみる。しかしみるみるうちに再生されていく。

 すごい再生能力。それ反則だろ。首を切り落としたら死んじゃいそうだし、次は腕の1本くらいいっとく?


 そう思った矢先。相手は方針転換したらしく、闇の魅了魔法を使ってくる。

 俺が一番得意な闇魔法とは…なめるな!

 フリードリヒは魅了魔法をディスペルして無効化する。


 次は幻惑魔法か。これもディスペルする。

 2つとも無効化され相手は驚いている様子だ。


「そっちが魔法ならこっちも魔法だな。」


 フリードリヒは闇に特攻のある光属性の初級魔法であるライトニングアローを20本ほど発射する。全部命中だ。


「きゃーーーーーっ」そう叫ぶと相手はよろめいた。

 さすが光属性だと特攻効果があるんだな。


「もう一丁いっとく?」

「きゃーーーーーっ」そう叫ぶと今度は膝をついた。


「しぶといねぇ。では、もう一丁」

「きゃーーーーーっ」そう叫ぶとついに突っ伏して荒い息をしている。

「はあっ。はあっ。はあっ。はあっ」


「まだ耐えられるかな?」

「はあっ。はあっ。も、もうやめて。はあっ。はあっ。降参。降参ですっ。はあっ。はあっ。はあっ」


 さすがにこれ以上やるとただのサディストに成り下がってしまう。


 フリードリヒは相手に近づくと、とりあえずクレイモアを取り上げ、声をかける。


「うちの商会員を何人眷属にした?」

「はあっ。はあっ。よ、4人です」

(はーーーーーっ。4人もか)と心中でため息が出てしまう。


「眷属はもとに戻せるのか」

「いや。無理です」


「まいったな………お前が命令しなければ眷属は自由意志で行動できるのか?」

「それはまあ。そうですね」


 いろいろと恨みはあるが、だからといって殺すほどの怒りも湧いてこない。まあいいか。それにしても女にとことん甘い男だな。俺は。男のヴァンパイアだったら有無をいわさず殺していたかも………いや、考えるのはよそう。


「これで依頼失敗になるな。お前はどうなる」

「ペナルティを払う必要があるし、評判は地に落ちるでしょうね。それにあなたに拘束されたと知れると殺し屋がわんさか来るでしょう。私が秘密を握っている者は多いから」


「違う姿に化けたりはできないのか?」

「多少若返った姿になることはできます」と言うと14歳くらいの少女に変化した。


「うーーん。それであれば、服装や化粧を変えれば別人のふりができるのではないか。それでどこかへ逃げればいい」

「逃げるといっても全くあてがありません。それに私は今の商売以外に生きる術を知らない。今更新天地でゼロからのスタートなんてまっぴらごめんです」


「そう言われてもなあ…」

「あなたが責任をとるべきです。わたしを玩具おもちゃにするなんて…。あんなにエッチな声まで出させて…」


「少しばかり調子に乗ったのは反省するが…。それにエッチって、ただの光魔法なのだが…」

「もうお嫁にいけない。あーーーーーん。しくしく」泣き出してしまった。


 くっ。このパターンも2度目。もう勘弁して欲しい。


「ああわかった。とにかく場所を変えて落ち着こう。それに服も替えないと。ボロボロじゃないか」俺がやったんだけど…。


「そういえば、名前は?」

「ローザ・シュミットよ。」


「そうか。ローザ。まずは商会へ行って服を調達しよう」


 フリードリヒはローザを抱き起すと商会へと導いていく。ローザはなぜかフリードリヒの服の裾をつかみ、とぼとぼとついて来る。まだ、ぐずぐずと泣いている。


 商会に着くと店員が驚嘆の目でフリードリヒたちを見ている。

「会長。いったいどういうことで…」


「ああ…。とにかくこの娘に新しい服を見繕みつくろってくれないか」

「承知いたしました」


 店員はローザを連れて店内に入っていく。


 別の女性店員が近寄ってきた。


「フリードリヒ様ぁ。どういうことですか?」

「いや。私は何も…」


「でも、あの娘泣いてましたよ。服もボロボロだし…。もしかして、泣かせるようなことしちゃったんですか?」

「いや。私は………秘密だ。秘密」


「ははーーん。言えないような凄いことしちゃったんですね」

「だ・か・ら………もういい!」


 そうこうしているうちにローザが新しい服を着て出てきた。


「なかなか似合ってるじゃないか」

「そうかな」ローザは少し照れた表情をしている。

「とにかく行こう」


 フリードリヒは居心地が悪かったので、一刻も早く商会を離れたかった。


「まずは、今夜の宿を調達だな」

「えーーーっ。宿屋でポイッじゃないわよね。放置プレイはなしよ」


「放置プレイって…。そんなことはしないさ」

「私行く当てがないって言ったわよね。てっきりあなたの家に泊めてくれるとばかり…」


 確かに、ローザの落ち着き先を探す必要はある。そういえば、商会の情報部門はうってつけじゃないか…いや、ヴァンパイアであることぶっちゃける訳にはいかない。しかし、こいつの情報収集力を考えるとキープしておかない手はない。そうすると…。


