第19話 選別
魔獣との戦いが終わった数日後、魔獣討伐に貢献した学生達に対する表彰が行われた。
もちろん僕も対象だった。
普段王立学園で一度にこれだけの人数の学生が表彰されるということはあまり無いらしいけど、実戦演習主体の学習方式が正しかったことを証明して広めるという学園側の意図があったため、大々的に行われたみたいだった。
代表としてフォルティス先輩が学園長直々に表彰を受けていたけど、普段と違い緊張している様子が面白かったので、後日みんなで茶化したのは良い思い出だ。
その後、前回途中で終了してしまった勝ち抜き演習は定期的に開催されて、徐々に規模も大きくなっていった。
僕達のチームは何度かフォルティス先輩達と優勝争いをして、接戦だったものの数回優勝の座を勝ち取ることができた。
魔獣との戦いの後、僕はもっと強くなりたいと願い、今まで以上にネモとの訓練に身を入れていた。そのおかげか自己強化の扱いが上達し、ここぞと言う時には闘気を扱うこともできるようになり、自慢じゃないけど第一学年の中では頭一つ抜け出ていたと思う。
しかし、僕に刺激されたのか第二学年の先輩方や第一学年の同期達に請われて共に研鑽を積んだところ、様々なチームが成長して自ら数多くのライバル達を生み出してしまった。その所為で僕達の独壇場ということにはならなかった。
ムスク教官曰く
「これだけ平均して能力が高い学年は学園始まって以来かもしれない。魔獣の襲撃もあって大変な年だったが、やはり実戦でこそ人は成長するのかもな。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくして、第三学年と選別の儀を通過済みの第二学年の先輩達が山岳地方での長期演習から帰還した。
帰還した当初、先輩達の疲れ切った顔を見て、僕達は少し不安になったが、先輩方が勝ち抜き演習に参加を始めると環境は一変した。
僕達やフォルティス先輩達のように、今まで割と上位にいた既存のチームは全く勝てなくなってしまった。
当然と言えば当然だけど、帰還した上級生達は魔術を当然のように使いこなし、実戦で扱える魔術が自己強化しかない僕達下級生達は全く歯が立たなかった。
長続きしない闘気は焼け石に水で、なんの役にも立たなかった。
闘気の持続的な活用はしばらく課題だなと思い知らされた。
「君達も選別の儀を通過して、長期演習で訓練を積めばこれくらいすぐできるようになるよ!
生き残ることができればね…」
そう語る先輩の悲壮な顔を見た時はどれだけ激しい演習だったのだろうと、今後に控える演習に恐ろしさを覚えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
上級生も帰還して学園に日常が戻って来てからは勉強・実践演習・訓練の毎日であっという間に月日が経過した。
待ちに待った第一学年修了の日、そう選別の儀が近づいてきていた。
「アルクス君、君は約2年よく頑張って来たね。君がどれだけ成長したかは君が一番わかってるはずだ。」
急にネモ先生が労いの言葉をかけてきたので訝しげに思う。
「いや、先生の教え方が良かったんですよ!」
「本当に出来の良い生徒だね。実は用事で旅立たないといけなくなって君への指導は今日で一旦お終いなんだ。」
「え、そんな急に…。先生、僕はまだ闘気を使いこなせるようになっていないし、明日選別の儀が終わったら魔術もちゃんと教えて欲しいと思っていたのですが…」
急にネモ先生からの指導が今日までと言われ、言葉がまとまらず、なんだか我儘な子どもみたいになってしまった。
「そうだね、君はまだまだ成長途中だ。だが闘気は最低限の基本は使えるようになった。以前話したように習慣化することだけは忘れないで欲しい。あと自己強化魔術も基礎魔術も大体使いこなせるようになったじゃないか。まだ若いし基礎を繰り返し習慣にすること、それが第一だよ。」
「先生…」
「そんなに悲しそうな顔をしないでおくれよ。また、すぐに会えるさ。」
「そうですね、次に会った時にあっと驚かせられるくらい成長しておきます!」
