第6話 神鬼、時々、思想省【4】


 修練場で一方的にやられたあと、以前と同様に地下にある神職用の寮を一室借りた二人は、以前と同様に一つのベッドに二人で眠りに就いた。


 やましい理由などではなく、この地下に建設された寮では空調はしっかりと働いているものの、窓がある訳でもなく人工の明かりしかない。


 体が覚えているからこそいつもの時間に起きれはするのだが、日差しや朝独特の少しだけ湿気を含んだひんやりとした空気がどこにも無く、寝ぼけた頭がハッキリしない。


 一人で寝起きをした時はあまりの憂鬱さと霧の晴れない頭のせいで、寝ては起きてという生活を一日中してしまったことをきっかけに二人で寝るようにしている。どちらかが寝そうだったら起こしたりなど、惟神大社の寮では協力の素晴らしさを実感させる場所となっていた。


 今は予定より早く起きてしまった総士がベッドの上で丸くなっている陽葵を欠伸をしながら見ているところだ。


 ───コンッ、コンッ。


 寝ぼけたまま扉へと向かった総士は「はーい」と言ってから扉を開けると、そこに立っていたのはいつもの巫女姿ではなく、珍しく私服に身を包んだ神蔵が立っていた。


 「……何度見ても不健全だし」


 「そうか? 別に俺は普通だと思うけどな」


 開口一番に悪態を吐き出した神蔵はごみでも見ているかの様な視線を向けていて、総士はそれを追う様に振り向く。


 「まじあんたら未成年でしょ。花の高校生が男女で同じ部屋に寝泊まりとか……。マジありえなくない?」


 「……そうか?」


 今時「花の高校生」なんて言葉も聞かないけどな、と密かに思う総士。


 「あんた………修業するなら常識からにした方がいいんじゃね?」


 一体神蔵は何を言いに来たのか。総士としては用があるのならともかく、わざわざ朝から悪口を言いに来たのならたまったもんじゃないと、少しばかり反論しておくことにした。


 「神蔵、常識って産まれた環境と周りの人間で変わるもんだぞ? 少なくても俺はお前に理解されたいとも思わないからどうでもいいけどな。だからと言って、お前の常識を俺に押し付けるのだけは勘弁してくれ」


 神蔵の言っている意味が分からない訳ではないが、それはそれ、これはこれなのだ。


 「マジ朝からうぜぇ……。つーかそんなことより空璃様が呼んでるつーの。それと、その後は郷に車出してもらうから荷物まとめろし」


 「はぁ? こんな朝早くからかよ。……まぁ帰りたいのは俺もだからいいけどな……。とりあえず陽葵起こしたら向かうって伝えといてくれ」


 「はぁ? まじでなんであたしがあんたのパシリみたいなことしなきゃいけないのよ。まじでサイアク」


 「ほら、着替えるからさっさと行ってくれ。それとも見たいのか?」


 総士がその場で寝巻を脱ごうとして、顔をリンゴよりも真っ赤に染めた神蔵が「バンッ!」と叩くように扉を閉める。


 (……うい奴め)


 関りを持たなくていい人間なら無視をするなりはぐらかせばいいだけ。問題はなまじ関りを無くせない奴。同級生しかり、神蔵しかり。そういう人間に総士は決まって嫌われるような真似をするのは人生の中で学んだ処世術のようなものだった。


 足音が聞こえなくなった頃、陽葵が寝ぼけ眼を手で擦りながらもぞもぞと動くのが分かる。


 「……ソウ?」


 「起こしちゃったか?」


 「……ん、大丈夫」


 「それよりも空璃のじじいが呼んでるってさ。それと郷さんが車出してくれるから帰る準備もしてくれだって」


 「………ん。すぐやる」


 今日は土曜日。家に帰りさえすれば二日間の平穏が待ってるのだ。気合など絞り出せば想像以上に出てくるもので、あまり時間をかけることなく寝巻姿から帰宅する準備を終えた二人は、荷物を纏めてから空璃の待っている部屋へと向かうことにした。