「やむを得ない。私の家へ行こう」

「ありがとう。わかってくれたのね」


 ホーエンバーデン城へ着くと、「えっ。あなたの家ってお城なの。商人かと思ったら貴族様なのね」と驚いていた。

 これもヴェロニアのときと同じである。


 門番に「フリードリヒ様…」と言われた。

(またですか)という心の声が聞こえる。

 が、これももう慣れた。


 ホーエンバーデン城の中でヴェロニアと鉢合わせする。

 ヴェロニアは「うーーーーっ」と低く唸っている。

 そういえば、ヴァンパイアと人狼って犬猿の仲っていう噂も…。


「旦那ぁ。どういうことでぇ」

「いやぁ。パーティーの前衛の補強が必要かと思ってな、スカウトした。この娘はこう見えてクレイモアの使い手なんだ。結構強いんだぞ」


「ふーーーん」ヴェロニアはローザを眺め回すと突然真顔になり、フリードリヒの耳元でささやいた。

「こいつ………だよな」


 フリードリヒも真顔で返す。


「ああ。わかっている」

「ならいい」


 そう言うとヴェロニアは去っていった。


 侍女長のヴェローザとお決まりのやりとりを済ますと、フリードリヒは部屋に戻って一息ついた。

(はーーーーーっ。疲れる1日だった)と心の中でため息をつく。


 その日の夕食時。フリードリヒは覚悟していたがいつものやり取りはなかった。

 義母上は呆れ果てたような目でフリードリヒを見ている。


 もう処置なしということか。自分のことながら俺もそう思う。


    ◆


 私はタンバヤ商会の情報を探る仕事をしていた。だが、なかなかガードが固く、いくつかの商品レシピを盗みだすことには成功したものの、肝心の秘密はまだまだだった。


 そこで更に商会の人間を眷属化しようとバーデン=バーデンの町郊外で待ち伏せをしていたとき、あの人と出会った。


 後で知ったことだが、商会長自らが従者も連れずにたった1人でだ。しかもあの人は貴族様でもあった。

 たった1人とは、よほど腕に自信があるのか、それとも不用心な間抜けなのか。


 しかし、それは直ぐに判明した。

 そもそもあの人は、私がヴァンパイアであることを事前に察していたようだ。その上であえ1人で来たということだ。

 これは油断できない。


「ふんっ!バレたのは初めてだよ。こうなったら、あなたには死んでもらう」

 両親のことでトラウマもあったので、私はあの人を殺すことにした。


 クレイモアを抜いて襲い掛かる。

 あの人は私の攻撃をことごとく受け流し、剣で反撃してくる。2刀流を相手にするのは初めてで交わしきれない。


 傷は深くなく、なんとか再生できているが、このままではジリ貧だ。

 方針を転換して魔法を試すことにする。

 得意の魅了の魔法をあの人にかける。


 しかし、あっけなくディスペルされた。

 えっ!ディスペルは格上でないとできないもの。人族が高度な闇魔法を使いこなすなんて…。

 闇魔法は悪魔などが使うものとして、教会に異端とされており、人族で使いこなせるものはほとんどいないのが実情だ。


 今度は幻惑魔法を試すが、これもあっさりディスペルされる。

 こんなのあり得ない。血を吸って眷属化するもの無理だし、どうすればいいの。

 私は手詰まりになってしまった。


「そっちが魔法ならこっちも魔法だな」


 私の頭をいやな予感がよぎる。

 次の瞬間、私の体を20本の光の矢が貫く。


「きゃーーーーーっ」


 私の体を今までに経験したことのない苦痛がおそう。

 闇の種族に光魔法なんてなんてひどい仕打ち。反則よ。しかも光と闇のデュオなんて規格外にも程があるわ。


 光の矢は2度、3度私を襲う。

 あの人はドSだったのだ。


「はあっ。はあっ。も、もうやめて。はあっ。はあっ。降参。降参ですっ。はあっ。はあっ。はあっ」


 私が喘ぎながら必死に許しを乞うとなんとか攻撃を止めてくれた。とことん鬼畜という訳ではないらしい。


 でも、男の人の前であんなはしたない悲鳴をあげて、あえぎ声まで…。なんて恥ずかしい。


「これで依頼失敗になるな。お前はどうなる」


 そう。こうなってしまったらわしの採るべき道は限られている。今は敵だがあの人に頼るしかない。それに…。


「あなたが責任をとるべきです。わたしを玩具おもちゃにするなんて…。あんなにエッチな声まで出させて…」


 あの人はしぶっていたが、私が泣き出すとあっさりと受け入れてくれた。最初は泣きまねだったが、恥ずかしかったことを思い出したら本当に泣けてきた。これでも私は純情なのだ。


 その後あの人は敗れた服の手配やら世話をやいてくれた。

 でも、少し様子が…。


 あの人には既に複数の愛人がいる!?

 少し妬けるが、それよりも今後のふるまいをどうしたものか悩む。


 お城に入れてもらうと女の子に睨みつけられたが、大事には至らなかった。

 どうやら闇の種族、おそらく人狼だ。

 闇の種族の先輩がいるのか。安心なような、そうでないような…。


 結果、孤独の身であった私は落ち着き先を得ることになった。


 それはいいことなんだけど、前途多難な感じがする…。

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