「そうそう、それくらいの意気込みだと嬉しいね!選別の儀が上手くいくことを願ってるよ。最後に今の全力を見せてくれるかな?」
その日はネモ先生に全力でぶつかった。今まで習ったことで僕はこれだけ成長したんだということを示したかった。だけど僕の全力では先生の足元にすら及んでいなかった。
まだまだ先は長いということを突きつけられ、先生はあっさりと旅立ってしまった。
「先生に教わったことを毎日習慣にすることだけはちゃんとやらないと…」
僕はこの2年で習慣化したことを必ず続けると心に誓った。
そして、翌日ついに選別の儀当日がやってきた。
学園の教室はいつもと違い、緊張感が漂っていた。
皆が集まっているところにこれからの選別の儀に向けてと言うことでムスク教官から話があった。
「諸君、この一年間よく頑張った。一年前の自分と比較して、成長を実感していないという者はいないと思う。この後、選別の儀が行われるが、もしまだ実力が足らなかったとしても焦ることはない。第二学年のフォルティスなどの様に、実力がありつつも魔力操作を苦手としラピスを授かることができなかった者もいる。その場合は再度一年間をかけて着実に実力を積めば良い。」
つまりこの後の結果がどうであれ、落胆しないようにということだと思う。
毎年、選別の儀を通過できなかったために落胆して学園を中退してしまう者が後をたたないということはフォルティス先輩達から聞いていた。
学園に入学するような者に不授はいないのだから頑張って翌年に備えれば良いものをと先輩方は言っていたけれど、挫折の仕方に失敗すると立ち直れないんだろうな。
今年の第一学年生は実戦的な演習が増えて、例年よりも学生の成長が早いとムスク教官はしきりに褒めていた。勝ち抜き演習で優勝するようなフォルティス先輩達でも通過できなかったと言う事実を知っていたため、みんなは駄目だったらあと一年頑張るという考えは抵抗なく受け入れていた。
でもまだ選別の儀を通過できていない第二学年生であるフォルティス先輩達は以前見た彼らとは違い、もう後がないと悲壮な面持ちであった。
特に帰還した先輩方に勝ち抜き演習で勝てない事実にぶつかってからは日に日に余裕がなくなっていた。
「これでラピスが覚醒しなかったら、辺境へ行くしかないか…」
「探索者としての仕事ならあるかな…」
それに対して僕達第一学年生達はどんなラピスが宿っているのだろうかという期待への興奮でいっぱいだった。
「俺は親父と同じ火が得意だといいな。」
「私は姉様が火が得意だから、水が良いかな。いつまでもやられっぱなしじゃいられないし。」
「ぼ、僕は大丈夫かな…」
「大丈夫よ、貴方は魔力の制御上手じゃない。」
チームメンバーの皆もいつになく浮かれていた。
その後、間もなくして第二学年の先輩方が選別の儀へと向かった。
しばらくすると全員生き生きとした表情で戻ってきたので、結果は聞くまでもなかった。
フォルティス先輩のあんな笑顔は見たことが無いと思ったら、どうやら第一学年全員が同じことを思っていた。
第二学年生は全員ラピスが覚醒したことだけを共有され、次は君達だと僕達第一学年生は学園に入学してから初めて入る専用の建造物へと促された。
その建物は中に入ると装飾などはあまり無く、教会の様な静謐な空気が漂っていた。
中央に少し大きめの球体が置かれ、周囲に教官達が厳粛な面持ちで並んでいるのを見て、誰かがゴクりと唾を飲み込む音が聞こえてきた。
全員が建物の中に入るとローブに身を纏った壮年の教官が前に出て来て、僕達に選別の儀の説明を始めた。
「さて、諸君。これより選別の儀を行う。この儀式は正しい名を魔導覚醒の儀と呼ぶ。
流れは簡単だ。この球体「魔導珠」の前に立ち、魔力を込める。一定の魔力を制御することができていればそれだけで諸君らに宿るラピスが覚醒し、何のラピスが宿っているかがわかる。ラピスが覚醒すると創造神様からアルカナを授かることができる。アルカナが何であるかは次第に自分で自覚していくことになるだろう。ラピスの力をより使いこなした時に目覚めるアルカナもあると言われているため、ラピスが覚醒したからと言って修練を怠ることが無いように。
そう、ここは到達点ではなくて、ここからが王立学園の本当の始まりなのだ。」
選別の儀までは入門編ということか。
確かに魔術の有無で戦い方は大きく変わる、それはネモ先生と戦った時に痛感した。
やはり基礎魔術は戦いでは使えないし、自己強化魔術だけだと応用が効かないからなぁ…
教官の説明に対してそんなことを考えていたら1人ずつ名前が呼ばれ始めた。
1人の学生が魔導珠の前に立ち、手をかざして魔力を込めると、魔導珠から光が溢れ出した。
溢れ出した光は学生の体へと吸い込まれていき、魔導珠にぼんやりとした形が浮かび上がっているのが見える。
「ふむ、青い光か。君に宿っているラピスは水属性を得意とする様だね。」
ラピスが宿っていると告げられた彼はほっとした様な嬉しそうな表情をしていた。
やはり自分のラピスが分かった瞬間は嬉しいだろうな。
僕に宿っているラピスはどんなラピスなんだろうか。
緊張するけど、珍しくワクワクしてきた。
「さて、時間が無限にあるわけでもないし、順番に進めていこうか。」
教官に促されて、他の学生達も順番に魔導覚醒の儀を進めていった。
どうやら今のところ全員のラピスが覚醒しているみたいだった。
「次はリディウス。」
リディは名前を呼ばれると魔導珠の前に立ち、球体に手を翳した。
最初はなかなか魔導珠が光らず、リディも焦っているように見えた。
皆が彼はだめかと思い始めた時、急激に赤い光が溢れ出した。
「うむ、君に宿っているラピスは火属性を得意とする様だ。魔力は制御できている様子だが、いつでも安定して制御できる様に励みたまえ。」
リディはラピスが覚醒したものの改善事項を指摘され、少しばつの悪い顔で戻っていった。
他に指摘されている学生はいなかったし、自分だけ未熟だと指摘されるのは確かに恥ずかしいものがある気がする。
その後、僕のチームメンバーは全員無事ラピスが覚醒していった。
ヘレナは水属性、クレディスは地属性、クラウディアは風属性のラピスを宿していることが判った。なんだろう、得意な属性って性格を反映しているのだろうか。
もしくはラピスによって性格が影響されているとか?
思いついた仮説に考え込むと気付いたら、自分が最後の1人になっていた。
「次はアルクス。さて、君が最後だね。君のお兄さんは珍しい光り輝くラピスを宿していたよ。君がどんなラピスを宿しているか楽しみだ。」
僕は教官に頷き、魔導珠の前に立った。
兄様と比較されることに怯えていた学園入学前とは違い、僕は仲間と共に成長して自信を身につけていた。
思ったよりも緊張しないな、これが自然体というやつだろうか。
なんだか穏やかな気持ちでいることができた。
そして魔導珠に手を翳し、魔力を込めると今まで見てきた第一学年の誰よりも眩い光が溢れ出し、建物の中が光で溢れた。
これは兄様に並ぶようなすごいラピスなんじゃないだろうか。
後で聞いた話だけど、光が収まった後、皆も僕が何かすごいものを宿しているのだと確信していたらしい。
「な、なんということだ…」
早く結果を聞かせて欲しいなと思いワクワクしていると、目の前の教官が急に震え出した。
「あの、大丈夫ですか…?」
「こんなことは初めてだ…いや、しかしこれが事実なのか。」
勿体ぶらずに早く教えて欲しいな。
「アルクス、君は現実を受け入れなければいけないだろう…
君の魔力は第一学年で誰よりも強い魔力を扱えている、当時の君のお兄さんよりも強いかもしれない。
だが、君にはラピスが宿っていない。いや、最初からなかったわけではないのだ。
なくなったというのが正しいだろう。確かに宿っていた痕跡はあるのだ。
だが、今君の中にラピスはない、君は不授と同じだ…」
教官の言葉を聞き終えた僕は周囲を見回した。
皆僕と目を合わせようとせずに俯いている。
僕は先程までの自信が足元から崩れ去っていくのを感じ、膝から崩れ落ちた。
頭をガツンと叩かれたような衝撃を受けた気がして目の前が真っ暗になり、そのまま僕の意識は闇へと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます