母親と宝石箱と隣人

犬丸寛太

第1話母親と宝石箱と隣人

 「汝、隣人を愛せよ」

 学校からの帰り道、道徳の授業で先生が言っていた事を思い出す。

 先生は何か小難しい事を言っていたけれど僕にはよくわからなかった。

 僕は生まれてから(といっても十年とちょっとくらいだけど)他人に興味を持ったことがない。テレビの人たちの事も良くわからないし、クラスの皆の事もわからない。

 別に嫌いなわけじゃないけど、好きでもない。

 だから、今日の宿題には困ってしまった。

 

 あなたの愛する隣人は誰ですか?


 作文を書くことは苦手ではないけれど、わからない事は書きようがない。どうしよう。困った。

 隣の家のてっちゃんかな、それとも隣の席の桃子ちゃんかな。でも、隣にいるってだけで愛とかそういう事じゃないなぁ。

 家に帰って、机に座ってみても全然書けない。

 そうこうしている内にご飯の準備ができたみたいだ。母親に呼ばれて僕はテーブルについた。でも、宿題の事が気になって、あんまり美味しくなかった。

 食事を済ませ、そそくさと自分の部屋に戻り宿題に向かうけれどやっぱり書けない。

 気が付けばもう夜の九時くらい。お風呂に入らないと叱られてしまう。宿題は、どうしよう。明日先生に怒られるかな。

 憂鬱な気持ちで一階へ降り、お風呂場へ向かう途中、母親がテーブルに座って小さな箱を見つめている。なんだか、浮かない顔をしているみたいだ。

 近寄って話しかけてみると慌てて箱を隠してしまった。

 「青い石が入ってたね。」

 「あらら、バレちゃったか。」

 母親は隠した箱をもう一度テーブルに置いた。良くわからないキャラクターが印刷されたおもちゃの箱だ。

 「これ、お母さんにくれたの。覚えてないよねぇ。」

 なんだか懐かしそうに箱を見つめている。

 「僕が?」

 どうしよう。全然覚えてない。

 「まだ優がちっちゃい時、お母さんの誕生日プレゼントにってくれたの。」

 よく見ると、ところどころ印刷が剥がれていて、蓋もぴったり閉まらなくなっているみたいだ。

 「中に何が入ってるの?」

 「えー、なんだか恥ずかしいなぁ。」

 母親は勿体つけるように、でもゆっくりと蓋を開けて中身を見せてくれた。

 中には青い石がころころと一つだけ入っていた。

 よく見ると真っ青でもないし、宝石みたいに透き通っているわけでもない。青色の中にいろんな色が混じった不思議な、でも綺麗な石だ。

 なんだか少し思い出してきた。僕がまだ小学校に上がるかどうか位の時、親戚が遊園地に連れて行ってくれたことがあった。

 その時のお土産にこの石を親戚にねだった事を思い出した。

 「もしかして、それ僕が買ってきたやつ?」

 「あら、覚えてた?」

 母親の顔がパッと明るくなった。

 その顔を見て、今度こそちゃんと思い出した。思い出してしまった。

 「もー、優ったら、これお母さんの誕生日プレゼントって言ってくれたの。お菓子の缶に入れて持ってきて、大事にしてねってさ。あの時はお母さん感動しちゃって泣いちゃったもんねぇ。」

 「お、お風呂入ってくるっ!」

 僕は恥ずかしくなって急いでお風呂場へと向かった。

 後ろから母親の声が聞こえてきた。

 「優、何か悩んでたみたいだけど大丈夫?」

 僕はお風呂場へ急ぎながら返事を返す。

 「今解決したから大丈夫!」

 湯船に浸かって作文の内容を考える。作文を書くのは得意だ。百まで浸かった後、急いで着替えを済ませ、自分の部屋の机に座った。

 さぁ、あとは書くだけだ。書くだけなんだけど、なんだか恥ずかしくなってきた。困った。

 次の日おもちゃの宝石箱を提出したら先生に怒られてしまった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

母親と宝石箱と隣人 犬丸寛太 @kotaro3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