凍えるほどにあなたをください

神帰 十一

第1話 接吻

 

(女の子って柔らかいんだな)

 

 どれくらいの人が、初めてのキスの感覚を憶えているのか分からないが、一郷いちごは感想こそありきたりなものの、かおりの唇の柔らかさは生涯忘れない。まだ余韻の残る唇に指をあてて、その指先を見ながらそう思った。


「ちょっと、やめてよ恥ずかしいから……」


 一郷の手首をつかんで、指先を見るのをやめさせる香。

 二人は一郷の家にある蔵の中に居た。昼間とは言え、採光の為の窓がついていない蔵の中は薄暗い。唇を重ねた後、お互いがどんな表情をしているのか、よく分からなかった。


「恥ずかしいの?」


 確認するように一郷が顔を近づけると、香は目を閉じて一度は俯いたが、一郷の顔が近づくと、求めに応じるように目を閉じたまま顎を上げた。

 二人はもう一度、今度は先程より長く唇を重ね合わせる。最初、ぎこちなく強張っていた唇が時間と共に解け始めると、あとは遺伝子に刻まれた記憶が導いてくれた。若い故に、息苦しくなるまで存分に求め合う。


「柔らかい」


 二度目のキスの後、一郷は思わず心の中の感想に声が伴ってしまう。


「ちょっと、やめてよ恥ずかしいから……」


 同じ事を繰り返す香に、笑ってしまう一郷。


「なに? それはもう一回、同じ事を繰り返して欲しいってこと?」


 一瞬、意味を考えた香だったが、すぐに一郷の言葉を飲み込み反応する。


「違うよ、バカ! エッチ!」


 近くにあった、貴重な物かも知れない書物を手に取って一郷を叩いた。


「わぁ、ちょっ、ちょっと」

「一郷は、ムッツリだ。まるで興味の無さそうな顔して……」 

 (……あんなに上手にキスするなんて)

 

 自分で言おうとした事が恥ずかしくなって、香は薄暗がりの中で顔を赤らめた。

 暗くて良かったと香は思ったが、明るくても一郷は香の事は見ていなかっただろう、香から取り上げた書物に綻びが無いか、少しでも明かりのある所で必死に見ている。


「バカ 一郷!」


 そんな一郷を見た香は蔵から飛び出した。


 (あぁ、ドキドキした)


 手で胸を押さえながら、今しがた出て来た蔵を振り返る。


 (ファーストキスの場所が蔵の中か、……まぁ、いい思い出になるかな?)


 そんな事を思いながら見上げる信州の冬の空は雲ひとつない。

 柔らかい青が、どこまで二人のしていた事を見ていたのか。

 香は、——お空もエッチだ。心の中で呟いて、空に向かってアカンベェをした。

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