力強い宣言

                  終


「おお、これがプライベートビーチか~」


「さすがは良鎌倉幕府所有だけあって清掃などがしっかりと行き届いていますね……」


 光太が眼鏡の縁をさすりながら呟く。葵が尋ねる。


「大江戸幕府でもこういうのを所有しませんか?」


「某所にあることはありますよ……」


「それは古いし、狭いって話じゃないですか。もっと皆で遊べるくらいの規模で……」


「却下です。どこにもそんなお金はありません」


「え~ケチ~」


 葵が唇をぷいっと尖らせる。光太がため息をつく。


「ケチとかそういう問題ではなくてですね……」


「うそうそ、先生のそういう真面目な所にいつも助けられていますよ、ありがとう」


「上様……」


 光太は眼鏡を外し、いつも以上にキリっとした顔つきになり、葵を見つめる。


「ピィ~! はい、新緑光太先生、時間切れです」


「は、早すぎませんか⁉」


 光太が笛を手に歩いてきた爽に抗議するが、爽は相手にせず、淡々と告げる。


「それでは交代です。次の方どうぞ」


「ぐっ……」


「先生、じっくり攻めすぎなんだよ、俺は一気に決めるぜ!」


 弾七が弾むように葵のもとへ向かう。


「ああ、弾七さん、どうしたの?」


「どうしたもこうしたもねえよ! 誰もいない静かなビーチに若い男と女が二人きり! やることと言ったら……」


「相撲だね」


「そう、相撲だ! って、そうじゃねえよ!」


「違うの?」


「違う! なんで俺様=相撲みたいになってんだ! まあ、自業自得な所もあるか……」


「この景色を見てよ」


「え? おおっ、改めて見てみるとこれは見事だな……」


「でしょう? 浮世絵師の血が騒ぐんじゃない?」


「確かにな……ふむ、この画角か」


 弾七が両手の指で四角を作り、それを覗き込んで、イメージを膨らませる。


「こういう風景をこれからも弾七さんには一杯書き残して欲しいな……」


「将軍さん……」


 弾七が真面目な顔つきで葵を見つめる。


「ピィ~! はい、橙谷弾七さん、時間切れです」


「し、しまった⁉」


 弾七が頭を抱える。爽は淡々と告げる。


「それでは交代です。次の方どうぞ」


「絵師殿! 其方の仇は某が取る!」


「取らんでいい!」


 大和が葵のもとに向かい、勢いよく声をかける。


「上様! そ、某と……その……」


「ん? 何?」


 葵は首を傾げる。大和は口ごもってしまうが、なんとか言葉を絞り出そうとする。


「そ、某は……何と言いますか……う、上様のことを……す、すい……」


「スイ? ああ、楽しかったですね、スイカ割り2оn2!」


「! い、いや、違……」


「ここにもスイカが一杯あるんですよ!」


 葵が多くのスイカを持ってきて並べる。大和が困惑する。


「え、えっと……」


「スイカを割る大和さん、男らしくて頼れたな……これからも頼りにしていいですか?」


「! はははっ! もちろん! スイカでもなんでも持ってこいです!」


 大和は目隠しをして、スイカを片っ端から割っていく。


「おおっ! すごい、すごい!」


「ピィ~! はい、青臨大和さん、時間切れです」


「し、しまった⁉」


 大和が愕然とする。爽は淡々と告げる。


「それでは交代です。次の方どうぞ」


「スピード勝負なら、自分に分がある……この勝負もらった!」


 秀吾郎が葵のもとに向かう。


