冷たい静寂
鹽夜亮
第1話 冷たい静寂
冷たい静寂のみが私を救済する。
夜風に紫煙が乗る。肌を刺す新春の夜半は、人の身勝手な時節を知らずに揺蕩う。昨日と何が違うというのだろう。六十秒の違いに思想を向ける私は、三番目の煙草に火をつける。
正常を逸脱した手足の冷えが、私が生物であることを忘れさせる。脳裏で自生する残響は止むことを知らない。鹿の鳴き声が赤子の嬌声のように山々に反響している。…残るは木の梢が夜風の揺り籠に無機質な音を響かせるのみである。
微かに聞こえるテレビの雑音が、『おめでとうございます』と騒いでいる。私の手足はその間にも、ただ冷えていく。灯されたライターの火と裏腹に、肺に吸い込む焼けついた煙とは裏腹に。…また鹿が泣いている。
ニコチンに眩暈を覚えた私は、玄関の扉を開ける。中に入ると、『おめでとう』と暖かく言葉を掛け合う家族の声が耳に入った。
居間の扉を開ける。
「明けたよー。おめでとう。今年もよろしくね」
音が覚醒する。静寂が死ぬ。
「気づかなかったわ。おめでと。よろしく!」
鼓膜が振動する。静寂は死んだ。
冷たい静寂のみが私を救済する。
私は、私は、それでもそれが悲しくて仕方がない。
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