熱くなる面々を焚きつけてみた

「こんな時間にお呼び立てしてしまい、申し訳ありません」


「い、いや、別にそれは良いんだけどよ……」


 放課後を前にした時間帯、爽から呼び出された赤毛の凛々しい顔立ちの少年赤宿進之助あかすきしんのすけは怪訝そうな表情で、葵が結成した『将軍と愉快な仲間たちが学園生活を盛り上げる会』、通称『将愉会しょうゆかい』の教室に入ってきた。既に八人が席に着いている。


「さあ、赤宿くんもどうぞお座り下さい」


「あ、ああ……」


 進之助が席に着くのを見て、爽も向かい合わせになった長机の真ん中の席に座る。左右に座る会員たちの顔を見渡せる位置である。


「これで全員揃いましたね。高島津さんと大毛利くんは呼んでおりません。上様も今お忙しいので呼んでおりません」


 爽は簡単に状況を説明する。


「我々だけというのはまた解せない話ですね……」


 緑髪の青年が眼鏡の蔓を触りながら呟く。


「むしろ皆様のみに関わってくる話ですので」


「アタシらのみに?」


 爽の言葉に紫髪の青年が小首を傾げる。


「上様が御不在とは、大して重要な話ではないということであろうか!」


「いえ、ある意味かなり重要です……皆様にとってはですが」


 青髪の青年の言葉を爽は否定する。黄色髪の少年が首を傾げる。


「俺らにとって?」


「不可解な すぐに求むる 本題を」


「お、今の句も分かったぜ。爽ちゃん、勿体つけずにさっさと教えてくれよ」


 答えを急かす藍色の髪の少年に橙色の髪の青年が同意する。九人の男の注目が改めて爽に集まる。爽は両肘を机に付き、両手を顔の前で組んで、ゆっくりと話し始める。


「……葵様が本日の夜の便で長崎に向かわれます……」


「長崎に? もしかして九州視察の話ですか?」


 緑髪を右からみて七三分けにした青年、新緑光太しんりょくこうたが爽に尋ねる。


「やはりご存知でしたか」


「私は学園の数学教師だけでなく、お城の勘定奉行でもありますから……」


 光太が眼鏡の蔓を触りながら答える。


「ちょっと待ってよ! 俺、北町奉行なのに聞いてないんだけど!」


 やや小柄で黄色髪の少年、黄葉原北斗きばはらほくとが唇を尖らす。


「兄上、南町奉行である僕も知っています。確認不足では?」


 北斗の双子の弟である黄葉原南武きばはらなんぶが冷静に諭す。


「そ、そう言われると……ただ、予定はもう少し後じゃなかったっけ?」


「諸々の事情で前倒しになったのです」


 北斗の問いに爽が答える。


「ちょっと待った、話が見えねえよ」


「まったくもって同意見だねえ」


 橙色の髪をして、制服も派手に着崩した男性が腕を組み、同じように制服を着崩した紫色の髪色の中性的な男性が首を傾げる。


橙谷弾七とうやだんしちさん、涼紫獅源すずむらさきしげんさん、話すと長くなるのですが……」


「別に構わねえよ」


「『大天才浮世絵師』や『当代きっての人気若手女形役者』の方のお時間を浪費するのはいささか心苦しい点が……」


「ここに呼び出しておいていまさらな話じゃあありませんか」


「そ、それはごもっとも……」


 獅源の言葉に、爽は黙り込んでしまう。進之助が両手を広げる。


「おいおい、なんだかいじめみたいになっているぜ、そういうのは良くないと思うけどよ」


「いじめというつもりでは決してない!」


 青色の短髪の男性が声を上げる。進之助が苦笑する。


「いや、木刀片手にそうは言ってもよ……」


「この青臨大和せいりんやまと、弱い者いじめなどいたさん!」


「我らただ 詳細のみを 聞きたくて」


 藍色の長い髪をした中性的な顔立ちをした少年が呟く。その呟きは『五七五』のリズムである。『現代の句聖』、藍袋座一超らんていざいっちょうはまだ冷静さを保っている。


「青臨様も、藍袋座様も……皆さん、落ち着いて下さい。伊達仁様、続きをお願いします」


 黒髪の青年、黒駆秀吾郎くろがけしゅうごろうが皆を落ち着かせつつ、話を促す。爽が口を開く。


「実はかくがくしかじかで……」


「「「「「「「「「!」」」」」」」」」


 爽の説明に、九人の目の色が変わる。爽がそれに気づかぬ振りをして淡々と続ける。


「期間は十日間。基本はわたくしが随行ですが、殿方もいらっしゃると安心出来ますね……」


「あ~分かった! 分かった! それ以上みなまで言うな、爽ちゃん!」


 弾七が手を挙げながら立ち、爽の説明を止める。そして、他の八人を見渡して尋ねる。