「あ、秀吾郎、スイカ食べる?」


「いただきます!」


 秀吾郎は差し出されたスイカを高速で食べる。葵が笑う。


「ははっ、お笑い芸人さんみたい。まだまだあるよ」


「はっ、いただきます!」


「おおっ、早い! もう一個!」


「はい、いただきます!」


「良いね~もう一個!」


「はい、いただきます! って、スピード勝負ってそういうことではなくて!」


「スピード勝負?」


 葵が首を捻る。秀吾郎が首を振る。


「い、いや、こちらの話です……」


「スピードと言えば、私たちが誘拐された時も素早く駆け付けてくれたね?」


「いや……それは当然のことです」


「これからもそのスピードで助けて欲しいな……」


「う、上様……」


「はい、スイカどんどん行こう! 結構割っちゃったからさ!」


「は、はい、頂きます!」


「ピィ~! はい、黒駆秀吾郎さん、時間切れです」


「フィ、フィモッタ(し、しまった)⁉」


 秀吾郎がスイカを口にくわえたまま立ち尽くす。爽は淡々と告げる。


「それでは交代です。次の方どうぞ」


「黒ちゃん、焦り過ぎなんだよ~」


 北斗が葵のもとへ向かう。


「あっ、北斗君」


「やあ、上様、調子はどう?」


「ぷっ、なにそれ? 元気だよ」


 北斗は葵と何気ない会話を始める。北斗は内心考えを巡らす。


(この短い時間で出来ることは限られている。場所はプライベートビーチ、しかも二人きり……こんなおいしいシチュエーションで男子として優先すべきことはなにか? ……そう、上様のプライベートな水着姿を動画に収めること! どう話を切り出すか……)


「そういえばさ~こないだ、動画見たよ」


「(きたっ!) へ~そ、そうなんだ……」


「北斗君の動画はモラルがあるというか……一線をしっかり守っているのが良いよね」


「! ま、まあ、それは当然のことだよね……」


 北斗の笑顔が引きつる。葵が笑顔で告げる。


「これからも皆が安心して見られる動画で楽しませて欲しいな」


「はははっ……」


「それでさ、動画のネタ思いついたんだけど、『スイカを色んな味付けで食べてみた』っていうのはどうかな?」


「い、良いね……スイカ一杯あるからね。じゃあオーソドックスに塩から……」


 北斗は罪悪感に押しつぶされそうになりながら、動画を回す。


「ピィ~! はい、黄葉原北斗さん、時間切れです」


「良い動画が撮れたよ、ありがとう……」


 北斗が若干肩を落としながらその場を去る。爽は淡々と告げる。


「それでは交代です。次の方どうぞ」


「兄上? どうされたのです?」


「南武……どうやら俺は邪な人間だったようだ」


「? そんなこと知っていますよ?」


「おい! そこは『そんなことないですよ』だろう⁉」


 南武が葵のもとへ向かう。


「あ、南武君」


「こんにちは、上様。しかし、良い景色ですね」


「ねえ~まさに絶景って感じだよ」


 南武は内心で自らに冷静に言い聞かせる。


(短い時間です。多くは望みません。こうして上様とお話出来るだけでも幸せです……)


「救出作戦では南武君も大変だったみたいだね」


「そんな……大したことはありませんでしたよ」


「ほう? 大したことはなかったと……?」


「え⁉」


「南武君、物は相談なんだけど……」


「な、なんでしょうか?」


「空中技、私も見てみたいな~」


(上様の方が多くを望んできた⁉)


