旅は道連れ世は情け

「葵様、お下がりください……」


 爽が葵の前に進み出る。青年が口を開く。


「お、俺たちは怪しいものではない……」


「日本語が出来るようですね。何者です?」


「俺はデニス=アッセンブルク」


「ふむ……オランダの方ですか?」


「まあ……そう考えてもらって構わない。こっちが弟のティムで、妹のエマだ」


 デニスと名乗った青年は、弟妹たちを紹介する。ティムもエマもデニスの体に隠れて、顔を少しのぞかせるに留まる。爽が呟く。


「双子さん?」


「ああ、そうだ」


「何故、こんなところに?」


「いや、俺たちはオランダ商館の関係者の家族なんだが、ここに迷い込んでしまってね……」


「嘘ですね」


「……さすがに無理があったか」


 デニスが苦笑を浮かべる。


「こんな隠し部屋にそうそう迷い込まないでしょう。何らかの目的があったのでは?」


「目的?」


 爽の背後で葵が首を傾げる。爽が目線だけ葵に迎えながら答える。


「例えば……誰かから隠れるためとか」


「……まあ、そんなところだ」


「誰かに追われているの?」


「……組織、とだけ言っておこうか」


 葵の問いにデニスは躊躇いながら答える。


「組織?」


「これ以上は言えない。君らにも危険が及ぶからな」


「危険って?」


「もう来ちゃったりして~」


「⁉」


 声のする方に振り返ると、二人の男女が階段を下りてくる。おさげ黒髪の女性が笑う。


「まさか、こんなところに隠れていたとはね~」


「隠し部屋とは、盲点だった……」


 短い黒髪を後ろで一つにまとめた男性が腕を組む。髪型が異なる以外は、顔つきも体格も女性とそっくりである。爽が目を細める。


「こちらも双子さんですか……」


「誰なの?」


「組織の者だ……女がユエ、男がタイヤンと言ったか……」


 葵の問いにデニスが答える。


「そろそろ、かくれんぼは終わりにしましょう?」


 ユエが微笑を浮かべながら首を傾げる。ティムとエマはデニスの体を掴む。


「に、兄ちゃん……」


「お兄ちゃん……」


「大丈夫だ、俺から離れるな」


 デニスが怯える様子を見せる弟妹たちに優しく声をかける。ユエが苦笑する。


「あらあら、怖がられちゃったものね……」


「子供は正直だからな、本性を見抜いているんだろう」


「なんか言った? タイヤン」


 ユエが切れ長の鋭い目をタイヤンに向ける。タイヤンは肩をすくめる。


「お前の好きな軽口を叩いただけだ……そんなにムキになるな」


「ムキにもなるわ。こんな狭い島で、見つけ出すのに手間取ってしまったのだから……」


「だが見つけた……こういうときこそ冷静になれ」


「ふっ、たまには良いこというじゃないの、兄さん」


「たまにはとはなんだ、たまにとは……」


「さて……」


 ユエが前に進み出る。デニスが声を上げる。


「き、貴様らにはティムとエマは渡さん!」


「デニスさん、貴方のお気持ちはもはやどうでもいいわ。奪い取っていくまでよ」


「!」


「氷の矢よりこっちの方が速いと思うけど……試してみる? 下手すると、かわいい弟さんたちに当たってしまうかも……」


 身構えるデニスに対して、ユエが素早く拳銃を向ける。デニスが舌打ちする。


「ちっ……」


「……」


 葵がユエとデニスの間に進み出る。爽が慌てる。


「あ、葵様⁉ 危険です!」


「葵? ひょっとして……」


「そうよ、大江戸幕府第二十五代将軍、若下野葵よ!」


「なっ⁉」


「これは……思わぬ大物が出てきたな……」


 ユエが驚き、タイヤンが顎に手をやる。ユエが平静さを取り戻し、葵に語りかける。


「将軍様とお会いできるとは光栄です。そこは危ないので避けていただけませんか?」


「避けないよ! この子たちをどうするつもり⁉」


「それは貴女様には関係のないことです……」


「どう見ても、貴女たちの方が悪者っぽいし! この出島で勝手は許さないよ!」


「ウザッ……」


 ユエは拳銃を下ろそうとはしない。


「ええい!」


「む⁉」


 そこまで黙っていたおかっぱのショートボブの髪型で、巫女のような装束を着た女の子が自らの掌の上に火を付ける。


「引き下がらないんだったら、この建物ごと燃やしてしまってもよかとよ!」


「……ユエ、一旦引き下がろう。どうやら屋敷の他の連中も騒ぎに気がついたようだ」


「くっ……」


 ユエとタイヤンは引き下がる。デニスが葵を見ながら呟く。


「若い女性だとは聞いていたが、まさか君が将軍とはな……」


「なんてったって現役JKだからね」


「ジェ、JK? そ、それはともかく、なんで江戸にいるはずの将軍がこんな場所に?」


「現在、九州視察旅行の途中です」


 デニスの問いに爽が答える。


「九州視察?」


「うん、十日間の予定で一日目が終わるところ」


「葵様、そこまでは言わなくても……」


「では、後九日か……」


 デニスが顎に手を当てて、考え込む。葵が首を捻る。


「ん?」


「その間に、別の逃亡手段を講じれば、あるいは……」


「デニスさん?」


 ぶつぶつと呟くデニスに爽が問いかける。


「あ、ああ、すまない」


「なにか呟いていらっしゃいましたが……」


 デニスは一瞬の躊躇いの後、葵と爽を見て口を開く。


「お願いがあるんだが……俺たちを保護してくれないか?」


「ええっ?」


「この国のVIPの一人である君と一緒なら、組織の連中もそうそう手は出せない……」


「デニスさん、何を言っているのですか?」


「うん、良いよ」


「あ、葵様⁉ なにを⁉」


 デニスの申し出をあっさりと了承した葵に爽は驚く。


「困っている人たちは放っておけないよ」


「し、しかしですね……」


「旅は道連れ、世は情けってね」


「トラブルに巻き込まれる可能性が……」


「もう巻き込まれたようなもんでしょう?」


「そ、それはそうかもしれませんが……」


「将軍のご厚情に感謝する」


 デニスが頭を下げる。


「葵で良いよ、デニスっち」


「デ、デニスっち⁉」


「ティムくんとエマちゃんもよろしくね」


 葵がティムとエマににっこりと笑いかける。


「う、うん……」


「よろしく……」


 ティムとエマがわずかだが、笑みを浮かべる。巫女さんらしき女の子が声を上げる。


「ちょっと! うちのことを無視しぇんで!」


「えっと……こちらはお知り合い?」


 葵の問いにデニスと女の子が顔を見合わせる。


「いや……何故か助けてくれたのだが……」


「ばりばりの初対面ばい」


「ええっ⁉」


「うち……ヒヨコって言うっちゃけど、うちには不思議な声を聴く力があってね。この子たちを守りんしゃいってお告げがあっとーよ」


「そ、そうなんだ……」


「というわけで、あんたたちに同行させてもらうばい!」


「ええっ⁉ ……まあ、いいよ。よろしくね、ヒヨコ」


「あ、葵様⁉ ま、また……!」


 またもあっさりと了承する葵に爽が頭を抱える。

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