第8話 測定
翌日
アルクスが学園へ向かうとリディウスとヘレナが声をかけてきた。
「おはよーさん、昨日はウィル様に会えたおかげで興奮して眠れなかったぜ!」
「私も!」
「僕は訓練で気絶して気づいたら朝だったよ。」
「「え!?」」
二人の声がハモった。
ミーハーな友人達に対して珍しく冗談のつもりで言った一言に引かれてしまい、アルクスは逆に動揺してしまった。
「ちょっと家庭教師の先生が厳しくてね、やらなきゃいけないことがたくさんあるんだ。」
「そうか、オレもたまに訓練で親父にぶっとばされてのびちまうから似たようなものか。」
「私も、昔姉様の魔術の練習に付き合わされて気づいたら寝てたことあるわ。みんな似たようなものね。」
楽しく気絶自慢をしていると周囲を歩く同学年と思われる学生達に「こいつらはヤバイ」という視線で見られていることに3人は気付いていなかった。
アルクス達が第1学年の教室へと着くと、教師が現れてさっそく授業が始まった。
最初は第1学年まとめて同じ授業を行い、年を経るごとに適正に合わせて科目が分けられていく仕組みとなっていた。
「さて、諸君入学おめでとう。私は1年間君達を受けもつ、ムスクと言う。若い頃は騎士団にいたが、今は引退して若人の育成に心血を注いでいる。
君達が力を得るほど我が王国はより強くなる。各自得意分野は違うだろうけれども、他の誰にも負けない武器を1つ持てる様に頑張ってほしい。
騎士団とその後の教育生活でわかったことだが何も武力だけが力ではないということを理解してもらえると嬉しい。
後方支援や事務処理、生産など王国のために役立てる力は山の様にある。そのことを意識して勉学に励んでほしい。」
現役の騎士団員よりも逞しい教師が心構えの話をしてくれた。大多数の学生は見た目から脳筋かと思っていたが、視座の高い文武両道の賢人に見えた。
「第1学年の前半は魔術入門、世界の歴史、算術、闘技、基礎体力向上がメインとなる。
基礎が全てだ。ここで躓くと未来はないからな。しっかりと取り組んでほしい。
では早速だが、本日は世界の話からだ。
そもそもの話として、この世界は三大神の長兄、創造神様が創造されたとされている。
創造神様がどこから来たのかは定かではないが、突如現れたとも、遙か昔からそこにいたという話もある。そうして世界が創られ、様々な生物が誕生したところで、破壊神・調和神のお二方も顕現されたという。三大神が現れると世界が循環し始めた。我々人間は神々の御遣いを通して神の存在を知り、神の知識を授かり発展していった。
それから徐々に信奉する神の違いにより、宗教ができ、それが起点となり国となった。現在の王国・帝国・連邦の始まりとも言われている。他にも主義信条の違いから様々な国ができあがったが、先に述べた王国・帝国・連邦は三大国と呼ばれている。
その後王国では国をまとめるものが王侯貴族、神々の教えを伝えるものが教会という形で二大組織ができあがった。
実態として教会の幹部は王侯貴族出身者が多いため、表面上は別の組織だが、実際は対して違いはない。
また思想の違いからだが、特に帝国とは国境付近で小競り合いが発生することがよくあるが、そこまで被害が大きくなることはあまりない。
お互いの国で民衆の不満が溜まったりすると、問題から目を逸らすために発生することがほとんどだな。」
急に始まった授業に学生達は焦ってメモを取り始めた。
「先生、王国と帝国はどちらが強いのですか?」
一人の学生が皆が気になっていることを代表して質問をした。
周りではうんうんと頷く学生が多くいた。
「良い質問だ。答えは何においてというところ次第だな。帝国は純粋な力においては上回っている。そして統率力という点でも我が国よりも秀でているため、正面から全軍衝突する様な戦いになれば、帝国に分がある。
それに対して我が王国は魔術の練度が高いため、魔術戦になれば秀でている。そのため、距離を保ちつつの戦いや局地的な戦いであれば、王国に分がある。
なので如何に全軍衝突を避けるかが王国側にとっては重要な点となる。」
元騎士団ということで王国の強さを語るかと思いきや、多面的な視点での話を語ることで学生達は納得感を持った。
「さて、続けようか。
各国が安定化し始めたころから、神々の試練なのか自然発生からなのか、以前からいた魔物が凶暴になる時期が50年に一度くらい起きる様になった。お告げによると、どうやら魔王なるものが世界の支配を企んでいるらしく、その力が強くなるごとに発生するらしい。
その都度、三大神から各国にお告げがあり、強き者が勇者として選ばれる。そして勇者となった者に与えられた力で魔王を封印するということが度々起きている。」
「魔王を封印しているとのことですが、倒すことは出来ないのでしょうか?」
今度は別の女学生が質問をした。
「うむ、どうやら三大神の力をもってしても倒しきることはできないらしい。
そのため、封印することでなんとか次に封印が解けるまで時間を稼いでいるということだ。
なんでも世界中の悪しき心が一定量集まると封印が解けてしまうらしい。もうすぐ前回魔王が封印されてから50年近く経つ。この中から勇者となる者が選はれる可能性もあるわけだ。
皆も創造神様の教えを守り、清い心を保つ様にな。
さて、今日はこれくらいにしておこうか。歴史に関する書物は学内にもあるため、興味があるものはより知識を深めると良いだろう。」
一通りの話を聞き終わり、アルクスは疑問に思ったことを手元にメモとして残した。
リディとヘレナも頭の上に疑問符が浮かんでいるように見えた。
次に基礎体力向上の授業へと移った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
学生達は動きやすい服装に着替え、訓練場へと移動した。
訓練場の中央ではムスク教官が仁王立ちをして、学生達を待っていた。
「諸君、頭を使った後は体を動かすに限る。さて基礎体力向上とは何を指すか。」
一人の学生が「やっぱり筋肉でしょ!」と自らの筋肉を見せびらかして笑いをとった。
「いや、やっぱり長く戦い続けられる持久力じゃないかな。」
眼鏡をかけた学生が異議を唱えた。
「でもー、やっぱり痛いのは嫌だしー、攻撃を避けられる敏捷性がほしいかなー」
どちらでも無いと女学生が自分の考えを発した。
「うむ、全てが正しい。戦いでは攻撃も防御も必要だし、時には避けたり逃げることも必要だ。また、体力がなくてはすぐ倒れてしまうからな。全てを最低限身につけることが戦場では生き残ることにつながる。
あとは得手不得手に合わせて自分の得意な領域を見極めて伸ばすことだな。足りない部分は他の者に補ってもらえば良い。全て中途半端にできるよりは特化した者の方が生き残る道が開けるぞ。」
教官が生き残るためには全てか必要だと言うと一人から質問が挙がった。
「全てを身につけないといけないのに、特化した方が役に立つって矛盾していないでしょうか?」
「そう思うのも諸君等では仕方がなかろう。そもそも実際の集団戦闘は諸君等が考えるよりも悲惨なものだ。そんな中で最低限の力すら持ち合わせていないものは、戦力どころか仲間の足を引っ張る害でしかない。その様な者が戦場に出ない様に見極めることも戦闘の事前準備であると言えよう。全てを最低限身に付けて戦場へ出る資格を得て、得意領域を伸ばして生き残る力を得ると考えると良い。
さて、本日は皆の現在の力量を測る。先程挙がった筋力・持久力・敏捷性の三点を見ることにする。」
そうして、筋力・持久力・敏捷性を測る試験が実施された。
筋力の試験はどれだけ重い剣を持ち上げられるかというシンプルなものだった。
「俺は力には自信があるからな、1番重い剣を持ち上げてやるぜ!」
リディウスがここぞとばかりに力自慢宣言をして、いきなり一番重い剣を持ち上げようとしていたが、想像以上に重かったらしく、しばらく挑戦して諦め、3番目に重い剣でやっとのこと持ち上げることが出来た。
「ハァ、ハァ、こんなに重いなんて…」
「まぁまぁ、3番目でも十分すごいじゃ無いか。」
