焔の魔法剣

 新たなアビリティ【オーバーステア】の使い方に慣れてからは、飛び道具は脅威でもなんでもなくなった。

 シオン・イオリは自分のワザが通用しないことにいら立ったのか、声を荒げた。


「他人のアビリティを盗み、更にそれを持ち主に行使するなんて! 恥を知れ!!」

「恥?」


 さすがの僕もこの言葉にはイラっときた。

 自分勝手な理由で攻撃をしかける人間の方が恥ずかしいよ。

 だいたい、このアビリティ自体、彼女のモノじゃない。


 一応ハッキリさせておくかな。


「そのことだけど。君の父親だってこの場所を偶然発見したんじゃないの? その情報を君に遺しただけでしょ?」

「違う!! これは父が貰ったものよ! 父はカイヴァ―ン様の忠実な信徒だった! 仕事ぶりを評価されたからアビリティを下賜かしされたの!」

「カイヴァ―ンだって……?」


 カイヴァ―ンとは七曜神のうちの一柱の名前。

 昨日の神の名前を聞いたばかりの僕としては、この奇妙な偶然が妙に気持ち悪い。

 下を向けば、その情報をくれたアジ殿が尖った顎を爪で撫でていた。

 真剣にみせかけてるけど、何も考えてなさそうだね。


 だから僕なりに、女ニンジャの扱いについて考えを巡らす。

 

 こうして特別なアビリティを貰うくらいだから、シオン・イオリの父親はカイヴァ―ンの手駒だった可能性がある。父亡き今はシオンの方がその座に就いているかもしれないわけで……、うーん……。なんか色々疑わしく思えてきた。

 この女、嘘をついていないよね?

 最初からターゲットはステラちゃんで、マクスウェル家のダンジョン核を壊して、あらかじめ流しておいたダンジョンの情報で僕等をここまで誘導したんだとしたら……。

 裏稼業系の仕事をまだ殆どやっていないから、他人が敷いた罠について考察しづらいな。けれど……、だんだんやるべき行動は明確になってきたよ。


 さっさとこの女を始末したらいい。


 うん。そうだ。そうしてしまおう。邪魔だし!

 ステラちゃんにとっての危険は一つでも無くしておく方が良いに決まってる!


 僕は右手に火を発生させる。

 エーテルを注ぐ程に炎は赤色から白、そして青色に変化してゆく。


「【魔法剣生成】!!」


 魔法剣士としてのアビリティを行使すると、炎は湾曲の大きい刃物と化す。

 これなら、人間の首を狩るのにちょうどいい形だねっ!


「君にはここで死んでもらうことにしたよ」

「……ほぅ」

「心配しないで! この剣に貫かれたら即死なんだ。苦しまない分、幸せな死に方と言えるんじゃない?」

「何を今更……、元より命を賭して戦っていたでしょう?」

「話が早くて助かるなぁ」

「この私に存分にお前の力を見せて! 【氷菱】!」


 シオン・イオリが行使した技は氷系等の魔法に似ていた。

 僕の足元にたくさんの氷塊が撒き散らされ、みるみるウチに成長していく。

 

「こんなの何の意味もないよ」


 魔法剣を一振りすれば周囲の氷が一瞬で蒸発し、大量の湯気が立ち昇る。

 あぁ、なるほど。

 シオン・イオリの【氷菱】は足止め目的じゃなくて、攪乱かくらん目的だったわけだ。

 濃霧状態の中、僕は真剣を研ぎ澄ます。


 そろそろ来る頃かな?


 予想は当たり、左側の水蒸気がフワリと揺らぐ。

 ビュッと空気を切り裂く音とほぼ同時に魔法剣を振れば、かすかな手ごたえと共に、金属が溶ける音がした。


「……チッ。忍刀か……」


 悲しいことに、ニンジャの肉体には剣先が届かなかったみたい。

 後で魔法剣を伸縮させる方法がないか探ってみないとね。


 取りあえず、今はこの女を消して――


 ――とうとつに、身体の側面に柔らかい何かが当たった。


「兄ちゃぁぁ!!!」


 ギョッとして下を向けば、フワフワの金髪が目に入った。

 アジ殿に収納されていたステラちゃんが何故か僕に縋り付いている。

 いつ出て来たんだろう? 全然気配を感じ取れなかったんだけど……。


「ステラちゃん、そんなに泣いてどうしたの? 痛いところがある?」

「殺しちゃやだぁ! お兄ちゃん怖い! 可愛くない生き物なんか嫌いになるです!」

「……ステラ」


 ステラちゃんが悲しんでいる理由って、もしかして僕の身を案じているから?

 なんてこった。こんないい子、他に居ないよ。


 感動すると同時に、ちょっとした脅威も感じている。

 ステラの目の前でシオン・イオリを殺したら、兄離れするんじゃないだろうか?

 想像しただけで胸が痛くなる。手裏剣が刺さったままの肩よりも耐え難い感覚だよ!


「だめだよ、そんなの! ステラちゃんには一生ブラコンでいてもらわないといけないんだから!」

「兄ちゃ?」

「くうぅ……」


 僕の感情を反映したのか、魔法剣は急速に温度を低下させていて、消えかけている。

 こんなんじゃ敵にトドメを刺せない。

 



 

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