死神が幼女で俺が依り代 ~神子 編~
Rn-Dr
before story 出会い
B1話 夢、時々、約束【1】
* before story を読まずとも序章からだけでも本編の内容は理解できるかと思います。気になる方、また、本編を読了後に気になった方などがいましたら読んで頂けると幸いです。
主人公である神童治総士と自称死神であるイナミの出会いの物語となっています。
────────以下、ストーリー。
「なぁ、本当に出ていくのか? 陽葵もだけどチビ達も寂しがるぞ?」
長テーブルに向かいう様に腰を掛けている男が二人。尋ねた男の方は中年男性で、名前を
和馬はテーブルに両肘を着け、手の甲には不安そうな顔を乗せていた。
そんな視線を受けながらもどこか生き生きとした表情を崩さないのは、今日中学校で卒業証書を受け取ったばかりの
「あぁ、前々から言ってたじゃん。働ける歳になったらここを出るって」
”ここ” とは、和馬の経営する児童養護施設───
「それにこの話を持ってきたのは和馬だろ?」
総士が中学三年生になった頃、施設長である和馬が里親候補を連れてきたのがきっかけだった。
里親候補と言っても、連れてきたのは中年男性一人で、会社の跡継ぎがいないのをきっかけに子供を引き取ることを考え始めたという男性だった。
その話を聞いた総士は多少の迷いはあったものの「行きます」と即答した。
「そりゃそうなんだけどなぁ……。まさかソウが納得するなんて思ってもみなかったしなぁ……。だって連れてきた初日だぞ? 普通は考えさせてくださいとか言うもんだろうよ。───なぁ、もう一度考えてみないか?」
和馬が寂しさと願いをふんだんに含んだ顔を向けると、つんっと顔を背けた総士。内心では熱くなっていく顔と心がバレなければいいなと願いながら。
「やだよ、もう決めたんだから」
「そうか……」
和馬がポロシャツの胸ポケットから煙草を取り出し、そのジグザグに曲がった煙草に火を着ける。吐き出された甘い煙は和馬の顔を覆い、目の前の総士まで甘い香りを届けた。
もう嗅ぐことの無いだろう香りをすぅーっとゆっくり吸い込むと、すぐに襲ってきたのどの痛みにげほっとむせ返る。
熱の増した顔を背けたまま一呼吸入れ、真剣な眼差しを和馬へと向ける。
もっと自分の想いが伝わる言葉は無かったのだろうかと今日の為に考えてきた総士だが、ありがとう以外の言葉が見つからなかった。だからせめて……と言葉に伝わる様にと願いながら口を開くことにした。
「和馬、本当にありがと」
吐き出した言葉と共に勝手に熱くなってきた目頭を押さえ、見られない様に席を立つと可能な限り平然を装ってその場を立ち去る。
その足で総士は玄関へと向かう。
熱くなった体を鎮めたかったと言うのもあるが、明日には何年も暮らしたこの地域を去ることになるのだ。最後と言う訳ではないが見納めをしておこうと思った。
玄関に並んだ無数の靴から自分の靴を探し当てた総士は、埃を払った後に足を通す。
「ソウ。……本当に行くの?」
背中から聞き慣れた声が総士の動きを止める。
───あぁ。
と言いたかったが、不思議と口から出ることは無かった。
だから代わりの言葉を口にすることにする。
「……散歩でも行くか?」
「………ん」
声の主───
いつもの散歩コース。
街路樹と外灯が交互に姿を変える片側に二車線の道路。二人は言葉を交わすことなく歩道を歩き続けると、幼児達ですらあまり来ないだろう小さな公園へと辿り着いた。
いつもの様に、ギリギリ腰が収まるブランコへと座る二人。
「……まだ答え、聞いてない」
陽葵は元からか細い声をしていて、ハッキリと物事を言うタイプではない。それでも、今の声は一段とか細く感じた総士は心のままに言葉を吐き出す。
「勘違いするなよ。陽葵と離れたいとか葦原園が嫌いだとかそんなんじゃない」
里親の話が来た時、そこにいたのは総士と里親候補、それと施設長の和馬だけ。即決したせいで陽葵が口を挟む機会が無かったのは自分のせいで、それに対してしっかりと説明しなくてはいけない。ただ、それで納得がいくかどうかはまた別の話だろう。
「やっぱり……、行っちゃうんだ」
誰もが一度は考えるであろう ”もっと気の利いた言葉は無いのか?” と、総士も自問自答をするも、そんな器用ならばもっと上手くやっていただろう。だから思いのたけをそのまま吐き出すしかないのだ。
「……働いて、金貯めて。そしたら必ず迎えにいく。それで一緒に働いて、一緒に暮らそう」
「……ん」
「和馬にずっと迷惑かけていられないからな。出来るだけ早く迎えに行く。だからそれまで待っててくれ」
「……ん」
肩よりも少し上でふわりと髪を揺らし、総士へと視線を向けた陽葵。いつもよりどこか悲しさを帯びる表情を見ながらも、総士は陽葵の頭をゆっくりと撫でると少しだけ表情が和らいだのが分かった。
辺りが赤く染まり始めた頃、葦原園に戻るために公園を後にした二人が足を向けたのは、帰り道の途中にあるコンビニ。普段ならそんな贅沢をする事は絶対にない二人だが、今日だけは…… と、寄ることにした。
「陽葵は何がいい?」
「強炭酸がいい、味はソウが決めて」
陽葵にそう言われ、ジュース類が陳列された冷蔵庫のガラス戸を開いて杏味の炭酸飲料を手に取り、その足でレジへと向かう。途中、ズボンのポケットへ手を突っ込んで全財産を取りだしておく。
レジで全財産である500円を出してお釣りと炭酸飲料を受け取った時、自動ドアが開く音、それと聞いただけで軽薄そうな男の声が他に客のいない店内に響き渡る。入ってきた人物を見た総士は運が悪かったと後悔するしかなかった。
「つっと~ん、今日のカラオケ誰が来るんだっけ?」
「俺は知らん」
”つっと~ん”と呼ばれたのは角刈りヘアーがポリシーの
陽葵の手を取り、出来るだけ目立たない様にコンビニを出ようとするも、自動ドアの開く音が二人の視線を吸い寄せる。
「おっ、あれって ”くっつき虫 ” じゃね?」
「……そうだな」
登下校も休憩時間も、殆どの時間を一緒に過ごしてきた総士と陽葵。それは他人から見たら総士が陽葵にくっついているように見えたらしい。そしてついたあだ名がくっつき虫。
気付かれたのならば逃げればいい。
そんな風に考えていた時期が総士にもあった。
見ず知らずの人に絡まれたのならそれでも構わない。とにかくにも、こういった輩がしつこいのは世界共通なのだろう。
「なら話しかけないでくれ」
「ん? 隣にいるの陽葵ちゃんじゃね?」
総士の背後に隠れる様にいた陽葵を覗き込んだ真司がにやけた顔を晒す。
施設育ち、虐待。
よくも悪くもネタにされるワード。同情の目だったり、はたまた目の前の二人の様に対等な人間とは扱わない人種など。” 普通 ” から外れた総士たちを対等な人間として扱ってくれる人は殆どいなかった。もちろん学校側は個人情報なので漏らす事など無いけど、体に付いた傷は消えなくて、人の口に戸は無い訳で。
総士は陽葵の手を握りしめ、歩道を進む。コンビニから離れておかないと店側に迷惑が掛かるし、大事にされかねない。
「おいっ! ちょっと待てよ!!」
辺りに人気が無いのを確認して、わざわざ追いかけてきた二人を迎える為に立ち止まり、そして振り返る。
「一体何の用だ? 今日でお別れなんだから放って置いてくれてもいいだろ」
今日は中学の卒業式があった日。里親の事を抜きにしても真司と仂と会うのは最後だった。
「くっつき虫に用はねーよ。用があんのは陽葵ちゃんだけだってーの」
「まぁ……神童治と話す事はないな」
真司と仂は総士の方をチラリと見るも、その視線はすぐに陽葵へと向けられた。そんな二人に見られた陽葵は会釈をする。これは陽葵なりの処世術だ。
「ねぇ~これから卒業祝いでカラオケ行こうって話してたんだよ、よかったら陽葵ちゃんもおいでよ! お金とか気にしなくていいからさ!」
「遠慮しておきます。これから用がありますので。失礼します」
いつもののんびりとした口調ではなく、捲し立てるように早口で言い切る陽葵。そのままクルリと方向転換し、葦原園へと足を向けて歩き出そうとするも、それで事なきを得られるのなら普段から苦労はしなかっただろう。
「ちょっとだけだからさ~、くっつき虫なんかと付き合っててもロクな大人にならないって~。俺たちと親交を深めようよ~」
言いながら真司が陽葵の腕を掴み、それと同時に陽葵の心臓は跳ね上がった。
幼い頃、両親に引っ張られて連れて行かれた反省部屋で受けた暴力。その記憶がフラッシュバックしたのだろう。
朝、目が覚めて「おはよう」と言えば「朝からうるさい」と言われ、頬を握り拳で叩かれる。
ご飯を食べれば「もっと静かに食えよ」と言われ、反省部屋へとご飯と共に投げ捨てられる。
黙って座っていれば「視界に入るな」と言われ、やはり反省部屋へと連れて行かれ頬を叩かれる。
それは未だ陽葵の脳裏にこびり付いて取れていない。友人面して近付く人間も、” 普通 ”を謳歌する人間も、陽葵にとっては恐怖の対象でしかない。
総士は前髪で隠れた目を吊り上げ、すぐさま真司の手首を力一杯に掴み取る。
「おい、陽葵に手を出すな」
「ってーな! 何すんだよ!!」
「理解しろなんて言わない。でも、そういうのはダメだ。陽葵の気を引きたいならもっと普通に接しろ」
今度は総士が真司の言葉を無視し、空いている手で陽葵の頭を撫でる。無表情を貫いてはいるが、頭に触れた手からは小刻みに震えていた。
「陽葵、大丈夫だ」
「………ん」
真司と仂から陽葵を隠す様に位置取りながら、半歩後ろへと足をずらす。
この流れは中学三年間続いた流れ。このあとに起こる出来事もほぼ毎日行われてきたことだから。
「てめーに用はねぇーって言ってんだろうがっ!!」
真司はいつもの様にポケットに手を勢いよく突っ込み、いつもの様に手に握ったメリケンサックごと総士の頭目掛けて振り下ろす。
その一連の流れをしっかりと目で追いながら、総士はそれを避けることはしない。
「ゴッ」という鈍い音が頭に響き渡り、一瞬飛んだ意識を歯をくい縛ることで耐える。
「真司、それは流石にやりすぎだって言ってんだろ。さっさとカラオケいこーぜ」
(……これでいい。いつもの事だ。あとは勝手に去ってくれるからな)
「───クソがっ!」
そう吐き捨てた真司は苛立ちを隠すことなく、総士に痰を吐きかけると仂を引き連れて目の前から遠ざかって行く。
「ソウ……」
陽葵が震える手で総士の手を包み込む。
「大丈夫だ、いつもの事だろ? 流石に慣れたよ」
総士は殴られた痛さよりも、少しだけ懐かしさと解放感を感じた。
子供はどこまでも無邪気で、どこまでも素直だ。
小学生の頃、体に残っていた傷跡を見ては「気持ち悪い」と言われ続け、そうでないクラスメイトには悲観の眼差しを向けられ続けた。
教室から物が無くなれば「神童治君が盗んだっ」と言わる日々。最初は声を大にして「違う」と言っていた総士だが、多数決で総士のせいにされてからは諦めるようになった。
それから反抗しなくなった総士に訪れたのは、楽しそうに叩いては逃げていく子、珍しく「遊ぼう」とサッカーに誘ってきてくれた子に心を躍らせて付いて行けば、ボールではなく総士の足を蹴飛ばしてくる子たち。
嫌な小学時代を終えて出会ったのは真司と仂。総士と同じ小学校の子達から聞いたのだろう。入学して間もない頃から今の様な出来事は続いた。
それも今日まで。
明日には里親候補の人に連れられて新しい生活が待っている。唯一の心残りである陽葵は、高校生活ではなくてアルバイトをする予定になっている。
葦原園に、和馬に少しでも恩返しがしたいと言っていた陽葵に、後は俺が金を貯めて陽葵との約束を守るだけだ、そう自分自身い誓った。
あとは努力をするだけ。
「暗くなる前に帰ろう」
「……ん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます