第31話 旅立

リディ達と会ってから数日後、ついに王都から旅立つ日がやってきた。

前回の旅立ちは不授とわかり、失意の中の旅立ちだったけど、今回は世界を見て回るという目的がある前向きな旅立ちだ。


見送りにはリディ、ヘレナ、クレディス、クラウディア、テレサの元同期の面々と兄様とベアトリクスさん、ルーナとモラ、それに父様とムスク教官まで来てくれた。


「まずはどこに向かうんだ?」

リディから最初の目的地を聞かれた。


「連邦に向かおうと思ってる。山を越えた先にある港町から船が出てるはずだから、まずはそこを目指すよ。」


「この前のアルクス君はすごかったね。次に君に会う時は追い越せなくても、隣に立てるように頑張るね!」

「アルクスの隣には私がいるから、安心してていいよ!」

ヘレナが声をかけてきたと思ったら、アリシアが出てきて睨み合いを初めてしまった。

女性同士で通じるものがあるのだろうか…


「アルクスを見送ったら僕らも帰るんだ。」

「時間はかかってもいいから、必ず立ち寄ってね!」

クレディスとクラウディアもすぐに旅立つらしい。


「みなさんいなくなって寂しいです…」

テレサが1人寂しそうに呟いていた。


「次会う時には僕も蒼天十二将になってるくらい頑張るから、アルクスも怪我しない程度に頑張ってね!」

「隊長が蒼天十二将になるのは間違い無いので、アルクス君もそれに恥じない生き方をしてください。」

兄様とベアトリクスさんからの圧がとても強かったが笑顔で交わしておいた。


「お兄さま、ちゃんと手紙を書いてくださいね?私からの返事を届けるのは難しそうですが…

 でも、聖女になれるように勉強頑張ります。早く戻ってこないと、私も偉くなってなかなか会えなくなってしまうかもしれませんよ?」

ふふふと言う笑みを浮かべながらも涙を流すルーナを抱きしめた。


「モラ、いつもお願いしている気がするけど、ルーナをよろしくね。」

「はい、ぼっちゃまが無事であることを確認し、お嬢様の精神安定のために手紙は必ずお願い致します。」

以前手紙が届かなかった時のルーナの苛立ちは凄まじかったらしい。

気をつけよう。


「アルクス、旅の中で辛い時は仲間を頼るんだぞ。全部自分でなんとかしようとしないことだ。あと連邦に行くのであれば、もしドワーフの国に行くことがあった場合この手紙を渡してもらえないだろうか。宛先はここに書いてある。」

「ありがとうございます。わかりました、お任せください!」

ドワーフの国か、確か種族全体で手先が器用で特に鍛冶に秀でていると書いてあったな。

自分達の装備の強化のためにも訪れると良さそうかな。

早く会ってみたいな、楽しみだ。


「アルクス、命にだけは気をつけろ。生きてさえいればなんとかなる。困ったら時間はかかるかもしれないがすぐに連絡しろ。本当に困った時はこれを開けろ。不授になろうがお前が私の息子であることに変わりはないんだ。」

父様から小さい箱を渡され、そして急に壊れものを扱うかのように抱擁された。

口下手で、何を考えているのかよくわからないことばかりだったが、自分は愛されているのだということだけは初めて理解できた。


「じゃあ行ってきます!」

そうして僕達は王都を出て、まずは東の山岳地帯を目指して旅立った。

道中王都でリディ達と戦った時のことを思い出しながら振り返り、今後魔術を使う相手と戦う時はどうすべきかを話し合った。


「クレディス君の使っていた、自分と少し離れたところに土壁を発生させる魔術は良かったな。

いざという時に仲間を守りやすい。」

バルトロ兄さんは設置系統の魔術に興味がある様子だった。


「別の所に闘気を置くみたいな感じか。バルトロ兄さんは広げるのは得意だけど、離れた所に飛ばすのは苦手だからね…例えば地中を通って伸ばすみたいなことならできるかな?」

「なるほど、ちょっとやってみようか。」

そういうとバルトロ兄さんは地中に闘気を広げて始めた。

集中している様子だけど、上手くいっているのかはよくわからなかった。


「どうかな?」

「うーん、これなら真横に広げた方がまだ使いものになるな。」

「まぁそんなにすぐ使えるようになるものでもなさそうだし、色々試してみるのが良さそうだね。」

「そうだな。色々試してみることにする。」

そう言うとバルトロ兄さんは珍しくぶつぶつと呟きながら考え込んでしまった。


「私はヘレナちゃんみたいに水の槍をいっぱい飛ばしてみたいな。闘気を小さな槍みたいにして投げることならできそうだけど、一度に何本も出すのが想像できないや。」

「魔術は想像力が重要だって色んな本に書いてあったから、闘気も想像力次第でなんとかなるんじゃないかな?とりあえず両手に闘気を出して投げてみたら。」

「こんな感じ?あ、できた。」

アリシアは僕が言ったことを瞬時に実現してみせた。

威力はとても小さいものの、両手で同時に別の闘気を作り出してすぐ横の木に投げていた。


「アルクスありがとう!これならとりあえず2つはできるね!両手ができるなら、両足もできるのかな…」

アリシアも黙って集中し始めてしまった。

よく脚に闘気を溜めて跳躍したりしているため、脚から離すことの想像がうまくいかない様子で難航しているようだった。


2人とも魔術を使った戦いで刺激を受けた様子でもっと強くなろうとしていた。

僕は兄様に言われたように瞬時に全力の闘気を込められないか試行錯誤していたが、急に力を入れると闘気が伸びてしまって威力が分散してしまった。

あとは兄様みたいに衝撃波を飛ばしたりとかできると戦術の幅が増えそうなんだけど、闘気を飛ばすのは上手くできないんだよなぁ…


三者三様に強くなるために考え込んでいた。


「そういえばバルトロ兄さん、ヘレナの滝みたいな魔術を受けた時もう動けないみたいなことを言ってたけど、そんなに危なかったの?」

「あぁ、あの威力で長時間攻撃を受け続けたことはなかったから全力で闘気を張り続けて、流石に限界だった。」

「兄さんが疲れたところってあまり見たことがない気がするけど、兄さんも疲れるのね。」

「そりゃあ俺だって人間だからな。」

確かにバルトロ兄さんの守りはすごいけど、それが続いたら流石にいつかは倒れるか。

もし長時間強力な攻撃をしてくる敵が出てきたら、守りながらその状況を打開できる何かが必要だな。


王都での経験は今後の僕達パーティが成長するための良いきっかけとなった。


その後は王都で別行動をしていた時の情報交換を行なった。

「アルクスは王都では何をしていたの?」

「基本的には図書館で調べ物ばかりしていたよ。あとはルーナの勉強を見たり、一緒に見て回ったくらいかな。以前よりも不授には住みにくくなっていたね…」

「そうそう、そうなの。商会でもやる気がある人は辺境で頑張ってみないかって声かけて少しずつ移住させているみたい。」

「スラムにいるとなかなか希望を持つのも難しいらしく、あまり順調ではないみたいだがな。」

僕は学園で学んだり成長するための機会は与えられて来たけど、最初からそれがなかったと考えると確かに希望を持つのは厳しいかもしれない。


「あ、麓の街が見えてきたよ。」

「なんだかあまり活気はなさそうだな。」

「とりあえず必要なものを買いつつ、情報収集もしようか。」

「あそこの街には商会の支店はないし、ちょっと面倒だね…」


食材など必要なものを買い、店主などに話を聞いて回ったところどうやら山岳地帯で不穏な空気が漂っているらしく、危険を感じた者達は街から離れて行ってしまったらしい。

探索者達が言うには普段よりも魔獣が強くなっているらしく、身の丈に合わないと別の街に拠点を移したらしい。


「どうするの?」

「この山脈を越えないと海には出れないし、遠回りするのはあまり現実的な距離じゃないから、気をつけて進むしかないかな。」

「そうだな。面倒な遠回りは避けたいものだ。」

「じゃあ予定通りってことね!もう明日には出発するよね?」

「そうだね。早く寝て早く出よう。」


翌朝、早々に街を出発し山道を進んでいると道中の街道と違って、魔獣が頻繁に現れた。

こちらを見つけて襲いかかってくると言うよりも、何かから逃げて来ている様子だった。


「この先に何か強い魔獣でもいるのかな?」

「山のボスが入れ替わったとかだろうか?」

「相手の強さがわからない場合はできれば戦うのは避けたいところだね。」


数日山道を進み、今日の寝床にと手頃な洞穴を見つけたところだった。

「魔獣の数が減ってきた気がしない?」

「あぁ、このあたりにボスがいるのかもな。」

「まぁ、とりあえず今晩はあそこで休んで明日に備えよう。」


そう言って洞穴に入った瞬間、急に足元が崩れ落ちた。

「バルトロ兄さん、展開を!」

「あぁ!」

急な事態に驚くも、落ちた衝撃で怪我をしないことだけに集中した。

アリシアは急なことに追いついていない様子だったが、しっかりと掴んで抱きしめた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


落下の衝撃で少し気を失っていたらしいが、確認したところ特に大きな怪我はなさそうだった。

アリシアも見たところ問題ないが、まだ気を失っていた。


すぐ近くにバルトロ兄さんも倒れていたが、外傷はないし闘気を使い過ぎて疲労しているだけだろう。


周囲は岩壁に囲まれていたが、どうやら1つだけ薄明かりが見える道があった。

とりあえず2人に大事はない様子なので、安全の確認だけしておくか。


「この明かりは苔が光っているのかな?」

薄明かりに導かれて奥へと進んでいくと急に大きく開けた空間があった。

そこには古い書籍でもほとんど記述を見かけることがない、伝説上の存在とされている巨大な龍らしきものが寝そべっていた。

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