Color of the girl
中村ゆい
第1話
「お姉ちゃん、一緒に住まない?」
妹の
「一緒にって、未華子が今住んでる部屋で?」
「うん、そう。彼氏、別れて出て行っちゃったから広くて寂しいんだよね。お姉ちゃん、ずっと実家にいるじゃん。これを機に家を出るってのはどうかな?」
「どうって……」
「あら、いいじゃない。
久しぶりに帰って来るなり想定外の内容を話す未華子に戸惑っていると、ソファに座ってテレビを見ていた母が、振り向いてにっこりと笑う。
その笑顔に私はちょっとげんなりした。
要するに私が邪魔なわけだ。せっかく就職したのに二年足らずで辞めてしまって、実家でぼんやりしているだけの娘なんて、確かに困った存在かもしれない。ちゃんと働いていてしかも社交的な未華子についていけば、私も多少は感化されて外に出るようになるのでは、と。
「ずっとここにいたって暇でしょ? 気分転換くらいのつもりで来てよ。私もそしたら嬉しいからさー」
私は少し悩んだ。未華子のこういうところはたまに苦手に感じる。上手く言えないけれど、良かれと思って私を外に連れ出そうとしている、この感じが。
だけど、結局彼女の誘いに乗ることにしたのは、私も半分は乗り気だったからだと思う。出不精の人間が遊びに誘われて最初は面倒だと思うものの、実際に遊びに行ってみれば楽しくて満足してしまうのと同じだ。
「わかった。じゃあ未華子のとこ、行く」
「やったー、いつ? いつ来る? 今週末?」
「いや、気が早すぎでしょ。せめて今月中にしてよ」
いい年をして子どものように抱きついてくる未華子にされるがままになる。
今は嫌々な部分もあるけれど、まあ引っ越してしまえばそれなりに妹との二人暮らしも悪くないかもしれない。たぶん、おそらく。
未華子は一人でいるのが好きな私とは違って寂しがり屋だ。一人暮らしを始めてから、男の人と付き合うたびに部屋に一緒に住んでもらって、別れてまた一人になって、というのを繰り返している。だけど、次の同棲相手……というか同居人が、まさか私になろうとは。
「ていうかさ、一人が嫌なら部屋、解約して実家に戻ってくればいいのに。通勤できるでしょ」
一人暮らしには確かに少し広すぎる部屋の隅っこに座り込み、未華子に話しかける。なんだかんだと急かされてあっという間に引っ越しさせられた私はまだ、ここに住み始めて数日。他人の家という感じしかしない。
「実家だと通勤に一時間以上かかっちゃうよ。残業ある日だってあるんだし、移動でプライベートの時間が減るなんて時間の無駄」
「ふうん。そういうもんか」
私は自分が会社員だった頃、実家から四十分ほどかけて通勤していたのを思い出した。確かにもう少し家が近ければなあとは思っていた。まあ、結局その仕事は辞めてしまったから今となってはどうでもいいことだけど。
「あ、ところで未華子」
「なに?」
喋りながら、未華子が座っているソファに移動する。彼女の隣に座ってみると、柔らかそうな見た目通り座り心地がいいソファだった。
「もしまた未華子に彼氏ができて、ここで同棲することになったら、私は出ていくってことでいいんだよね?」
この妹は、そこそこ恋多き女だ。未華子の寂しい一人暮らし緩和要素として呼ばれた身としては、すぐ新しい誰かを見つけてくることを考えて速やかに退居できる心づもりをしておいたほうがいい。
未華子が長い睫毛をぱちぱちさせて、私を見る。そこらへんは何も考えていなかったみたいだ。
「ううん、お姉ちゃんがいたいときまで、ここにいてよ。お姉ちゃんがいてくれれば寂しくないし。それに私、しばらくは他のことを頑張ろうと思うんだ。仕事とか趣味とかね。てか、お姉ちゃんは? いい人紹介してあげよっか?」
身を乗り出してくる未華子に苦笑いしつつ首を横に振る。
「いいよ。あんまり興味ないし」
「そんなことないと思うけどなあ。私よりもお姉ちゃんのほうが美人だし」
彼女がお世辞じゃなく本当に私のことを美人だと思っているのは知っている。私も顔の作りだけを見れば、自分だって負けてはいないのでは、とは思うときもある。正直、化粧次第って感じだ。だけど、それだけで人気者にはなれないのも知っている。実際、私と未華子が並べばいつだってみんな、未華子を選んだ。
同い年ではないけれどたった一歳差の私と未華子は、いろいろなことで比べられることが多かった。
よく似た顔だけれど、私のほうが少し目が吊り上がっていて、未華子のほうが少したれ目。顔立ち全体は私のほうが少しすっきり整っているけれど、未華子のほうが華やかな印象。体型は私のほうが少し背が高くて手足も長くて、未華子のほうは細めで華奢。
幼かった頃は、大人たちから「理加子ちゃんはしっかりしているお姉ちゃんで、未華子ちゃんは甘えん坊さんね」とよく言われた。あれを買ってほしいとか習い事が嫌だとか、わがままを言うのはいつも未華子だったし、どちらかといえば、困った子ども扱いされていたのは未華子のほうだったと思う。
その立ち位置が変わり始めたのは、お互いが中学に入る前後。
未華子は、自分を可愛く見せる術を身に着け始めた。私が中学生になった年、小学六年生の未華子は母にねだって初めて化粧品を買ってもらった。母には「理加子は?」と訊かれたけれど、その頃の私は入部した文芸部の活動に夢中で、「いらない」と即答した。私が友だちとのマンガやラノベの貸し借りや部活に夢中になっているあいだ、未華子は同級生たちと家に集まってメイクの方法を研究したり、ショッピングモールに服を買いにいったり、K-popアイドルのダンスを覚えて動画を撮ったりしていた。
お互いが高校生になる頃には、未華子はもう甘えん坊とは言われなくなっていた。むしろ、お正月なんかに親戚一同が集まるとみんなと明るく会話して、年下の従兄妹たちと遊んだりもして、「妹なのにしっかりしてる」と言われるようになっていた。私は、何も言われなくなった。いや、「賢いね」くらいは言われたこともあったかもしれない。地元ではかなり偏差値の高い進学校に通っていたのだ。だけど、それは妹だって同じだ。彼女も同じ高校に入学したのだから。
高校のハイレベルな授業についていくことに必死だった私に比べて未華子は、らくらくとテストをパスして放課後は遊んでいるみたいだった。私ががっつり受験勉強をしてギリギリ高校に合格したのに対して、未華子が遊んでばかりだったのに同じ高校に合格したという事実は、未華子の地頭の良さを物語っていた。
「理加子、無理してないか」
未華子がいない時間帯を見計らって一度だけ、父がそう私に問いかけたことがあった。徹夜で定期試験の勉強をしていた真夜中だった。同じ試験日程にも関わらず、肌が荒れるとか言って未華子はとうに眠ってしまっていた午前三時。リビングで物理の練習問題を解いていたら、父があったかいココアを入れてくれた。
「ありがとう。でも明日はテストなんだから、少しは無理しなきゃ。赤点取りたくないし」
「それはそうだけどな。しっかり寝てテストに臨むのも大事だぞ。理加子が勉強頑張ってるのは、よくわかってるから」
「うん……」
私は曖昧に笑って頷いた。父の言うことはもっともだけれど、じゃあもう勉強やめて寝よう、とは思わなかった。
「何してるのー? お姉ちゃんとお父さん、まだ起きてたんだ?」
背後のドアが静かに開いて、未華子が目をこすりながら姿を現す。
「テスト勉強。明日、苦手な物理だからさ」
「ふうん。頑張って」
未華子の気のない返事に父が苦笑した。
「未華子だって明日はテストだろう。のんびり寝ていて大丈夫か?」
「だあいじょうぶ。一年生のテスト範囲なんて、まだそんなに難しくないし。二年生になってやばいと思ったらお姉ちゃんみたいに徹夜するよー」
キッチンで水を飲むと、未華子は大あくびとともにさっさと彼女の部屋に戻っていってしまった。
「まったく、理加子は頑張りすぎるし、未華子は頑張らないし。二人を足して二で割ったらちょうどいいんじゃないかな」
父が苦笑いを浮かべる。足して二で割ったって、ちょうどよくなんかならないのに。どうせ未華子はしっかり寝て、しっかり良い点数が書かれたテストの答案を持って帰ってくるのだろう。私は未華子に比べると、少しずついろいろなものが欠けている。本当に足して二で割って私たちのいろいろなものを均等にしたら、未華子は少し損をして、私は少し得をすると思う。
生まれ持った素質の差がとうとう私に追いついたのか、気がついたら未華子は私よりも色々な要素が少しずつ、ときにはとても秀でた女の子になっていた。
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