◇02.召喚が失敗して、竜が出てきたんですけど。


 翌週。

 王宮の奥にある塔の最上階で、今まさに聖女召喚の儀式が行われようとしていた。

 王城に勤める魔術師たちの列に俺も並び、召喚のサポートのため待機している。


「おいおい、何で魔法を使えなくなった無能のカイトまでここにいるんだよ」


「しょうがねえだろ、こいつは魔力だけは高いんだ。召喚魔術は属性関係なしに大量の魔力が必要になるからな。今のこいつは魔力を出すだけのエネルギータンクみたいなものさ」


「ははっ、なるほどな。『闇』以外使えない奴にはお似合いの役割だぜ。といっても、この任務が終わったら今度こそ本当にクビなんだろうがよ」


 同僚の魔術師たちが聞こえよがしにそんなことを言ってくる。

 ひどい言い草だ。今まで異国人である俺を避けてきたにせよ、つい先日まではこうもあからさまな態度じゃなかった。

 自分がピンチに陥った時、相手がどんな対応をとるかでその人の本性がわかるというが……要するに、これがこいつらの素なんだろう。

 逆に普段仲良くしてなくて良かったともいえる。


 召喚の場には王太子と公爵令嬢もいた。

 今から対抗馬になる聖女を呼ぶというのに、何故か王子は余裕の表情だった。

 まるで危機感がない、ゆるゆるの表情。

 呼ばれた聖女が俺と同じくらいの魔力だったら、普通にそっちが選ばれるというのに。

 わずか数日で公爵令嬢の魔力が上がるとも思えないし……一体、何を考えているのか。


 そんなことを考えているうちに、召喚の儀式が始まった。

 呪文の詠唱とともに俺も含めた魔術師たちが一斉に魔力を注ぎ込む。すると、空気が揺れ、巨大魔法陣が強い光を放ちだした。


 ウォンウォンウォン……──カッ!


 だが、その直後、魔法陣の中心から現れたのは聖女ではなかった。

 煙幕の奥で浮き上がったシルエットは人ですらない。

 それはなんと竜だった。

 人の十数倍もの大きさがある赤い鱗のドラゴンが、俺たちを射殺すような目で見下ろしていた。

 何故だかわからないが、召喚は失敗してしまったようだ。


「う……うわああああっ!」


「ど、どうなってるんだ! 何で竜が!?」


 当然のごとく、広間は大混乱となった。

 竜が咆哮を上げると、あちこちで悲鳴も上がる。

 皆が我先に出口へとつめかけ、押し合いになってしまう。

 聞こえてくる声から察するに、何人かの怪我人も出たようだった。

 魔法陣の上にいた魔術師たちも、皆持ち場を離れてそこから逃げ出そうとする。


「な、何なんだ……聖女の代わりに来るのがこんなのだなんて……。き、聞いてないぞ……!」


 王太子がその場に尻もちをついて言った。


 ……ん? この王子、今「聖女の代わりに」って言ったな。

 つまり、聖女じゃないものが召喚されるのを彼は最初から知っていたことになる。


 ああ、そうか。魔法陣に何か細工でもして、聖女が来ないような工作をしてたってことか。

 それならさっきの余裕の表情もつじつまが合うが……さすがに軽率過ぎないか、このバカ王子。


「怯むな! 被害が広がる前に、あの竜を討ち取るのだ!」


 召喚長が威勢よく声をあげるが、それに続こうとする者はほとんどいなかった。

 当然だ。あんなのに勝てるとは誰も思わない。


 ただ、その竜もよく見ると体中傷だらけだった。

 赤い鱗の隙間から、ところどころ肉が割けて見えている。

 そして、その部分が何故か光っていた。

 一体何かと思って目を凝らすと、白い電撃状の魔力が竜の身体にまとわりついていた。


 そういえば、時空を超える際に強い雷属性の魔力が発生すると聞いたことがある。

 おそらく今、竜の身体を傷つけているのがそれなのだろう。


(なんか……痛々しくてかわいそうだな……)


 ふと俺はそんなことを思った。

 そもそもこの竜は何か悪いことをしたわけじゃない。

 俺たちの国の勝手な思惑のせいで、無理矢理ここに呼び出されただけだ。

 それは竜じゃなく、仮に召喚が成功して聖女が呼び出された場合でも同じことが言える。

 召喚といえば聞こえはいいが、要するに誰かを拉致しているのと変わらないのだ。


 何ができるわけでもないが、せめて痛みを取ってやりたいと思い、俺は自分の闇属性の魔力を竜にまとわりついているエネルギーに向けた。

 黒い帯状の力が電撃に触れる。すると、両者は弾けて消滅した。


 そのパチンと爆ぜる音で、竜は俺の魔力に気付いたらしく、ほおずりするようにゆっくりと顔を寄せてきた。

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