第3話 指名クエスト ~人狼~

 ある日、ギルドに顔を出すとモダレーナに呼び止められた。ちょっと深刻そうな表情をしている。


「何か…」

「実はアレクさんに請けていただきたいクエストがありまして。これなのですが…」

 フリードリヒは依頼表を手に取ってみる。


 魔獣討伐の依頼のようだが推定ランクA以上で種類は不明…。

 情報が少な過ぎて受け難い依頼だ。


「推定ランクA以上とはどういうことだ」


「実は最近深夜になると黒の森シュバルツバルト周辺の村々に魔獣が出没する事件が頻発ひんぱつしておりまして、その様子が何か強い魔獣か何かから逃げているようだというのです。

 逃げてくる魔獣にはBランクのものも混じっておりまして、原因の魔獣はAランク以上とは推定できるのですがS以上の可能性も否定できず…」


「なるほど。リスク不明ということは皆腰が引けるということだな」

「アレクさんの実力があれば大丈夫だと思うんです。引き受けてくださいませんか。村の人たちを助けると思って…」


(俺だってSSとかだったらと思うと怖いんだけど…。そうまで言われると断るのも悪い。ノーと言えない日本人とはよくいったものだな…)と思案するフリードリヒ。


「是非もない。引き受けよう」


 その日の狩は早めに引き上げ、仮眠をとって深夜に備えることにする。


「暗闇の森では弓は役にたたないからネライダは留守番だな」

「主様、しかし…」

「ネライダを危険な場所には行かせたくないんだ。パールは夜目がきくし、私も戦闘のときは視覚に頼り切りではないから、夜は得意だ。問題ない」


「わかりました。主様。でも、危険を感じたらすぐに逃げてくださいね」

「わかっている」


    ◆


 深夜。門番を起こして騒ぎになるのもいやだったので、普段は自重しているテレポーテーションで一気に黒の森シュバルツバルトへ向かう。


 千里眼クレヤボヤンスで周辺をうかがうと確かに魔獣たちが逃走している様子が見えた。

 原因と思われる場所へと向かう。


「ひゃーっはっはっ! 弱え。弱えぞてめら。もっと強えやつはいねえのか」


 何やらわめいている声が聞こえる。人族の女性のようだ。

 原因はこいつか。魔獣じゃなかったのか。


「おいっ。お前。盛大に打ち漏らしているではないか。周辺の村人が迷惑しているぞ」


 思ったよりも若い。歳はフリードリヒよりも少し上くらいか。それにしてもあの武器はハルバートか、槍と斧が合体したようなやつだな。あの体格でよく振り回せるものだ。


「なんでぇ。てめえは。けったいなマスクなんかしやがって怪しいやつだな。しかも、こんな真夜中に森の中をうろつくなんて」

「人のことを言えた義理か!」


 そこでフリードリヒは気づいた。こいつ人族とは気配が違う。魔力の流れもだ。


「お前。人族ではないな」

「けっ。バレちまうとは、あたいもどじったねえ。そうさ。あたいは人狼さ。こうなっちまったらしょうがねぇ。死んでもらうぜ」


 有無を言わさず攻撃を仕掛けてくる。得物が大きいだけに大振りだ。次々とくる攻撃を受け流しつつ考える。

 これが魔獣だったら切り捨ててクエスト完了なのだが、人狼となると人型だけにためらいがあるな。どうしたものか…。


 対応を決めかねたので、攻撃を受け流しつつ時折反撃する。フリードリヒの剣は片刃なので峰打ちだ。


「なんでぇ。手加減してるのかい。そんなのは無用だ。殺す気できな!」


 攻撃が激しさを増す。かなりのパワーだ。


「なかなかのパワーだな」

「てめぇこそ、あたいの攻撃をことごとく受け切るとは。こんなの初めてだぜ。気に入った。こうなっちまったらとことん付き合ってもらうぜ。ひゃーっはーっ」


 攻撃パターンを変えつつ、なおも攻めてくる。フリードリヒはこれを受け流しつつも時折反撃を加える。


 そんな膠着こうちゃく状態がしばらく続き明け方近くになった。


「はあっ。はあっ。はあっ。はあっ。あーーーっ。もう駄目だ」

