色とりどりの花火鑑賞
「こ、こんな広いマス席、本当に私たちが使って良いんですか⁉ 尾成さん?」
夏祭りのフィナーレを飾る花火大会の見学席の中でも、一番広いマス席に葵たちは座ることが出来た。葵に問われた金銀は答える。
「ええ、もちろん!」
「そ、そうなんですか?」
「本当は将愉会を完全に切り崩した時の祝いの席として、お世話になっているスポンサーの方にご用意頂いたのですが……このような形で座ることになるとは……」
金銀が小声で淡々と呟く。葵が首を傾げる。
「え? なにかおっしゃいました?」
「い、いいえ、なんでも!」
「そうですか!」
葵は畳に腰を下ろす。大きい畳の上なら自由に場所を移動出来る席だが、なんとなく、葵を中心にして囲むように皆が座っている。
「……?」
「キョ、キョロキョロしてどうした、飛虎?」
「いや、俺たちもこの席に座っていて良いのか?」
「上様たちの救出に功があったわけだからな。堂々と座っていれば良い」
飛虎の問いに雀鈴が答える。その二人の間に座る龍臣が叫ぶ。
「いや~! 夏の夜の花火大会! あの夜の感動を思い出すな!」
「いつの夜かは分からんが……お前らと見るのは良い思い出になりそうだ」
「お、飛虎、良いことをいうじゃねえか!」
「~~玄道!」
雀鈴は自身の逆隣に座る玄道に抗議の意味を込めた視線を送る。空気を読め、と。
「すまん、雀鈴。引き離せなかった……」
玄道は申し訳なさそうに雀鈴に頭を下げる。
「ぼ、僕もこの席に座っていて良いんだろうか?」
「胸を張りなさい。貴方も貢献されたのでしょう?」
少し肩身が狭そうな景元を小霧が励ます。景元が自嘲気味に笑う。
「しかし、僕が駆け付けなくても、青臨殿と黒駆あたりでなんとかなったような……」
「そんなことはありません。貴方の弓の斉射が無ければ危なかったと皆さんおっしゃっています。皆とともにわたくしを助けにきてくれたとき……そ、その……⁉」
小霧が口ごもっていると、一発目の大きな花火が上がり、その迫力と見事さに詰めかけた観衆からは歓声が上がる。景元は耳に手を当てて、小霧に尋ねる。
「助けにきてくれたときなんだって?」
「な、なんでもありません! ほら、花火を見ましょう! ……一番かっこよかったですわよ、わたくしにとっては……」
花火を見上げる景元には聞こえないほどの声で小霧が呟く。
「絹代はどうしたのだ?」
光ノ丸が周囲を見回す。
「い、いや、なにか用事があるとかおっしゃっていましたよ。なあ、覚之丞?」
「そ、そうだな、介次郎。江戸の方に報告事項があるとかなんとか……」
「ふむ、それならば良いが……まあいい、介と覚、余が手配した料理だ。お前らも食え」
光ノ丸たちのすぐ近くに絹代は座っていた。ただ、光太の陰で見えなかったのである。
「うわあ、綺麗ですね。新緑先生……」
「そ、そうですね……それにしても風見さん、髪型が普段と違いますね?」
「ええ、プライベートですから。それにこうしておくと、アホは気が付かないのです」
「え?」
「な、なんでもありません、ほら、また上がりましたよ!」
絹代の横でみなみがおずおずと口を開く。
「き、綺麗ですね……藍袋座さん」
「花火にて 照らす横顔 絶景か」
「え? 今のは……?」
みなみの問いに一超は答えず、夜空を見上げながら更に句を詠む。
「夜の空を 彩る光 晩夏告ぐ」
「ふむ……見事なものだ」
「あ、あの、上杉山さん……? 浴衣であぐらをかくのはいかがかと思いますよ」
獅源が遠慮がちに雪鷹に告げる。
「そうなのか? ではどうすれば良い?」
「こう、正座をちょっと崩した感じでお座りになった方がより女性らしいかと……」
「こ、こうか? 難しいな、女性らしい所作というのも……しかし、流石に涼紫殿は教え方が上手いな。あの芝居も見事だったぞ。まるで七人の女が実在するようだった!」
「お褒めにあずかり光栄です。今後もよろしければご贔屓に……」
「うむ! 見事な花火だな! かまやー! たぎやー!」
「か、会長!」
大和の横でクロエが声を上げる。大和が首を傾げる。
「ん⁉ どうしたのだ、武枝書記!」
「掛け声がごっちゃになっています! 『かぎやー』、『たまやー』です!」
「おおっ、滾る気持ちが抑えきれず、『たぎやー!』と叫んでしまった! この青臨大和、あまりの見事な花火に不覚を取った! はっはっは!」
「まったくもう……」
高らかに笑う大和の横でクロエは呆れながらも優しげな笑みを浮かべる。
「おおっ、これは良い絵だねえ!」
