第2章 辺境編
第20話 離別
「君の中にラピスはない、君は不授と同じだ…」
僕はその言葉を聞いた後、頭をガツンと叩かれたような衝撃を受けて気を失ってしまった。
「うーん、ここは…?」
しばらくして、気が付いて目を開けるとそこには天井が見えた。
「あ、アルクス君が起きたよ…」
見渡したところ、どうやらチームメンバーのみんなに囲まれているようだ。
「あれ、僕は一体… いや、覚えている。僕は不授だったんだね。」
「でも以前はあったって…」
ヘレナの目が真っ赤に腫れている。
「多分、あの魔獣に受けた謎の光が原因だと思う。あの時、闘気がすごく練りやすくなったんだけど、あの時から体の中の何かが無くなった感覚があったんだ。何が無くなったかは分からなかったんだけど。そうか、宿っていたラピスが無くなったのか…」
僕は自分にもちゃんとラピスが宿っていたという事実による喜びと、そのラピスが無くなってしまったという悲しみを同時に感じて、頭の中がぐちゃぐちゃで何がなんだかわからなかった。
「確か不授だと、退学だったよね。」
「そんな、私を庇ったばっかりに!」
クラウディアが泣きそうな声をあげている。
僕がやったことだから気にする必要なんてないのに。
「こんなのってないよ…」
ヘレナが泣き出してしまった。
こんな時、どんな声をかけたら良いのかがわからない。
リディに目配せをしたものの、リディもクレディスもかける言葉が見つからないのかずっと黙っていた。
その時、静寂を破るかの様に医務室の扉が開きムスク教官が入ってきた。
「おぉ、アルクス気がついたか。どうだ、体調は?」
「はい、もう大丈夫です。」
「そうか。ちょうど今お前の今後の処遇に関して話し合ってきたところだ。
結論としてはお前は退学だ。不授ではないが実質それと同じ人間を残しておくわけにはいかないとなった。」
退学という事実を聞き、僕は仕方ないしそうだろうなと思ったけど、皆は悲痛な表情になってしまった。
皆が辛そうな顔をしていると自分まで辛くなってくる
「だが、お前は統率担当として第一学年をまとめ上げてくれたこと、こぼれ落ちそうな同期を勉強・実技ともに支えてくれたこと、勝ち抜き演習での優勝や魔獣討伐などこの1年で数々の実績を残してくれた。ここに来るまでの間に、皆お前のおかげで選別の儀を通過できた。お前を残して欲しいと訴えて来た。この功績はお前の兄よりも素晴らしいと言わざるを得ない。
だからこそ惜しいと思う。お前には人を導く素質があるのではないかと俺は思っている。
どうだ、王都では難しいが他の街で教育に携わらないか?元騎士団で教官をやっている者は多いから、良い仕事を斡旋出来ると思う。」
ムスク教官がこれほどまでに僕のことを買っていてくれたなんて…
とても嬉しいけどできれば不授とわかる前に知りたかったな。
でも、人を導く素質があるなんて言われても、これからどうするかなんて考えられないな。
自分のことで精一杯だよ…
「ありがとうございます。そこまで評価いただけていたなんて、嬉しいです。でもすいません、今はこれからどうするかなんて考えられないです… ちょっと今日はもう家に帰ろうと思います。今までお世話になりました。」
「まぁ、そうだよな。もし興味があればいつでも声をかけてほしい。他の道を選んだとしても私が力になれることがあれば、いつでも気軽に相談して欲しい。」
「はい、ありがとうございます。」
困ったことがあったらムスク教官に頼ろう。
いざと言う時に頼れる人がいるのは助かるよね。
ネモ先生ももういないしなぁ。
とりあえず1回家に帰るとするか。
「リディウス、ヘレナ、クレディス、クラウディア、今までありがとう。君達のおかげで僕はとても成長できたと思う。それにとても楽しい時間を過ごせたよ。いつか君達のラピスとアルカナの力を見せて欲しい。だから訓練怠けないでね。約束だよ?」
今生の別れではないし、僕のことは気にせずに心から頑張って欲しいと思う。
「アルクス君…」
ヘレナは僕のことを引き止めようとしていたが、リディに止められた。
ラピスを宿す者が、不授に何を言おうとも慰めにならないことは皆わかっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰宅した後、僕は父様に選別の儀の結果、以前はラピスは宿っていたこと、そしてそのラピスは既に無くなってしまったこと、今は実質不授と同じになったことを伝えた。
父様は一言「そうか」とだけ言った。
自分の息子が不授だとわかったら、なんて言ったら良いかなんてわからないよね。
罵倒されたりするかとも思ったけど、そうならないくらいは愛されているってことかな。
ルーナにも僕には君を守る資格がなくなってしまったとだけ伝えた。
ルーナは何か言いたそうだったけど、「お気になさらずに。何があろうとお兄様はお兄様です。」とだけ言ってくれた。
何か意味があったのかもしれないけれど、変に哀れみをかけられるよりも良かった。
そうして、僕は自室へと引き篭もり、家の外に出ることは無くなった。
僕は今までラピスを持たない人達を哀れだなと思って生きてきた。
まさか自分がそうなるとは思いもせずに。
自分の劣等感を覆い隠すために、自分よりも下の人間がいると思うことで無意識に安心していたのかもしれない。
僕が不授だとわかった後、皆の僕を見る目が変わったのがわかった。
哀れみだ。
そう、僕がそうやって見てきたのと同じ目だった。
リディ達は違うと思っていたが、その目の奥にはやはり同じものが宿っていた。
たまに家まで来てくれているらしいが合わせる顔がない。
あの時はいつか力を見せて欲しいなんて言ったけど、そんな日はきっと来ない。
あの後、すぐに兄様がやってきたが合わせる顔がなかった。
もう決して追いつくことができなくなってしまったのだから。
そんな僕にも優しい言葉をかけてくれたが、ちゃんと返事をできなかった。
父様はあれから何も言ってこない。
厳しい言葉でも浴びせてくれた方が逆に気が楽なんだけれども。
兄様もいるし、ルーナもいるし、不出来な僕がいてもいなくても変わらないのだろうか。
僕が元気なくしているとルーナにも心配させてしまうから、顔を合わせた時は笑顔になるように気をつけている。
そんなことはお見通しなのか、「無理しないでくださいね。」と言ってくる。
不授の兄が聖女候補の妹を守ってあげるなんて資格もないし、立派な兄にはなれなかったな。
モラは何事もなかったかのように自然に接してくれている。
とても助かる。
どうしたら良いかわからないし、頭や胸の中でもやもやしたものが溢れてくるから、ネモ先生に教わった日々の鍛錬だけは欠かさない様にしている。
体を動かしていればあれこれ悩まないで済むし、家の外に出なければ誰に会うことも無いから気は楽だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうして不授の烙印を押された僕は家に引きこもり、悩み、そして雑念を振り払うために鍛錬を続けるだけの日々を続けていた。
そんな日が1月ほど続いたある日、父様から話があると声をかけられた。
今まで何も言って来なかったのに急にどうしたんだろうか。
「お前もこのまま家に篭っていても何も良いことはないだろう。実はメルティウムに相談したところ、こちらに来ないかと持ちかけられた。お前さえ良ければ、しばらくメルティウムのところに行ってはどうだろうか?」
「メルティウム叔父さんですか?そういえば確か叔父さんも不授でしたよね。」
「あぁ、だがあいつには魔術が使えずとも有り余る才能がある。王都からはかなり離れることになるが、あいつの傍にいれば学べることも多いだろう。」
「そうですね、今の僕にとっては一番良い環境かもしれないです。叔父さんのところに行ったら、王都に帰ってくることもそうなくなるかもしれないですね…
でもここで引きこもっているよりは、あっちで頑張ってみたいと思います。」
「わかった、では手配しよう。1週間後くらいになるだろうから、別れは済ませておけ。」
急な話で驚いたけど、とんとん拍子で叔父さんのいる辺境に向かうこととなった。
辺境は王都と違って不授の人がほとんどらしい。
やっていけるだろうか…
兄様に叔父さんのところへ行くと伝えると、少し寂しそうな顔をしながらも、辺境のことを教えてくれた。
「メルティウム叔父さんは商売上手だからね。戦いと違う分野は僕も教えることはできないし、色々学べると思うよ。」
僕が辺境へ行くと、もうほとんど会うことができなくなるということがわかったんだと思う。
ルーナに叔父さんのところへ行くと言うと「私もお兄さまに着いていきます!」と珍しくわがままを言ったが、モラに止められていた。
ちゃんと手紙を書くと言うと「絶対ですよ!」といつも大人しい彼女とは思えないような圧力で念を押された。
これくらい元気なら僕がいなくなっても大丈夫かなとも思う。
そして、リディとヘレナにも辺境へ旅立つということは伝えておこうと思い、2人を呼び出した。
1月ぶりに会った2人は何と切り出したら良いか分からなそうだったため、僕から話し出した。
「久しぶり。第二学年はどうだい?」
「あぁ、ちょっと難しいけどなんとか魔術を使える様になってきたよ。俺は付与系統、ヘレナは射撃系統らしいんだ。」
「そういえば、魔術は上位になると系統があるんだっけ。ヘレナはどう?」
「うん、なんとかやれてるわ。皆アルクスがいなくなって勉強が不安みたいだけど、チームアルクスが中心になって、勉強会は続けることにしているわ。」
「そっか、それは良かった。今日2人には伝えておこうと思ったんだけど、実は辺境の叔父のところに行くことになったんだ。どれだけいるかはわからない。もしかしたらもう王都には帰ってこないかもしれない。」
「そんなこと言わないで、また会いたいわ。私、アルクス君のことが…」
ヘレナが何かを言おうとしたが、ここから先を聞いたら心残りが生まれると思い遮った。
「リディとヘレナに勉強を教え始めたあの頃が懐かしいね。あれからあっという間だった。例え進む道が別れたとしても過ごした時間は変わらないからね。君達は王都で、僕は辺境で頑張るよ。」
「俺、もっと強くなって皆を守るからな、安心して任せておけよ!」
「あぁ、リディなら絶対強くなれるよ。皆のこと任せたよ。」
ヘレナは涙でもう喋ることができない様子だった。
「今までありがとう、さようなら!」
そうして、僕はリディとヘレナとの別れを済ませた。
彼らのお陰で一歩踏み出すことができ、彼らのお陰で成長することができた。
できれば一緒に成長して行きたかったな…
願わくば彼らの未来に幸多からんことを。
頬を涙が伝わるのを感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あっという間に旅立ちの日がやってきた。
「お兄様、絶対に手紙を書いてくださいね。忘れてはダメですよ。」
「あぁ、もちろん。モラ、ルーナのこと頼んだよ。」
「お任せください。」
ルーナは泣きながら僕と離れたくないと言っていたが、なんとか落ち着き手紙で妥協する様になっていた。
「辺境の辺りは王都近辺よりも強い魔獣がいると言われているから、危険なところには近づかない様にね。」
兄様も見送りに来てくれていた。
「アルクス、メルティウムにこれを渡してくれないか?」
父様からは叔父さん宛に小さな箱と手紙を渡された。
「わかりました。」
「うむ、気をつけて行けよ。」
「では行ってきます。」
僕は家族に見送られて、馬車に乗り込んだ。
辺境の地は馬車に揺られて1月程の旅路だった。
あまり明るい気持ちではないけれど、失意のどん底からも抜け出して、純粋に旅路を楽しもうと思えるくらいにはなっていた。
馬車に揺られているだけで有り余る時間があったため、馬車の護衛の探索者の人達から各地の話を聞いたり、景色を眺めながら体内で闘気を循環させる静かだけど激しい疲労感を伴う訓練法を編み出して続けていた。
王国の最南端に位置する辺境伯の治める領地の中で南の樹海に面した土地にその街はあった。
少し行くと海もあるらしく、漁業が盛んな村とも交流があるらしい。
そこは創造神様からラピスを与えられなかった不授と呼ばれる人々が住む街だった。
僕も少し前までは自分が不授になるとは思ってもいなかった。
未来がどうなるかなんて分からないものだっていうことがよく分かったし、心構えを新たに頑張ろうと思う。
そう言えば辺境までの道中、小型の魔獣が現れることがあったけど、探索者の人達やたまに討ち漏らしたのを僕が倒して、特に危険に陥るようなことはなかった。
父様から聞いたところによるとメルティウム叔父さんもまた優秀な兄である父様に対して力を持たない弟の叔父さんという構図で兄様と僕の様な関係だったらしい。
でも、魔術を使えないかわりに商売などラピスの力を必要としない分野で頭角を現し、辺境ではかなりの有力者になったらしい。
不授としてこれから生きていく上で、これ以上ない手本だと思い、僕は必ず実力を身につけると心に誓った。
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