「そうよ、私なんて2番目に軽いので精一杯だったわよ。」
リディウスの苦労を労っているとアルクスの順番が回ってきた。
ウィルトゥースの弟ということで非常に注目されていたが、リディウスと同じく3番目に重いものを持ち上げた時は若干「おぉっ」という声が上がったものの想定の範囲内だったらしい。
その後、2番目に重い剣を持ち上げることが出来ないと「ウィル様とは違うのね」などといった残念がる声が聞こえた。
ウィルトゥースは当時一番重い剣を軽々と持ち上げて、「もっと重い剣はないのでしょうか?」と言っていたらしい。
その後、1人だけ2番目に重い剣を持ち上げたが、それ以上の力自慢は現れなかった。
「アルクスもなかなかやるじゃ無いか。」
「これでも鍛えてるからね。でもやっぱり兄様には及ばないし、変に期待しないで欲しいよ。」
「周りのことなんて気にしないの。自分で目標を決めて頑張ればいいじゃない。」
ヘレナも同じ様な環境のためか、既に自分の在り方を確立しているらしい。
続いての敏捷性の試験は近距離から連続で発射される魔術を避け続けるというものであった。
使用する魔術は小さな水の玉で当たっても濡れるだけなので危険性はなかった。
徐々にスピードを上げて、どこまで避け続けられるかをみているらしい。
「うへー、あんまり素早く避けるのって得意じゃ無いんだよな。」
「あら、私はいつも姉様から魔術の練習台にされていたから、これくらい避けるのは簡単よ!」
リディウスとヘレナは宣言通りの結果となった。
リディウスは早々に、ヘレナは最後まで避け続けた。
アルクスも健闘はしたものの、中盤で当たってしまった。
ウィルトゥースは当時、敏捷性も一番だったらしい。
最後の持久力を測る試験は飼い慣らされた魔獣に追いかけられ続けるという、肉体だけでなく、精神的な持久力も試される厳しいものだった。
「毎日走り込んでるし、持久力なら誰にも負けないぜ!」
リディウスがまたしても宣言をして、周りからはこいつは途中で脱落するなと思われていた。
ウィルトゥースは当時、友人を庇って途中で脱落していたらしい。
その話は自分の成果だけでなく、周りも支えているなんて素晴らしいという美談として残っていた。
開始の合図とともに皆一斉に走り出した。
少し遅れて走り出した魔獣に追いつかれたものは、丸呑みにされてから吐き出されていた。
「いやー、ヨダレでベトベトー」
一人目が犠牲になってからは皆、必死になって逃げ回った。
「ハァ、ハァ、そろそろ限界かも…」
「ハァ、残っている人数も俺達以外にあと少ししかいないな。」
リディウスとアルクスは最後の少数になるまで逃げ続けていた。
「あっ…!」
アルクスの足元がもたつき、転んでしまった。
「リディ、僕の分まであとは頑張って…」
と言い残して丸呑みにされてベトベトになってしまった。
「もう無理…」
その後、リディウスは最初の宣言通り最後まで逃げ切れたものの、疲労から倒れてしまった。
「皆良く頑張ったな、お疲れ様。結果は明日まとめて発表する。
それをもとに今後の計画も組むため、今日はゆっくりと休むこと。」
大多数の学生が疲労からしばらく立ち上がることが出来なかった。
「はぁー、本当に疲れた。」
倒れたリディウスを救護室へ連れて行き、目覚めたので帰路についたがいつになく疲れた様子だった。
「飼い慣らされているとはいえ、魔獣に追いかけられるのって恐ろしかったわね。」
「魔獣に追いかけられるなんて、初めての体験だったよ。精神的にもなかなかくるものがあったね。」
「王国騎士団なら魔獣の討伐とかに良く出かけて追いかけ回しているって聞くぜ。」
「こんなに大変なのは今日だけだといいんだけど。」
「そうだね、これが毎日だとちょっときついよね。」
「もうちょっと体力増やさないとなー」
初日は皆自分達の体力の無さを思い知らされた形となり、終わって行った。
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