チケット配布

「ふむ……ここは便利ですわね」


「ええ、そうですね。宿舎から夏祭りの会場までは結構距離がありますから、こういう更衣室があるのは助かりますね」


 八千代の呟きに憂が答える。彼女たちは近隣で行われる夏祭りに向かうために、浴衣に着替えている。八千代が首を傾げる。


「前からこの更衣室はあったのかしら?」


「いや……今年からじゃないでしょうか? 年々このお祭りは人出が増えているみたいですし、要望の声が高まってきたのに応えたのでしょう……はい、終わりました」


「ありがとう、憂」


「……確かに助かりますね」


 近くのロッカーで着付けを終え、ベンチに腰かけた爽が呟く。イザベラが尋ねる。


「今年から設置されたのカ?」


「ええ、恐らく……少なくとも昨年はこういう更衣室はなかったかと思います。何か気になることが?」


「イヤ、気のせいだろウ……」


「……というかイザベラさん、着付けを手伝いますよ……って、出来ていますね」


「問題なイ……」


「本当になんでもこなせますね……」


「まあナ」


「お集まりの皆さま!」


「?」


 声のした方に目をやると、浴衣姿の金銀が立っていた。


「これは素敵な偶然でしょうか? ちょうど良い顔ぶれが集まっておられますね」


「尾成さま? ちょうど良いとはどういうことですの?」


 八千代が尋ねる。


「いやあ、良いものがありまして……こちらです!」


 金銀が数枚の紙をヒラヒラとさせる。


「なんですのそれは……チケット?」


「ええ、これはこれから皆さまが向かう夏祭りのフィナーレを飾る花火大会を特等席で見られる男女ペアチケットです!」


「男女ペアチケット?」


「はい。既に男性陣にはお配りしておりまして……その男性としか見られませんが……」


「なんですか、その雑な手配は……知らない殿方と花火を見て何が楽しいのですか……」


「それが赤毛の君でも?」


「え⁉」


 金銀の言葉に八千代の目の色が変わる。金銀が笑みを浮かべながら話す。


「こちらは学園きっての色男の集まりである将愉会の男性陣のどなたかと花火を見られるチケットになりま~す」


「あ、赤毛の君の分はわたくしが!」


「そこまで鼻息を荒くしなくても……はい、どうぞ」


 金銀が八千代にチケットを渡す。チケットを受け取った八千代がぶつぶつと呟く。


「ふ、二人きりで花火を見たら、一気に距離が縮まる可能性も……」


「は~い、まだまだございますよ~」


 金銀がこれ見よがしにチケットをヒラヒラとさせる。数人の女性が金銀に近づく。


「こ、光太さん……で、ではなくて、新緑先生の分はございますか?」


「はい、どうぞ。しかし風見さん、氷戸さまについてなくて良いのですか?」


「お前の好きにして良いとアホが……ではなくて、殿からお許しが出ましたので……」


 絹代は少し顔を赤らめながらチケットを受け取る。


「涼紫獅源の分をもらおうか……」


「これはこれは上杉山さん、貴女がこういうことに乗り気とは……」


「当代きっての女形から少し女らしさというものを学んでみようかと思ってな……」


 雪鷹がチケットを受け取る。


「か、会長……青臨君の分をお願いします」


「武枝さん、それは体育会書記としての職務ですか?」


「そ、そうです! あの方は少しでも目を離すと何をするか分かりませんから!」


 クロエが顔を真っ赤にしながらチケットを受け取る。


「えっと……橙谷さんの分はありますか?」


「有備さん……少々意外な申し出ですね」


「相撲をとってみて思ったのです、結構フィーリングが合うかもなって……」


「そ、そうですか……」


 金銀は戸惑い気味に憂にチケットを渡す。


「た、太毛利景元君の分はあるのですか?」


「ええ、もちろんですよ。高島津さん。はい、どうぞ」


「あ、ありがとうごさいます……」


 小霧はお礼を言って、チケットを受け取る。


「ま、まさかとは思いますが、あ、飛虎の分はあったりしますか?」


「中目さん、日比野君は将愉会ではありませんから……」