 そう言うと大の字に寝転がってしまった。体力が尽きたようだ。


「はあっ。はあっ。こんなに楽しいのは初めてだ。おいっ。お前。明日の晩もつきあえよ」


 まるでデートのお誘いだ。このまま放置という訳にはいかないし、とりあえず明日も付き合うことにしよう。


「わかった」

「裏切ったら承知しねぇからな」


 そのまま解決方法を見いだせず。ずるずると1週間が過ぎてしまった。

 フリードリヒの方がれてしまい。峰打ちをやめて剣撃を何発か入れてしまう。

 相手はかなりの出血だ。


「やっと本気を出してきやがったな。ならこっちも本気でいくぜ!」


 ハルバートを放り投げると。目を閉じて集中している。狼に変化へんげするつもりか。

 体躯たいくふくれ上がり、服をビリビリに切りさいて毛むくじゃらの狼の形に変わっていく。


「これがあたいの本当の姿さ。どうでぇ。ビビったか」

「別に」

「けっ。後で後悔するんじゃねえぞ」


 爪と牙による攻撃はパワーもスピードも段違いだ。しかし、これに対応できないフリードリヒではない。


「くそっ。これでもダメか…」

「……………」


 こうなったら、とことん付き合うまでだ。


 そのまま戦闘は続き、明け方近くになって相手が突然攻撃を止めた。

「てめぇ。強えな。気に入ったぜ」


 変化へんげを解いて人型に戻る。が、そこでフリードリヒは硬直して目を見張ってしまった。

 一糸まとわぬ全裸ではないか。


「お前……………」


 一瞬の、しかし長くも感じられる沈黙。


「きゃーーーーーーっ!!」


 先ほどまでの威勢とは打って変わり、いかにも女の子な悲鳴をあげると胸を抱えて座りこんでしまった。


「み、み、見たな!」

「いや。ちょっとだけな…」


「いや。じっくり見てた」

「ほんとに一瞬だけだ」


「いやらしく舐め回すような視線を感じたぞ。あたいは視姦されちまったんだ。あーーーーん」

 そう言うとボロボロと涙を流しながら泣き始めてしまった。


 とにかく、このまま放置とはいかないので、フリードリヒはマントを外し、掛けようとする。すると相手はすばやくマントをひったくり、体に巻き付けた。


「やられちまったからには、もうお嫁にいけない」

「やられたって…。ちょっと見えただけじゃないか」


「女の子にとっては重要問題なんだよーーっ」

「はーーーーーっ」もうため息しか出ない。


「お前。名前は?」

「ヴェロニアだよ」


「ヴェロニア。宿はとってあるのだろう。とにかく宿まで戻ろう」


 幸い宿屋はもう開いていたが、宿屋の主人には白眼視されてしまった。宿からクエストに出立する冒険者たちにも。

 なにしろマントにくるまった女の子が朝帰り。しかも目を泣き腫らして、まだ鼻をぐずぐずいわせている。それに付き添う仮面の男。


 どう考えてもまずい構図だ。


 こういうときに目立つ仮面は不利だ。一発で身元がバレてしまう。かといって、素顔をさらすわけにもいかない…。


 部屋に戻り「とにかく、少し休んで心を落ち着けるんだ。落ち着いた頃にまた来る」と言い残しホーエンバーデン城に戻ることにする。


「うんわかった。約束だよ。逃げないでね」


 フリードリヒは部屋を出ると門番に見咎められないようテレポーテーションで城に戻った。


    ◆


 朝、何気ないふりをして部屋を出るとネライダが控えていた。


「主様。今日の冒険は…」

「今日は訳あって冒険は休みだ。1日くつろいでくれ」


 ネライダは不思議そうな顔をしていたが「左様でございますか。わかりました」と言うと部屋に戻って行った。


 昼少し前、冒険者の装備を整え、ヴェロニアの宿へ向かう。

 ドアをノックすると、急いで駆け寄る足音が聞こえ、勢いよくドアが開かれた。

 ヴェロニアがいきなり抱きついてくる。


「待ってたよ。旦那。来てくれたんだね」


 俺たちいつのまにそういう関係になったんだ。切り替え早すぎない?


