◇13.鉱山の有毒ガスを食い止めようと思うんですけど。


「じゃ、今から入りますんで、定時連絡のない場合はよろしくお願いします」


 今、俺たちは鉱山の入り口前にいる。

 この場にいるのは、坑内に入ろうとする俺と、外で待機してもらう予定のエイラたち冒険者グループ。あと、鉱山を管理しているギルドの職員さんが一人。


 このナバルナ鉱山は主に魔石の原石が採れるので、いつもは多くの冒険者でにぎわっている。

 ただ、最近鉱山内で有毒ガスが発生し、死者も出たので現在は閉鎖中とのことだった。


 ガスの発生源を突き止めて、そこをふさがなければ鉱山は再開できない。

 俺は店に連日訪れるようになったエイラとの会話でそのことを知ったのだが、一つ思いついたことがあり、今日はそれを試させてもらうためにここにやって来ていた。


「で、お兄さんが坑内に入って……どうするつもりなんですか?」


 エイラが尋ねる。

 俺は説明の前に自分の身体に魔法をかけた。

 『知覚過敏の霧』、それの濃度を人体に悪影響が出ないギリギリまで薄めたものを。


「聞いた話によると、異国では有毒ガスの有無を確かめるために、人より敏感な小鳥を坑内に入れるらしいんだ。今から俺がその小鳥の代わりとして、中でガスの出どころを調べさせてもらう。今の俺なら、空気の微妙な変化も肌で感じ取れるだろうからね」


 要するに、霧で全身の感覚を鋭敏にさせて、それをセンサー代わりに使い、発生源を突き止めるのだ。

 今まで戦闘での使用法ばかり考えていたが、これを人の役に立てられないかと思った時、濃度を薄めて自分に使うことを思いついた。

 ちなみにこの手のガスは無色無臭なので、逆にガスの匂いで鼻がやられたりすることもない。

 灯りとしてランタンも持って行くが、火が消えたりするとヤバいらしい。そういう場合は人間に必要な空気の成分がガスに置き換わっているからだ。


「あのっ、店主さん。その役目、ぼ、僕にやらせてもらえないでしょうかっ!」


 そうして俺が坑内に入ろうとした時、意を決したように一人の少年が声をあげた。

 彼の名はイアン。エイラのパーティーに所属している彼女の弟だ。


「ちょっと、イアン」


 エイラが非難するように弟の名を呼ぶ。

 だが、イアンは姉の言葉をさえぎり、切羽詰まった様子で俺に言った。


「ぼ、僕っ、まだ体も小さくて、いつもお姉ちゃんたちの足手まといになってばかりなんですけどっ……。この調査って、魔法をかけてもらって、中を調べるだけでいいんですよね。僕にもできることなら、やらせてほしいんです。僕もっ、誰かの役に立ちたいんです!」


 どこか鬼気迫る感じで頼み込まれた。


 ……なんとなくわかる。エイラの話によるとイアンはまだ十二歳で、今は本格的な戦闘には参加せず、主にメンバーのサポートを担当しているらしい。

 それは皆が彼を気遣ってくれているということなのだが、本人としては歯がゆい思いもあるに違いない。

 自分は必要とされていないのではと焦る気持ち。幼い彼は、何とかしてそれを払拭したいのだろう。


「イアン、下がってなさい。カイトさんに迷惑かけちゃいけないわ」


「でも、お姉ちゃん」


「いや、俺なら構わないよ。それなら手伝ってもらおうかな」


「って、お兄さん!?」


 驚いたように声をあげるエイラ。

 まあ、許可はするものの、もちろん彼だけを行かせるつもりはなかった。

 というか、イアンには俺から距離を取ってもらって、俺に異常が起こらないか、後方から監視する役目をやってもらうことにした。

 これなら少なくとも彼を単身突貫させて危険にさらすことはないし、こちらの安全確保にもつながる。


 ということで、イアンにも闇魔法の霧をかけてやる。

 なお、身体全体にではなく、彼のまぶたと耳のあたりだけに部位を限定した。この霧は散布される範囲を絞れば、そこの感覚だけが鋭敏になるらしいのだ。

 そうやって準備を整えてから俺たちは坑内に入る。

 ただ、イアンには主に俺を見ていてもらうために霧をかけたのだが……結果から言うと、ガスの発生源を見つけたのは、俺ではなく彼の方だった。


 俺が通ったのとは逆方向の場所で微かな風の音を聞き逃さなかったイアンは、即座に俺へと確認を求める。

 果たしてそれは見事に的中し、俺たちはガスの発生源をふさぐことに成功したのだった。


「ありがとうございます、カイトさん……! 僕っ、僕が、こんなふうに誰かの役に立てたことなんて、今までなくて……! カイトさんが魔法をかけてくれたおかげですっ……!」


 それで、イアンには泣くほど喜ばれてしまった。

 仕事を任せてあげて、少しでも達成感を感じてもられえばと思ったのだが……ここまで感謝されると、なんだか逆に少し申し訳なくなる。

 とはいえ、彼の気持ちもわかるので、俺はその好意を素直に受け取ることにした。

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