第33話 神鬼、時々、一般人【2】


 今は考えるよりも奴の動きを止めて結蔵を追うのが先決だろう。

 総士は龗で雪華を眼前の化物を包み込み、御津羽で軌跡を描き断ち切る。


 包み込んでいた雪華が霧散し中から出てきたのは、所々は凍っているものの未だ自由の身を謳歌する人型のなにか。


 「郷さん、こっちは俺が何とかします! 神蔵をっ!」


 郷は総士に修業をつけられるほどに強い。だが、飽く迄もそれは人としての話である。神鬼の力で圧倒できないのであれば先行してもらった方が間違いがない。その考えは郷も同じだったようで「申し訳ありません」と言葉を残して走り始める。


 郷が化物を通り抜けようとした時、無数にある目のうち半分が郷を捉え、郷を薙ぎ払うべく太く大きな腕が振るわれる。


 「二度とらせない」


 頭に浮かんだ映像はログハウスでの二つの遺体の姿。どうやら総士は自分でも気付かないうちに大切なモノが増えていたようだった。


 右手に迦具耶を顕現させると同時に二つの軌跡を描いて断ち切る。軌跡の先にあったのは郷に向かって振るわれた腕の肩口。瞬く間に走った二つの軌跡がぶつかり合い、一際大きな音を立てて爆ぜると同時、大きな体を揺らした化物は肩から先を地面へと投げ捨てる。


 (………ん?)


 軌跡を描いている途中、少し違和感を感じたのだが……今はそんな事よりも目の前の状況を打開する為に動くのが優先だろう、そう頭を切り替える。


 「郷さんっ! お願いします!!」


 郷は走りながらも器用に頭を軽く下げ、勢いをそのままに倉庫を後にした。


 「あとは徐々に削っていけば…………って嘘だろ」


 郷を見送った総士は化物へと視線を戻していた。迦具耶と御津羽が起こす水蒸気爆発で腕を吹き飛ばせたのだからそのまま動かなくなるまで削ってやればいいだろう。そんな事を考えたのだが、目の前の光景に断念するほかなかった。


 「死体を食らって体を………」


 はじけ飛んだ腕とは反対の腕で倉庫内に飛び散っていた死体を無造作に掴んだ化物はそれを口へと運んだ。盛大な粗食音を撒き散らしながら、そのすぐ後には腕が生えてくる。無数の死体が転がるこの場所において、限りがあるとしても時間が取られる。


 それなら………と、総士は御津羽を戻し、両手で握った迦具耶を構えて肉薄する。化物に意識があるのか、近づいて来る総士を他叩き潰そうと振られた腕を鼻に掠めながら身をひるがえし、化物の首目掛けて地面を蹴り飛ばす。


 「これで食べられないだろっ!」


 深紅の刀を一閃。化物の首を跳ねると同時に化物をすり抜けて空中でくるりと体を反転させ、天井を蹴っ飛ばして地面へと着地。化物は斬られた頭が鼻にこべりつく匂いを撒き散らしながら塵と化す。


 化物の動きを注視しする。


 目が見えなくなったのか、四肢を振り回しながら暴れるそれに憐れみさえ感じ始めた頃、偶然にも掴んだ自身の腕を体をこすりつける様に押し込んでいった。


 押し込まれた腕が吸収されるかの様に体の中へと消え、再び頭が生える。


 その光景を見ながら、総士は化物の首を斬った時の手の感触を何度も確かめる。何度も確かめて、それが間違いない事を確認した総士は、結蔵が ” ヒントは千刻の義です ” という言葉の意味を知った。


 死体を使った千刻の義………。


 後に死選しせんの義と呼ばれるようになる儀式を超えて産まれた化物。大きさからして、いくつの死体を積み重ねればこうなってしまうのだろうか。


 見る限り人としての意識などは無く、神としての矜持も無い。そこにあるのは衝動に突き動かされるだけの肉の塊。


 総士は一筆書きで火の軌跡を走らせる。足元から頭に向けて螺旋階段の様に。


 斬っても凍らせてもダメならば、肉体全てを塵と化すしかないだろう。そうして走らせた軌跡を断ち切る。描いた軌跡に灼熱が走り抜け、それは激しい光と熱量を撒き散らす。


 「………ごめん」


 和馬の実験の副産物だと言っていた化物。それは失敗して死んだ被害者たちだろう。そのきっかけは総士の内に宿るイナミを奪うため、実験を繰り返した仮定に産まれた存在。

 和馬が勝手に始めたことで、総士のあずかり知らぬ所で産まれた存在であるにも関わらず、なんともやりきれない思いを胸に抱えていた。


 視線の先で、熱と光の本流から徐々に闇を取り戻していく。

 それと同時に見えてきたのは、諦めないと言いたげな化物の意思表示のように思えた。


 うっすらと水色に輝く膜を纏い、化物はその無数の目を総士へと向ける。


 「人と神の意志は無くても、神の力だけは健在……か」


 神意で守られた化物を視界に納め、再び重心を下げる総士。

 執着と無念だけが形作るのなら、それを終わらせなくてはいけない。

 最後は違ったとしても、育ての親である和馬が残してしまった産物なのだ。誰かを巻き込む前に片づける位の事は子供としてはやっておきたい。そう思った。


 総士は再び地面を蹴り飛ばす。瞬く間に化物の足元へと辿り着いた総士は迦具耶を横なぎに振るって化物の両足を纏っている水色の膜ごと一刀のもとに斬り伏せる。


 化物の視線が総士に追いつくと同時、化物の両腕が蠅でも潰すかのように総士へと迫る。壁が物凄い勢いで迫ってくるような圧迫感を両側から感じ、真上へ飛び退くと同時に体を捻りながら更に迦具耶を一閃。その一振りは化物の両腕を肩の少し先から斬り落とす。つづけざま、天井に向かっていく途中、再度化物の首を跳ね飛ばして天井に着地する。


 天井から四肢を斬り落とされた化物が悲痛の雄たけびを上げながらも、滑り落ちていく首から先についている無数の目は未だ総士へと向けられていた。


 まだ足りない。


 天井を蹴飛ばし、そのまま残っていた胴体を頭上から地面へと向けて一振り。胴体の半ばまで来たところで体を捻って横なぎにもう一太刀浴びせて着地。四肢と首を地面へと落とし、十字に斬られた胴体を一瞥した総士は、念のためにすぐさま後方へと飛び退く。


 総士が後ろへと飛び退いた頃には、ぶつ切りにされた化物の体はそれぞれが爆発的に燃え上がる。


 「────眠ってくれ」


 総士は左手に御津羽を顕現させ、二つの軌跡を化物の傍で絡ませてから化物を中心に螺旋状に描き、断ち切る。刹那、連鎖的に起こる爆発が光を伴って視界を埋め尽くし、熱風が頬を殴りつける。


 真っ白な視界の中で落としていた重心を戻し、結果を見守る総士。


 全身を同時に燃やし、連鎖爆発によって体を微塵も残らずに霧散し、これで目の前の空虚な化物も安らかにな眠れるだろう。


 それを証明するかのように暗闇に戻っていく視界の中で総士は辺りを見渡す。いつの間にか差し込んでいた月明かりが倉庫だった物の中を照らし、埃が月明かりを反射して白くキラキラと輝いているなか、化物だったものの形は何処にもなかった。


 無事に眠りにつけただろうか………などと感傷に浸りながら空を見上げる。


 必死だったという事もあってか、倉庫は原型を失っていた。屋根だけではなく壁すらも無い。いっそのこと、微妙に残っている鉄骨やスレートを片付けた方が綺麗に更地になりそうだ。


 「………最初に壊したのは俺じゃない………よな」


 損害賠償金は一体いくらになる事だろうか。いや、考えてはいけない。こんなにも夜空は綺麗じゃないか。


 感傷に浸っていたはずだったのに、気付けば現実逃避を始める総士がそこにいた。


 「あっ、郷さんを追わないと……」


 総士は郷が走り去っていた方へと体ごと向ける。壁が無くなってすっきりとしたその先は海になっているようで、波打つ姿が視界に飛び込んでくる。


 コンクリートの淵で足を止めた総士は、水ががコンクリートを叩いて奏でる音楽に癒されながらも、視線はすぐ右隣りに吸い込まれる。


 「………他に方法はなかったのか」


 半ばジト目になっている事には気付かずに総士が見た先には、まるで拳で殴りつけて描いたような矢印があった。拳大の小さなクレーターにはうっすらと赤い染みの様な物が出来ていて、それが並ぶことで描かれた矢印。


 郷が作ったであろう矢印は海へと向かって伸びていた。だが、その矢印の先には広大な海が静かに波を打つばかりで、総士の視界には何も映らずにどうしたものかと考えていると………。


 「………あ”……ぁ”………」


 微かに耳に届いた腹の中を這いずり回る様な声音。それが総士の後ろから聞こえてきた。


 弾かれる様に視線を後方へと向けた総士が「嘘だろ……」と呟く。視界に入ってきたのは月明かりを浴びて青くキラキラと光る埃。それは明らかに意志を持って倉庫だた場所の中心へと集まっていく。徐々に勢いを増して集まっていく青い埃、それはあっという間に人型の化物へと姿を変える。


 目の前の化物に対して感じていた空虚な想いは膨張し、それと同時に冷や汗が背中を伝う。


 目の前の化物を現世に縛り付ける物が何なのか、どうすれば解放してあげられるのか、総士には思いつかなかったから。


 それでも、このまま放置するなんてことはしたくない。でも、どうすれば止められるのかが分からない。


 迦具耶と御津羽を握る手に力が入る。


 (……ん? また何か……)


 郷を逃がす時にも感じた違和感に似た何か。自身の体に神経を傾けるとドクンッ、ドクンッと、辛うじて気付けるくらいの小さな鼓動の様な物が全身を駆け巡っていた。その小さな鼓動をがどこから来ているのかと、体を見渡して見る。


 「………迦具耶に………御津羽?」


 いーちゃんの血を飲み干した時に現れた血管にも似たいくつもの筋が脈を打つかのように鼓動している様に感じた。目に映るのは明滅しているだけのその刀は、確かに鼓動を総士へと届けると同時に───。


 (((父母神とふかみよ………)))


 総士の中で三つの声が重なって聞こえてくる。


 (ソウ、聞こえてる?)


 唐突にイナミが総士にだけ聞こえる声を上げた。いつもならすぐに答えるのだが、普段とは違う大人びた声音に躊躇ってしまった。


 (迦具耶達がソウの力になりたいんだって。この子たちの願いを聞いてあげて?)


 イナミの言葉に思い出すのはいーちゃんが言っていた言葉。そして、あの時に感じた感覚を寸分たがわずに思い出す。


 「迦具耶、御津羽、龗。気付いてやれなくてごめん。お前たちの調子が悪かったなんて全然気づいてなくて……」


 イナミ達とは違って人の形を取る訳でもなく意志と言う意思を伝えてくることも無い。さっきの様にいまいち分からない言葉を二度聞いただけだ。でも、それは自分が鈍感なだけだったと感じている。


 いーちゃんはイナミや迦具耶達の異変に気付き、イナミは迦具耶達の想いを口にした。それは確かに意志がある事を示しているのだろうと。


 「今は……どうだ? 体の調子は?」


 総士の言葉に応えるかのように体がドクンと大きく揺れる。言葉にはならない想いの様な物が総士の体を駆け巡り、その次には握っていた迦具耶と御津羽が姿を変える。


 深紅だった刀はどんどん黒く染まり、その刀身からは赤黒くなった炎がうっすらと揺らぎ、秒針の様に細かった剣は総士の背丈ほどに柄と刃が大きな大鎌に。それも重さを一切感じさせないその大鎌は水の様に透き通った物へと。


 「迦具耶も……だけど御津羽もすごい変わったな」


 迦具耶と御津羽の変化に驚きつつも、初めて言葉を発した赤ちゃんを目の前にした様な感情が胸を染めていく。


 片手に刀、もう一方の片手には大鎌と今までよりも異様な姿に苦笑をしつつ、一度迦具耶に「もう少し待っててくれ」と言って自分の中に戻し、御津羽を両手で握りしめる。


 「じゃあいこうか」


 呟いた総士は呻くような声を上げた化物をしっかりと見据え、コンクリートを蹴飛ばす。


 バンッ、と何かが破裂するような音を発した瞬間、総士は化物の足元に姿を現し、そのまま大鎌となった御津羽を左から右へ一振り。そのまま鎌の柄を体に巻き付かせるように動かし、体を中心にクルッと回ってきた鎌を受け取ると流れる様な動作で今度は下から上へと飛び上がりながら斬り上げる。


 「御津羽、もうちょっと練習して上手く使える様になるから今はこの位で我慢してくれ」


 大鎌など今まで手にした事すらない。今は御津羽の意志を一つ一つ感じ取れるように振ったに過ぎない。


 夜空に浮かび上がった総士は視線を下に向け、軌跡を描いてみる。今までは一筆書きの様に描いていた軌跡。それが今は総士が意識した場所に無数の軌跡が描かれた。


 御津羽の元気な姿を目の当たりにして、驚きよりも嬉しさが勝った総士の口角が控えめに上がる。


 化物へと延びる無数の軌跡を大鎌で一振りで断ち切ると、刹那の間に化物は怒号の様な声を上げた。夜風がしたから吹き上げてきてるような錯覚の中、自然落下で地面へと戻ってきた総士が目にした時にはみじん切りにされた化物だった。


 みじん切りとなった化物の破片一つ一つの切断面から漏れ出る水がコンクリートに吸い込まれ、その代わりに化物の破片はミイラの様にしおれていく。


 「ありがとう御津羽。一度戻って休んでくれ。────迦具耶、準備はいいか?」


 総士の言葉に呼応して姿を消した御津羽と右手に違和感なく収まった迦具耶。


 塵となってなお現世に縛り付けられている化物。目の前では干からびた破片が最初の頃よりはゆっくりだったが風に流されるような自然な流れではなく、一つの場所に這いずる様に集まり始めていた。


 握り慣れた感覚と見慣れない姿になった迦具耶を握りしめ、軌跡を描く。


 御津羽と同じように無数に伸びた軌跡は化物を包み込む。

 その光景がまるで御津羽に対抗している様に思えた総士は苦笑いを浮かべたが、次の瞬間には一つとなり始めている化物を見据える。


 御津羽の攻撃が変化をもたらしたのだろう。最初に見た時よりも数段と小さくなった化物は、土色の肌をそのままにしわくちゃな皮を被り、動きもどこかぎこちなかった。


 「時間かけて悪かった、もう休んでくれ」


 総士の視界で無数に伸びた軌跡を赤黒い刀で一刀。今までであれば深紅の炎が顕現していたのだが、総士が断ち切ると共に顕現したのは闇夜の炎。その色はいーちゃんやイナミの髪を彷彿とさせるほど闇夜に溶け込んでいた。


 その炎は不思議な事に熱などは一切なく、いつもな頬に感じる熱風なども襲ってこない。淡々と、まるで侵食していくように化物を包み込んだ闇夜の炎はしばらくゆらゆらと揺らめいたあとに霧散していく。


 炎が消え去り、その場にはなんも残っていなかった、塵一つ、埃一つ無かった。それどころか、黒い炎が触れた部分は地面や鉄骨も含めて綺麗な曲線を描き抉れていた。どれも表面がキラキラとガラス状になっていて、月明かりを反射してる姿はどこか神秘的な物にさえ見えていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る