「お、おう」


「あたい。旦那にお願いがあるんだ。仮面を取って顔を見せてくれないかな」

「………」


 少し迷ったが、誰の目がある訳でもない。ままよとばかり思い切って仮面を取った。


「ああ。思ったとおりいい男だった。もしかして傷でも隠しているのかとも思ったけど違うんだね。何で仮面なんか着けてるんだい?」

「訳あって冒険者をやるときは着けている」


 ヴェロニアは素直には納得し難い顔をしていたが、無視して話を進める。


「ここでは何だから、外で昼飯でもどうだ」

「いいねえ。ちょうど腹が減っていたところだ」


 近くの酒場兼食堂へ向かうとヴェロニアが腕にしがみついてきた。ちょっと鬱陶うっつとうしかったが、振り払うのもかわいそうだったので、そのまま腕を組んでいくことにする。

 しかし、まるで恋人カップルのようではないか…。まあいいか。


 店に着くと少し多めに注文をした。

 この世界、すなわち前世の中世では、食事は1日2回。昼をがっつり食べ、夕食は軽くというのが習慣だった。


 それにヴェロニアは結構食べそうだし…。


 予想どおりヴェロニアは豪快な食べっぷりだった。

 ここまでだといっそ清々しくて健康的だな。それに明るいところでよく見ると、こいつ外見は結構かわいいし…。


 食事が一段落して。

「旦那。あたいは旦那が責任をとるまでどこまでも着いていくからな」


 やっぱりあきらめていないか。責任をとるって結婚ってことだよな。しかし、身分差もあるし…って、こいつ俺が貴族だって知らないんだった。では、とりあえず…。


「では、私の冒険者パーティーに入るか?」

「ああ。それもいいな。」


「ではそういうことで。他のパーティーメンバーは明日紹介する。冒険は明日から早速ということでいいな。冒険用の服は今日中に調達しておけよ」

「わかってるよ」ヴェロニアは顔を赤らめ少し恥ずかしそうに答える。


 後は明日仕切り直しということで、その日は分かれた。


    ◆


 翌日。ネライダにヴェロニアのことをぶっちゃけた。


「ネライダ。実はパーティーメンバーを1名追加することにした。今日紹介するから承知しておいてくれ」

「それは急なことですね。でも、主様がお決めになったことなら従います」


 うん。相変わらず、素直でいい子だ。

 黒豹のパールも少し驚いた様子だったが無言だった。


 ヴェロニアの宿に向かい、部屋をノックすると完全武装のヴェロニアが出てきた。

 パールは人狼であることに気づいたらしく、少しうなり声をあげて威嚇している。


「パール。やめろ」

『しかし主殿。こやつは人狼ですぞ』


『わかっている。それを承知で仲間にするのだ』

『ならばよいのですが』


 テレパシーでなんとかパールを納得させる。


「こちらがヴェロニア。見てのとおりハルバートの使い手だ。仲良くしてやってくれ」


 ハルバートとは、槍の先端に斧がつけられ、反対側に鉤爪がある武器で、槍で突き、斧で切り、鉤爪で引っかけて叩くという多様な攻撃ができる。

 だが、重いため扱うには習熟を要する。


「へえ。旦那。すごい従魔を連れてるんだね。さすが。それにこちらはエルフか。なかなかの美人さんじゃないか」


 ヴェロニアは責めるような視線を向けてくるが、こちらは無視を決め込む。


「こちらが弓使いのネライダと従魔のパールだ」

「ネライダと申します。よろしくお願いいたします」

「なんだ。いい子じゃないか。よろしくな」


 しかし、この2人。性格がかけ離れているが上手くいくのか…。


 しかし、それは杞憂きゆうだったようだ。

 ギルドに向かう道中、女子同士でなんだかんだ話が盛り上がっている。


「ヴェロニア様はおいくつなのですか?」

「12歳さ」


 なるほど。もう成人ということか。それで結婚にこだわっているのか?

 この世界では、男は14歳くらい、女は12歳くらいで成人とされている。


「冒険者をされて長いのですか?」

「7歳のころ見習いを始めてからだからもうベテランだな。ネライダはどうなんだ?」

「私は村でずっと修練はしていましたが、冒険者を始めたのは主様の従者になってからですからまだ1年も経っていません」


 ギルドに着くとフリードリヒたちは注目の的になっていた。昨日の今日でもう噂が広まっているらしい。


「おい。白銀のアレクとヴェロニアができたらしいぜ。しかも、もうやっちまったらしい。」

「普段無害なふりしてるくせに手の早いやつだな。」


「えーっ。アレク様は私が狙っていたのに…。」


「あのヴェロニアとか。趣味悪いぜ。」


 冒険者たちが小声で会話しているのが耳に入ってくる。

 当のヴェロニアは我関せずとばかりのすまし顔である。

 図太い女だろうとは思っていたが…。


「あのう。主様…」

 ネライダが話しかけてくる。


「皆、勘違いしているようだ。気にするな」

「そうなのですか…」

 ネライダは不思議そうな顔をしている。


 ネライダにはちょっと早い話題かな…。本当は俺もだけど精神年齢はアラフォーだからな。


 カウンターに行くと、モダレーナさんは「アレクさん。やっぱり男だったんですね。でもあまり強引なのはどうかと…。女心はデリケートなんですよ」と皮肉を言い、ヴェロニアにちらっと視線を向ける。

(それ大きな誤解だから!)と言いたいのを飲み込む。


「そうなんだよな。旦那はもうちっと優しくしてくれると言うことないんだけどな」

(ヴェロニア。お前も調子に乗るな!)と心中で突っ込む。


 反論しても泥沼にはまりそうだったので、ここはスルーして話題を変える。


「今日は何かいいクエストはあるかな。」


 モダレーナは一瞬「あら。無視ですか」的な顔をしたが、すぐにお仕事モードに切り替えてくれた。


「今日はアレクさん向きの依頼はないですね。ごく普通の依頼ばかりです」

「ならば今日はいつもどおり黒の森シュバルツバルトで狩りをしよう」



 黒の森シュバルツバルトに着く。


「今日はヴェロニアが初めてだから、まずは連携の訓練をしよう。

 私は前衛として切り込むからヴェロニアは中衛あるいは守備的前衛として一歩下がったところから攻撃。

 ネライダは後衛として弓と魔法で牽制。パールは周りを警戒しつつ遊撃として敵の隙を攻撃ということでどうだ。

 バランスの良いパーティだろう」

「さすがは主様。そこまで考えてヴェロニア様を勧誘されたのですね」


 ──いやあ。ただの偶然だけどね。


「まあな」


「………」

 ヴェロニアは何を考えているのか、沈黙してくれている。


 フリードリヒたちは連携を確認しつつ狩を始める。

 初めてにしては上手く連携できている。

 期せずして効率のいいパーティーになったな。


 しかし、狩が佳境に入ってくると…。

「ひゃーっはっはっ!弱え。弱えぞてめら。もっと強えやつはいねえのか。旦那。もっと奥まで行こうぜ」

 最初は猫をかぶっていたが、ヴェロニアの本性が出てきてしまった。


「あのう。主様…」

「ネライダ。ヴェロニアはああいう性分のやつだから気にするな。狩をする分には問題ないだろう」


 それはそうと、ヴェロニアの参加で戦闘力は上がっているからもう少し奥へ行っても大丈夫だろう。

「では、もう少し奥へ行くこととするか。しかし、今日は初めてだから少しだけだ」


 フリードリヒたちは順調に狩を続ける。

 結果、その日の成果は相当な量となった。


 ギルドでその日の獲物を売り払い、ヴェロニアを宿まで送る。


 別れを告げ、そのまま家路につこうとすると「おい。ネライダはどうする」と問われた。


「私は主様と一緒にお城に住んでいますので、大丈夫です」


 ああ。言っちゃった。ネライダ。正直なのはいいことだけど…。


「お城? 一緒に? どういうことだ。同棲どうせいしてるってことか? 2人はそういう関係なのか?」

「ひとつ屋根の下に住むことを同棲というなら同棲どうせいだな。だが、同衾どうきんはしていないぞ」


「あたりまえだろ。でも、あたいだけ除け者なんてありなのか。あたいも一緒に住ませろ」

「………」


 う~ん。1人増えるのも今更か。空き部屋もまだあるだろうし…。


「わかった。荷物をすぐにまとめて一緒に来い」


 ホーエンバーデン城の門に着く。


「お城って。本当にお城じゃねえか」

「まあな」


 門番は呆れ顔で「フリードリヒ様。そのお方は?」と尋ねてくる。

「ネライダと同じパーティーメンバーだ。今後よろしく頼む」

「承知いたしました」


 なんだ。その今更って顔は! 否定はできないけど…。


「フリードリヒ様…って。アレクじゃねえのかよ」

「私はこの城主の孫で、フリードリヒは本名だ。冒険者をやるときはアレックスと名乗っている」


「本当のお貴族様かよ…」

 ヴェロニアは絶句している。


「まあ。中へ入れ」


 フリードリヒが侍女長のヴェローザにヴェロニアの世話を頼むと相変わらず眉一つ動かさずに応じてくれた。ただ、本心ではまたかと呆れているに違いない。


 その日の夕食時。ネライダと同様、義母上にヴェロニアの存在を暴露ばくろされた。その後の展開はいうまでもない。


    ◆


 あたいの名はヴェロニア。人前じゃ隠しているが人狼だ。


 人族は人狼のことをとことん嫌っている。

 本当は人狼が人族を襲うことなどほとんどないが、人族は、精神を病んだ人族が人族を襲うのも人狼のせい、ただの狼が人を襲うのも人狼のせいといった具合に、悪いことはことごとく人狼のせいと信じている。


 そのせいで、人狼は人族の目から逃れるために森の奥などで隠れて暮らしており、ひっそりと人族に混じって町で暮らすものはごく限られていた。


 あたいは森の奥の里で生まれたが、窮屈きゅうくつな暮らしに我慢ならず、7歳になったときに里を飛び出し、バーデン=バーデンの町で冒険者見習いになった。

 バーデン=バーデンの町には、同郷出身で鍛冶屋見習いをやっている人狼の兄ちゃんがいて、いろいろと世話になった。


 10歳になったとき、森の里の存在が人族の知るところとなり、焼き討ちにあって里は全滅した。あたいは、両親や親せきをいっぺんに失い、孤独の身となった。


 鍛冶屋見習いの兄ちゃんはいるが、血がつながっているわけでもなく、いつまでも世話になる訳にはいかない。

 あたいは、これからは自分一人のちからで人生を切り開いていくことを決意した。


 冒険者として活動していくうち、あたいはどんどん強くなっていった。

 そのうちパーティーメンバーからやっかまれはじめ、関係も徐々に悪化していった。


 そんなある日。野営をして寝込んでいるところをパーティーリーダーの男に襲われた。おおかた既成事実を作っていうことを聞かせようとでも考えたのだろう。この世界ではよくあることだ。

 当然そんなやつに負けるあたいではなく、撃退してやった。ブチ切れたあたいは、リーダーの玉を思いきり踏みつけてやった。感触があったので、多分潰れただろう。


 あたいは居た堪れなくなって、その場でパーティーを飛び出した。

 リーダーは被害にあったことを周りに言いふらしたようだが、良からぬことを考えて襲い、返り討ちにあったのだろうというのがおおかたの反応だったらしく、結果、周りに侮られることなり、いつしかバーデン=バーデンの町から姿を消していた。


 他のパーティーメンバーも居心地が悪くなったらしく町からいなくなった。


 あたいは冒険者をやめるつもりはなかったが、あんなことがあっただけに、しばらくは男とパーティーを組むことは避けたかった。かといって、男の玉を潰した狂暴女とパーティーを組んでくれるような女性冒険者も見つからず、ソロで活動せざるを得なくなった。