「さて、どうやって決める?」


「俺らはあくまでも学生なんだから、学力テストで決めようぜ」


「あ、兄上! またもや良いことをおっしゃる!」


「却下」


「なんでよ、弾七ちゃん~」


「だからそれじゃ新緑先生が混ざれないじゃねえか。公平とは言えねえよ」


「……それでは公平な手段とは?」


 光太が尋ねる。弾七の代わりに大和が立ち上がって口を開く。


「やはり、日本男児たるもの! ここは相撲で力比べしかあるまい!」


「却下、却下、それこそ不公平の極みってもんでしょうが」


 獅源が大袈裟に手を左右に振って反対する。秀吾郎が口を開く。


「ボディーガードも兼ねることになります、力強いものがお側にお仕えするのが極めて自然かと思いますが」


 秀吾郎の言葉を獅源はため息まじりに否定する。


「今回はあくまで視察です。なにも戦にいくわけではありません。それには色々と気が付く者が随行した方が、上様の視察もより実りあるものになるのではないでしょうか」


「気が付くというなら俺だね。いつも動画編集には細心の注意を払っているし」


「兄上、動画撮影はほとんど僕におしつけているではありませんか!」


「あれ? そうだっけ?」


 南武の抗議に北斗がおどける。光太が呟く。


「保護者的観点から見ても、教員の私が随行するのが一番自然でしょう……」


「上様に保護者面すんのはさすがに恐れ多いんじゃねえか?」


「教員の 驕り高ぶり にじみ出る」


「くっ……そういうわけではないのですが……」


 弾七の問いと一超の呟きに、光太が圧される。北斗が両手を頭の後ろで組んで声を上げる。


「じゃあ、やっぱりくじ引きは? それなら平等じゃない?」


「あ、兄上、や、やはりそれが良いかもしれませんね!」


「うむ! 運も実力の内と言うしな!」


 北斗の提案に南武と大和が乗る。


「反対です、誰がくじを用意するのですか?」


 光太が眼鏡をクイッっと上げて呟く。


「……お前さんたち、大切なものを見失ってねえかい?」


 ゆっくりと立ち上がり、口を開いた進之助に皆の注目が集まる。秀吾郎が尋ねる。


「大切なものだと?」


「おうよ! 俺らの熱い想いは学力テストや力比べ、はたまた運試しなんかで左右されちまうような程度のもんだったのかい⁉ 違うだろう!」


「……ではどうすれば良いのか?」


 大和の問いかけに、進之助は右の拳で自らの左胸をドンと叩く。


「心で勝負するんだよ! 夏合宿の時のようにアイツの心を掴んだやつが勝ちだ!」


「し、しかし、それでは基準がかなり曖昧ではないでしょうか?」


「そこでまた厳正かつ公平な審判をこちらの伊達仁の姉ちゃんにお願いするんだよ!」


 南武のもっともな疑問に対し、進之助が爽を指し示す。弾七が頷く。


「成程な……それぞれどれ位好感度が高まったかを客観的に判断してもらうってわけか」


「公正さ 保つ判断 悪くなし」


 一超も深々と頷く。進之助が皆に尋ねる。


「勝負はこの十日間! 誰が勝っても恨みっこなしだ! これでどうだい⁉」


「「「「「「「異議なし!」」」」」」」


 七人が声を揃えて、進之助に賛同する。一超も改めて深々と頷いて賛意を示す。


「伊達仁の姉ちゃん! それじゃあ、そういうことで宜しく……⁉」


「流石に黙っているのは悪いので……この十日間で皆さんが上様に随行出来るのは九日間の内の一日と最終日の二日間のみです」


「ええっ⁉ じゃ、じゃあ、最終日まで間が空くやつはどうするんだよ!」


「それは自由です。一日だけ随行し、江戸に帰るか、九州に滞在し続けるか……自費で」


「「「「「「「「「‼」」」」」」」」」


「皆さんの随行は葵様も心強いと思いますが……お役目であったり、各自の出席日数であったり、様々に事情もあるかと思います。各々方の冷静な判断を求めます」


「……」


 皆教室から無言で出ていく。一人残された爽は組んでいた両手をゆっくりとほどき、窓の外の夕焼け空を見上げながら呟く。


「なんだかんだ言って、九州視察の予定表、皆さんしっかりと持っていきましたね……今回の九州視察、なんだか嫌な予感が……将愉会の皆さんの力も必要になってきそうな気がします。必要にならなかったら……それはそれで楽しめそうですね」

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