 空璃の部屋を訪ね、総士たちを迎えたのは空璃と先日の二人。それと部屋まで呼びに来た神蔵と郷の5人だった。


 「おー来たか総士殿。陽葵嬢も昨日は殆ど話をせんかったからのぉ~。元気そうでなによりじゃ」


 「空璃様、おはようございます」


 いつもと変わらぬ表情だが、深く頭を下げる陽葵。


 陽葵にとって空璃や神蔵、郷も含め総士を救ってくれた恩人。その中でも書面上とはいえ、総士と陽葵の保護者となっている空璃には礼を欠かす訳にはいかなかった。


 空璃の指示で部屋の中央にあるソファーに腰を掛けると、空璃は真剣な眼差しで総士へと視線を向ける。。


 「それで……話ってなんだ?」


 「なに、ちょっとした注意喚起じゃよ。各地に点在する神社や寺から御神体が盗まれていることが分かってのぉ」


 「……ちょっと待て。御神体って確か思想省の管理下だったはずだよな?」


 「そうじゃ」


 「確か簡単には入れるもんじゃなかったよな?」


 総士は惟神大社で暮らしていたことを思い出しながら口を開いていた。


 当時連れてこられた時、空璃や神蔵から自分の身に何が起きたのかを事細かに説明されたが、知らない単語や知識が多すぎてすぐに理解することは叶わなかった。


 それを見かねた空璃が、自身の特権を持ちいて進入禁止区域に保管されている神具や呪具、御神体や神仏などを見せてもらった時のことを。


 「よぉ~覚えとったのぉ。基本的には指紋認証・網膜認証、呪具なんかに至ってはDNA認証も必要じゃな」


 「だったら俺なんかじゃなくてさっさと警察にでも言えばいいだろ」


 盗難であれば警察。これは当たり前の話ではあるが、空璃は首を軽く横に振る。


 「警察なんぞ入れた所で邪魔なだけじゃよ。それに解せぬのはそこじゃないんじゃ」


 「……まさか」


 「 ” 千刻の義 ” を受けた総士殿なら言わなくとも分かるじゃろ?」


 昔から御神体は神の宿り木とされている。それは昔も今も変わらないおとぎ話。それでも、それを信じた者達が始めた【神を御神体から剥ぎ取り、人に神を移す儀式】。それが千刻の義。


 総士の時に使われた御神体は懐中時計という珍しいものであったのだが。


 「相も変わらず御神体や呪具に関しては分かっとらんことが多いんじゃが、今でも思想省を中心にその要因を密かに研究しとる訳じゃ。現状分かっとるのは千刻の義を含めたいくつかの儀式媒体として用いられることくらいじゃしのぉ」


 「……ってなると ” 神頼み ” をするかもって話か?」


 神頼みはその名の如く、神を宿した総士にお願いすることから名付けられた総称。


 「ほほほ、話しが早くて助かるのぉ~。毎度変わらず組織と言うのは面倒なもんじゃ。理由がなければな~んもできん。動けるならばワシが始末してもええんじゃが………それには善良な一般市民・・・・が巻き込まれたなどの理由が必要じゃて」


 「分かったよ。じゃあ善良な一般市民を巻き込む時くらいは連絡入れろよな」


 「よく巻き込まれる市民もいたもんじゃて。流石に同情の念を感じずにはいられんのぉ~」


 「いつからこの国はこんなに不穏な国になったんだよ……」


 総士が神頼みを行うのは今までだけでも両手両足を足しても足りない。それら全てが千刻の義絡みだったのは偶然なのか必然なのか、それは誰も知る由がない。


 「毎年の行方不明者の数はおおよそ年間7万人にものぼるんじゃ。その1割程度は原因も分からずに未だ行方知れずのままだと考えれば、総士殿だけで対応できているだけでも数は少ないもんじゃよ」


 「……平和な日本はどこにいった」


 若干遠い目になってしまう総士は溜息を吐き出し、空璃は表情を崩さずに続ける。


 「まぁ安心せい。今はまだ確証もなんも無ければ実行犯すら分かっとらんのじゃ。可能性の1つでしかないからの」


 「それは……ソウじゃなきゃダメ?」


 総士の隣から聞こえてきた陽葵の声。それは微かに震え、膝の上に乗せていた手はギュッと強く力を込めた握り拳があった。


 「陽葵嬢、気持ちは察しますがの、総士殿は巻き込まれたとはいえ、既に思想省の保護下に入っとるんじゃ。大義名分も無しに ” やれません ” などと言えば大変になるのは総士殿だというのは分かるじゃろ?」


 震わせた握り拳はそのままに、頷くしかなった陽葵。


 陽葵自身も理解はしている。今の生活を送れているのが空璃達や思想省の支援があってのこと。そして、今の自分達には現状を変えることが出来ないのを。


 「……それで、神頼みの話は置いといて、両隣の人は誰なんだ?」


 どうにか話を逸らそうとして、総士は空璃の両隣に腰を掛けている中年の男女へ視線を向けながら空璃へと尋ねた。


 「そういえばそれがまだじゃったな。こちらの二人は───」


 「空璃様、私の方から自己紹介させて頂きます」


 総士が部屋に入ってから一言も喋らなった二人の内、男が空璃の言葉を遮るようにして話し始めた。


 「先日は挨拶もままならずに大変申し訳ありませんでした。私は芽愛の父で神蔵かぐら 結蔵ゆいぞうと申します。そちらに座っているのが妻の美幸みゆきです」


 総士は神蔵をチラリと見るが、娘であるはずの神蔵は無表情で両親と目を合わせることも無く、ただ壁の一点を眺めているだけ。


 総士は朝の不機嫌さを引き摺っているのかもしれないと考えてみるが、わざわざ自分から面倒に触れる必要はない、と結蔵に視線を戻した。


 「初めまして。自分は神童治 総士と言います」


 「これはご丁寧にありがとうございます。いつかご挨拶できればと考えていたのですが……なかなかお会いする機会が作れずに時間ばかりが経ってしまいました。先日はお会いできるのを楽しみにしていたのですよ」


 「そう……ですか」


 ───どうでもいい。


 自分から聞いておきながらも総士はそんなことを考えていた。


 空璃や郷、桑折などには面倒を掛けている自覚もあるが、目の前の二人はそうではない。総士は今までもこれからも大人………いや、他人を好きになれる自信がないのだから。


 「私達は仕事柄、様々な場所に行くことがありまして、今回は空璃様からの依頼で各方面の情報収集などを行っています。昨日からここに来ていたのも私達が各地で得た情報の報告がおもだった目的ですね」


 今度は結蔵の説明に大きく頷いた空璃が口を開いた。


 「そう言うことじゃ。まぁワシが知っとる以上のことはあまり出んかったから想定通りと言った感じじゃな。今同席させてるのは情報共有の為じゃよ」


 「……? それって俺は別に関係ないんじゃ……?」


 「総士殿、自分が何と呼ばれているのか忘れておらんか?」


 「神鬼だろ? あれいい加減辞めてもらえないのか? あの呼び名好きじゃないんだ」


 「神鬼とはなんじゃ?」


 「神の僕、神の代行者って意味だったよな? 俺はそんなんじゃない」


 「そうじゃ。正確には神の依り代になった人間のことを言う。つまりじゃ──」


 座ったまま上半身を前に乗り出した空璃は続けて口を開く。


 「生きた御神体の様なものじゃ」


 「……あっ」


 「ここに初めて来た時も説明したじゃろうに……」


 開いた口が塞がらなかった総士だった。


 なぜ注意喚起と神頼みが一緒なのか、総士が知ることはこの先もない。………たぶん。


 

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