 ソロで冒険者を続けるうち、あたいは強くなることだけが生きがいとなっていった。


 人狼は夜間の方が能力が活性化する特性を持っている。自然、冒険者活動は夜が主体となっていった。


 そんなある日。ある冒険者に出会った。

 仮面を付けていて、妙な威圧感のある得体のしれないやつだった。

 すぐに人狼であること見抜かれてしまったので、あたいはやつを殺ることにした。


 が、やつは途轍とてつもなく強かった。

 あたいの攻撃をことごとくいなし、反撃は峰打ちときた。


 ──舐めてんのか。てめぇ。


 あたいは、イラついたが、かえって戦況は不利になっていく。


 ──あたいも相当に強くなっているはずだが、世の中にはこんなに強いやつがいるのか。


 あたいはやつと戦うのがどんどん楽しくなっていき、いつしかやつを殺ることなど頭の中からふっとんでいた。


 あたいの体力が尽き、戦闘が中断したとき「お前。明日の晩もつきあえよ」と思わず口にしてしまった。

 まるで、デートのお誘いのようで少し照れてしまったが、その中身が戦闘とは色気のない話だ。


 翌日も。翌々日もやつは付き合ってくれ、1週間が経った時。やつの攻撃が真剣に変わった。攻撃を受けたあたいは焦って狼に変化へんげしてしまい…。


 結果、見られた。見られてしまった。あたいの柔肌を。


 混乱していたあたいは、気がつけば、やつに責任を取れとひたすら主張してた。

 今思えば、既にやつに惚れちまっていたのかもしれない。人狼は、外見よりも強さをより尊ぶ種族だから。


 その朝。宿まで送り届けてもらい、落ち着いたあたいは、もうやつと添い遂げることしか考えられなくなってしまっていた。


 だったら、少しは女らしくしないとな。


 それにしても男性不信だったあたいが、こんなになっちまうとは…。自分でも意外だな。


    ◆


 私のパーティーに新しいメンバーが加わることになりました。


「ネライダ。実はパーティーメンバーを1名追加することにした。今日紹介するから承知しておいてくれ」


 主様にそう言われ、突然のことに少しだけ驚きましたが、主様が決めたことならば従うまでです。

 それに主様がおかしな方を選ぶとは思えません。

 どんな方なのだろう…。


 少し期待しながら新メンバーの方の宿に向かいました。

「こちらがヴェロニア。見てのとおりハルバートの使い手だ。仲良くしてやってくれ」


 紹介された新メンバーの方は、ヴェロニアさんという女性の方でした。

 私よりもずっと体格が良く、強そうです。

 それに美人さんでカッコイイ感じ…。


「こちらが弓使いのネライダと従魔のパールだ」

「ネライダと申します。よろしくお願いいたします」


 ギルドに向かう道すがら、お話をさせていただきました。言葉遣いは少し乱暴ですが、悪い方ではなさそうです。


 ギルドに着くと「おい。白銀のアレクとヴェロニアができたらしいぜ。しかも、もうやっちまったらしい」といった会話が小声で聞こえてきます。


 ──できた? やった? どういうこと?


 私には理解できません。主様に尋ねようとしましたが、主様の「皆、勘違いしているようだ。気にするな」という一言で、その場は引き下がることにしました。


 狩ではヴェロニアさんは大活躍でした。

 パーティーとしての連携もすぐに取れるようになりましたし、これでパーティーの攻撃力は大幅アップですねと思った矢先。

「ひゃーっはっはっ!弱え。弱えぞてめら。もっと強えやつはいねえのか。旦那。もっと奥まで行こうぜ」


 ──えっ!? ヴェロニアさん?


「あのう。主様…」

「ネライダ。ヴェロニアはああいう性分のやつだから気にするな。狩をする分には問題ないだろう」


 ああよかった。一瞬、ヴェロニアさんの頭がおかしくなったのかと思いました。個性的ではありますが、人それぞれということですね。


 黒の森シュバルツバルトからの帰り道。ヴェロニアさんが主様の腕に突然しがみつきました。主様は振り払うでもなく、そのまま放置しています。


 ──えっ!


 私は驚き、そして心のざわめきを感じました。


 メンバーどうしが仲良くするのは悪いことではないのに…。

 素直にあんなことができるヴェロニアさんがうらやましい……なんて考えてはダメ。私は主様の従者。私が主様とあんな風に腕を組むなんてあり得ない。


 すぐに自分の考えを否定しましたが、心のざわめきはなかなか止まりませんでした。


 ヴェロニアさんを宿に送りホーエンバーデン城に向かおうとしたとき、ヴェロニアさんは私のことを心配してくださいました。


「私は主様と一緒にお城に住んでいますので、大丈夫です」

「お城? 一緒に? どういうことだ。同棲どうせいしてるってことか? 2人はそういう関係なのか?」


 別に自慢したかった訳ではないのですが…。それにそういう関係って何?


「ひとつ屋根の下に住むことを同棲というなら同棲どうせいだな。だが、同衾どうきんはしていないぞ」


 確かに私と主様は一緒に寝たりはしていませんが……って、そんなはしたないことできる訳ないじゃないですか!


「あたりまえだろ。でも、あたいだけ除け者なんてありなのか。あたいも一緒に住ませろ」


 それは理解できるのですが、なんとなく来て欲しくないと思ってしまう私は心が狭い?


 結局、主様のご判断でヴェロニアさんはホーエンバーデン城に一緒に住むことになりました。

 でも、扱いは私と同じですからね。イーブンですよ。イーブン。

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