「ダメかな?」


「えっと、それはちょっと……」


「鳥のように自由に飛んだとか……素敵だよね」


「飛んでご覧に入れましょう」


「お~そうこなくっちゃ♪」


 南武は手慣れた手つきで自らの体をドローンに結び付ける。


「それでは参ります……3、2、1、GO‼」


 南武が空に浮かび上がる。葵が拍手する。


「おお~すごい、すごい!」


「喜んでいただけて良かったです! 操縦や着地が不安定なんですけどね~!」


「ピィ~! はい、黄葉原南武さん、時間切れです……聞こえていませんかね」


「う、うわあ~⁉」


 南武が海に落ちる。爽は南武の無事を確認すると、淡々と告げる。


「それでは交代です。次の方どうぞ」


「悪いが、ここで決めさせてもらうぜ!」


 進之助が葵のもとに向かう。


「あ、進之助」


「お、おう」


「見た? 南武君が空を飛んだよ。すごかった~」


「なっ⁉ そ、それは本当か⁉」


「う、うん……」


「南ちゃん、可愛い顔してやるな……」


「え?」


「俺は甘かった! 泳ぎや走りをマスターしたところでHHAにはなれねえ!」


「……ハイパー(H)火消し(H)赤宿(A)だっけ?」


「おう! よく覚えてんじゃねえか!」


「そりゃあ、なかなか忘れないよ……」


「こうしちゃいられねえ! 俺も飛ぶ!」


「は?」


「……あの岩の上からなら助走をつければ飛べそうだな! ちょっと行ってくる!」


「う、うん。いってらっしゃい……」


 葵が呆れ気味に手を振る。進之助は大岩の上にのぼると、勢いよく走り出す。


「うおおっ! 空もマスターしてこそのHHAだ!」


 進之助はジャンプするが、当然のように、海に真っ逆さまに落下する。葵が呟く。


「熱意はあるんだよね。方向性が少し、いや、かなり間違っているだけで……」


「ピィ~! はい、赤宿進之助さん、時間切れです……聞こえていませんかね」


「ぶはっ! HHAの道は険しいぜ~!」


 海面に顔を出した進之助が叫ぶ。爽はそれを一瞥すると淡々と告げる。


「それでは交代です。次の方どうぞ」


「どなたさんも雰囲気ってもんがなってないさね……この勝負頂いたかな」


 獅源が葵のもとに向かう。


「あ、獅源さん」


「どうも、上様。素敵な海ですね」


「はい、本当にずっと見ていても飽きないです。けど……」


「けど?」


「ちょっと海に入りたくなってきたかな~なんて……」


「なっ⁉」


 獅源が驚いた様子を見せる。葵が戸惑う。


「ど、どうかしましたか?」


「い、いえ、ちょ、ちょっとお待ちになって下さい!」


「は、はあ……」


 獅源がその場から離れて、しばらくすると戻ってきた。


「お待たせしました……」


「いえ……って、ええっ⁉」


 葵が驚く。水着姿になった獅源が立っていたからである。


「パラソルを立てて、マットを敷いて……さてと……」


「……?」


「背中にオイル、塗って下さいませんか?」


「は、はあ、別に良いですけど……」


 マットにうつ伏せになった状態で寝そべり、オイルを葵に渡した時点で獅源は気付く。


(⁉ し、しまった! 女形の性か……どちらかと言えば、女性が男性を誘惑するかのようなムーブをしてしまいました。これでは雰囲気づくりも何もあったものでは……!)


「ピィ~! はい、涼紫獅源さん、時間切れです」


「し、しかも準備に時間を使い過ぎた⁉」


 獅源ががっくりとうなだれる。爽は淡々と告げる。


「それでは交代です。次の方どうぞ」


「残りもの 福があるとは よくぞ言う」


 一超が葵のもとに向かう。


「あ、一超君」


「大海の そよぐ潮風 心地よし」


「本当だよね~」


「折角の ビーチをもっと 堪能す」


「そ、そうだね。なんか色々あって、全然入れなかったよ……もっと近づこうか」


 葵と一超は海の方に歩いていく。


「波の音 思いのほかに 静かなり」


「そうだね、結構穏やかだね。その辺もプライベートビーチに選ばれた理由なのかな」


「きらきらと 光るは石か 貝殻か」


「う~ん、そうだね……あっ、貝殻だよ。綺麗……」


 葵は拾った貝殻を見つめてうっとりとする。一超が呟く。


「綺麗だと 感じる心 綺麗かな」


「え? ごめん、聞いてなかった」


「! ……」


 一超がややずっこける。葵が貝殻を耳にあてる。


「ほら、こうやると、波の音が聞こえるよ、一超君もやってみなよ」


「……」


 一超も足元にあった貝殻を拾う。葵が促す。


「耳に近づけてみて」


「……!」


「ど、どうしたの⁉ ヤ、ヤドカリ⁉」


 貝殻の中にいたヤドカリに耳を挟まれた一超はうずくまる。


「炎天下 耳を挟まれ 痛恨か」


「ピィ~! はい、藍袋座一超さん、時間切れです」


「容赦なし 甘いひととき 束の間か」


 一超がヤドカリを外しながら呟く。爽は淡々と告げる。


「これで皆様のデート時間は終了です。葵様、皆様もお疲れ様でした」


「う、うん……」


「ちょっと待った! いくらなんでも短すぎるぜ!」


「そうだそうだ!」


 弾七と北斗が不満を口にする。爽は落ち着いて答える。


「厳正なる審査の結果です」


「し、審査の結果って……」


「そもそも審査の基準は何なのですか?」


 南武が戸惑い、光太が問う。爽がやや間を置いて口を開く。


「……わたくしのフィーリングですかね」


「フィールディング⁉ 野球の守備が関係あるのかよ!」


「進之助さん、ちょいと黙ってて下さい……それで何故にこういうことに?」


 進之助を押しのけて獅源が尋ねる。爽が答える。


「なんというか、皆さん決定打に欠けまして……まあ、同点でいいかなと……」


「これは思い切った判断! 一本取られた!」


「結果として ベストに近し ベターかな」


 大和と一超があっさり納得する。爽が微笑を浮かべて問いかける。


「ご理解いただけて嬉しいです。楽しんで頂けましたか?」


「全然楽しめませんよ……」


 秀吾郎が肩を落とす。その頃、とある駅のベンチに一人の女性が座っていた。


「ご苦労様でした、西東イザベラさん……」


「! 貴様カ……何の用ダ」


 女性の隣に座ったのは万城目だった。イザベラがやや驚くがすぐに平静を取り戻す。


「伝言を持って参りました」


「伝言だト?」


「ええ、『ザベちゃん、ボディーガードお疲れ様、どうもありがとう!』だそうです」


「フッ……イザベラは仮の名前だというの二……」


 イザベラは顔を手で軽く覆う。万城目が尋ねる。


「どうかされましたか?」


「なんでもなイ……契約は終了しタ。これ以上の接触は貴様もマズいだろウ……?」


「そうですね。それでは失礼します」


 万城目が立ち上がり、その場から離れる。イザベラがため息をつく。


「フウ……」


「お嬢さん……」


「⁉ き、貴様……い、いつから後ろ二……?」


「それはいいだろう。用件を簡潔に伝える。公儀隠密課特命係に興味はないか?」


「? また大江戸幕府絡みカ……断ル、あまり一つの場所に長居はしない主義ダ」


「今回の3倍のギャラを出そう」


「話を聞こうカ……」


 イザベラは笑みを浮かべる。


「……今回は参りましたわ」


 プライベートビーチで休んでいた葵に金銀が声をかけてくる。


「あ、尾成さん……」


「将愉会の皆さんは?」


「大量に割ったスイカをみんなで美味しく頂いています」


「は、はあ? そうですか……」


「それより尾成さん、“今回は”っておっしゃいませんでした?」


「私、諦めが悪い方でして。またなんらかの形で貴女に挑ませて頂くかもしれません」


「どんな攻め方でも将愉会の強固な結束は崩せませんよ! そして……」


「そして?」


「私は征夷大将軍を譲るつもりは絶対にありません!」


                  第二章~完~



(2022/11/06)

これで第二章が終わりました。感想などを頂ければ喜びます。


続きの構想はありますので、更新スピードはゆっくりですが、第三章以降も書いていこうと思っております。良かったらまた読んでくださると嬉しいです。

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