「そ、そうですよね、失礼しました……」


「それがなんと、特別にあるのですよ!」


「え⁉」


「はい、どうぞ!」


「あ、ありがとうございます!」


 雀鈴は顔をポッと赤らめながらチケットを受け取る。金銀が声を上げる。


「チケットは残り四枚ですね~」


「……どうすル? 無視するカ?」


 イザベラが爽に尋ねる。端末を触っていた爽は少し考えてから口を開く。


「……尾成さまの狙いに乗っかるのもどうかと思いますが、このままですと、将愉会の四人で葵様の取り合いになる恐れがありますね。どの角度から見てみても、争いの公平性に欠けてしまいます。よって……」


「ヨッテ?」


 爽がすっと立ち上がり、金銀に声をかける。


「……黄葉原南武君の分はありますか?」


「これは伊達仁さん、ありますよ、どうぞ」


 チケットを受け取った爽は微笑を浮かべながら尋ねる。


「……ついでに北斗君の分もお願いできますか?」


「ついでって、そんな物みたいに……美男の双子を独り占めなんて罰が当たりますよ?」


「……冗談です」


 爽は微笑を崩さずに引き下がる。イザベラが声をかける。


「……では、私は黒駆秀吾郎の分をもらおうカ」


「西東さん……どうぞ」


「ドウモ……」


 イザベラがチケットを受け取る。金銀がチケットをヒラヒラとさせながら呟く。


「2枚余ってしまいましたね……どうしましょうか?」


「ら、藍袋座さんの分をお願いできますか……?」


「! 貴女は……?」


 意外な人物の登場に金銀だけでなくイザベラと爽も驚く。


「お前ハ……」


「一条みなみさん……!」


「ひ、昼間はどうも……大変お世話になりました」


 可愛らしい浴衣に身を包んだみなみが頭を下げる。爽が金銀に声をかける。


「尾成さま、どうぞ彼女に渡してあげて下さい」


「……もちろん構いませんよ、どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 みなみが嬉しそうにチケットを受け取る。


「ですが黄葉原北斗君の分が余ってしまいましたね。どうしましょうか……そうだ、上様がいらっしゃいましたね。でもこれでは北斗君の抜け駆けみたいになってしまいますね……将愉会で無用な軋轢が生まれたりしないかしら?」


「くっ……」


 爽が苦い顔を浮かべる。


「でも、余らせては北斗君が可哀そうですからね。上様にお渡しするとしましょう、そうしましょう! 上様、そちらにいらっしゃるのでしょう? ⁉」


 金銀が覗き込むと、浴衣姿にはなっているものの、ベンチで眠りこけてしまっている葵の姿があった。爽が軽く頭を抑える。


「連日の疲れが溜まっていたのか。ご自身で着付けを終えられた後、このように眠ってしまいまして……」


「そ、そうですか……ではこのチケットを置いておきましょうか……」


「ご本人が把握していないものを渡されても、葵様が困ってしまいます。そのチケットはどうぞ尾成さまがお持ちになって下さい」


「な、何故そうなるのです!」


「北斗君も楽しいお方ですよ。動画に出演させられるかもしれませんが……」


「な、なんでそんなことをしなければならないのです!」


 爽が唇に指を当てる。


「どうぞお静かにお願いします。葵様が目覚めてしまいますから……少しの空き時間くらいお休み頂きたいのです……」


「ぐっ……」


 金銀が渋い表情になる。イザベラが爽に尋ねる。


「オイ、着付けが終わってから眠ったと言ったナ?」


「? ええ、そこのロッカーをお使いになられています」


「このロッカー……しまっタ、全員息を止めロ、睡眠薬ダ!」


「⁉」


「グ、グウ……」


 イザベラが叫んだが時すでに遅く、その場にいた全員が眠ってしまう。しばらくすると、覆面で顔を隠した女性が二人入ってくる。


「……薬の充満まで多少時間がかかりましたが、眠ったようです……思ったよりも大人数ですが、どうしますか?」


「人質は多い方が良い。全員連れていくぞ……」

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