弾七が両手の指を作って四角形を作り、それを覗き込む。憂が笑う。
「シャッターチャンスならぬ、ドローイングチャンスですね。橙谷先生?」
「ははっ、上手いことを言うね、有備ちゃん。だけど、なにかが足りねえなあ……」
弾七が首を捻る。憂が呟く。
「……相撲なんてどうでしょうか?」
「え? 相撲?」
「じょ、冗談です、忘れて下さい」
「いや……『打ち上げ花火、四股から踏むか?まわしを取るか?』……良い画題だ!」
「そ、そうですか……」
膝を打つ弾七に憂はやや戸惑う。その近くで八千代がモジモジとしながら口を開く。
「あ、赤毛の君? 先日といい、本日といい、大変お世話になりました……」
「良いってことよ、五橋の姉ちゃん! ん? 先日ってなんだっけ?」
進之助が首を傾げる。八千代が答える。
「あの変則トライアスロン大会のことです。わたくしが溺れそうになったところを……」
「ああ、それだ!」
進之助がグイっと顔を近づける。八千代が戸惑う。
「な、なんですか?」
「アンタの泳ぎは見事だった! 今度ぜひ教えを請いてえ!」
「そ、それくらいならばお安い御用です。では、我が家のプライベートプールで……」
「その時は一緒に竹なんとかには走りを、呂なんとかには自転車を教えてもらおう!」
「え? 竹波君と呂科君も一緒ですか?」
「ああ! 俺はハイパー火消を目指している! そのためには時間はいくらあっても足りねえ! 走りや自転車の正しい走り方、それに速い泳ぎ方を一気に習得してみせる!」
「な、なんのために⁉」
「例えば火事が起こって、車ではすぐに現場に駆け付けられない場合もあるだろう⁉ そういう時の為に備えておくのさ! 見てな、この赤宿進之助、まだまだ進化するぜ!」
「は、はあ……せっかく二人きりかと思ったのに……まあ、一歩前進としましょうか」
八千代は残念そうに俯くが、気持ちをすぐに切り替える。
「黒駆秀吾郎、ビーチバレーでは世話になっタ……」
「西東イザベラ⁉ いつの間に横に……なんだいきなり?」
「私の動きについてこられるとハ……さすがはニンジャだナ」
「忍者? は、はて? なんのことを言っているかさっぱり分からんな?」
秀吾郎はあくまでもすっとぼけてみせる。イザベラは微笑を浮かべながら尋ねる。
「さきほども陣頭指揮を取り、なかなかの奮戦ぶりだったと聞くガ……?」
「……皆が頑張ったからだ。それにお前の方が良い仕事をしただろう……」
「慢心せず、謙虚なのは良いことダ。縁があったらまた会おウ……」
「⁉」
秀吾郎が視線を向けると、そこには既にイザベラの姿は無かった。
「というわけでさ~お願い出来ない? 尾成さま?」
「北斗君……興味がないと言えば嘘になりますが、すぐにはいとは言えませんね」
「なんでよ~『盤面の戦姫、尾成金銀のゲーム実況』、絶対バズると思うんだよな~」
「私はこれでも結構多忙でして……後はマネージャーを通して下さい。将司!」
「え、俺がマネージャーですか? き、黄葉原さま、少し企画を詰めて頂かないと……」
将司が戸惑いながらも北斗に対応する。
「同じクラスの虎ノ門兄弟ともう話がついているとか⁉ そういう贔屓はナシだよ~」
「と、とにかく、スケジュールの問題もありますので……!」
「兄上、全く節操のない……」
北斗と将司のやり取りを眺めながら、南武は頭を抱える。爽は微笑みを浮かべる。
「あのスピード感こそ今の時代大事なのかもしれませんね……時に黄葉原南武さま」
「な、なんですか? 急にあらたまって……」
「今、葵様はお一人で花火を眺めていらっしゃいますよ。好機ではありませんか?」
「い、いや、そんな抜け駆けみたいな真似は……! そ、それに僕は今、伊達仁さんとのペアチケットを所有しているわけですし……」
「律儀ですね……あ、尾成さまが葵様の隣にお座りになられましたね……」
「ははっ、これで良かったのです。皆なんやかんやで花火を楽しんでいますし……」
「本日の騒ぎも含めてもっとも活躍した方に一日デート権をと思っていたのですが……こうなってくると、なかなか判定が難しいですね……」
「え⁉ まだ審判をされていたのですか⁉」
「当然です……仕方がありませんね。将愉会の皆さん、ご注目下さい!」
爽が花火の途切れた間を狙って、大声を出しながら立ち上がる。
「「「「「「「「「!」」」」」」」」」
「結果発表~!」
爽が夏の夜空に向かって声高らかに叫ぶ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます