暁を漕ぐ宵の舟

EGO

第1話

歳を取ったのは300年ぶりのことだった。

四方の壁を床と全く同じ材質のリノリウムで覆った、真っ白なその部屋は僕だけの場所。

外に出れば何があるのかなどとうの昔に忘れてしまった。

ひょっとしたら砂嵐の吹きすさぶ異世界的な荒野が広がっているのかもしれない。

火星?或いは地球から何光年も離れた場所にあるグリーゼ581β星の光の当たらない部分のように。

そこには人が住むには困難にすぎる過酷な環境がただ漠として広がっていることもありうるだろう。

しかし、そんな不確かな事実は観測不能の猫箱のようなものとして放っておくことにする。意味がないからというわけではない。部屋の外がどうなっているかについて考えることには大いに意味はある。だが、僕はとうの昔に考えるのをやめた。こうすることで箱の中にいる猫は自分の方なのか世界の方なのかという残酷な逆説について頓着せずにいられる、防衛機制の一種と言った方が自己分析として正しいかもしれない。真実を知るのがあまりにも怖かったから。どんなに思いを巡らしても僕がここから出ることは物語の進行上ありえないことなのだから考えてもしょうがないこととして処理することにしよう。

そのようにして目を瞑り4日間だけ眠ることにした。

目が覚めた時には豊かな空想の世界が目の前に広がっている。

そう信じて目を瞑る。真っ白な部屋の中で僕の心だけが藍色に染まった。

次に歳をとった時、その真っ白な部屋の入り口をノックした音は6つ、足音は7人分もあった。

しかし、ドア越しに感じ取った悪意は13人分存在した。

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