成果確認

                  拾壱


「おめでとうございます」


 宿舎の一室で将司が笑顔で金銀に声をかける。しかし、金銀は笑顔なく答える。


「勝負は終わったわけではありません」


「ですが……」


「相手が『参りました』というまでは分からないのです」


「はあ……」


「とりあえず、これまでの確認といきましょうか」


「は、はい……まず合宿の初日に金銀お嬢様と自分が上様と新緑光太先生とともに海岸でのゴミ拾いを行いました。氷戸光ノ丸さんとその秘書である風見絹代さんが乱入するといういきなりの想定外もありましたが……」


「結果としていい方に転がりましたね」


「ええ、その日の夜、バーのラウンジで新緑先生と風見さんが意気投合、コンビを組んで行ったゴミ拾いの話で盛り上がったのでしょうか? とにかくそのままの流れで夜景スポットに移動し、良い雰囲気になったところを上様が目撃するという状況が生じました」


「私たちはそんな上様を見つめておりました」


「ええ、上様は新緑先生と風見さんがちょっと大人な関係だと誤解されたようです」


「将愉会きっての頭脳派であり、唯一の教員でいらっしゃる新緑先生と上様との信頼関係にひびを入れることが出来ました。まずは幸先の良いスタートでしたね」


 金銀は頷く。将司が続ける。


「二日目、金銀お嬢様は対局で不在。ですが、橙谷弾七さんが上様たちとの調理実習に参加しました。幸運でしたね」


「……彼は単位取得が危ないという情報は掴んでいます。よって、調理実習にも参加するということはそれほど意外なことではありません」


 金銀は淡々と呟く。将司が感嘆とする。


「さ、流石です……」


「とはいえ、上様と同じ回に参加するのはこちらにとっては幸運でしたね……それで?」


「は、はい。こればかりはいくら調べてもどういう流れかは分かりませんでしたが、橙谷さんが有備憂さんと西東イザベラさんの女子生徒二人と料理対決を行うことになり……」


「調理実習中にどうなったらそういう流れになるのですか……」


 金銀が困惑気味に呟く。将司が続ける。


「と、とにかく、その調理実習後、宿舎の近くで橙谷弾七と有備さん、西東さんが相撲を取られることになりました」


「だからどうしてそういう流れに⁉」


 金銀が頭を抱えながら声を上げる。将司がやや間を空けて説明を再開する。


「……しかも、どうやら相撲は西東さんの呼びかけらしいです」


「ますます分からないですわ……」


「とにかく、その相撲を取っている姿を目撃した上様は、橙谷さんが女子二人に見境なく抱き着こうとする破廉恥な行動をとったと誤解されたようです」


「まあ、普通は男女で相撲という発想にはなかなかたどり着きませんよね……とにかく、将愉会の年長組で意見のまとめ役でもあるという橙谷弾七さんと上様の信頼関係がかなり揺らいだようですね。偶然の産物、完全な幸運でしたが、運も実力のうちです」


 金銀がうんうんと頷く。将司が説明を続ける。


「三日目のお昼前でしたが、砂浜で金銀お嬢様発案の『スイカ割り・2on2』が行われました。お嬢様の巧みな挑発に上様はまんまと乗っかってきましたね」


「あれくらいは造作もないことです……」


「上様は青臨大和君とペアで参加。しかし、青臨君は強かったですね……」


「ワンチャンスを狙って、決勝を2оn2から四組でのバトルロイヤルに変更するといういささか強引な手を打ちましたが、所詮は無駄なことでしたね。まさか一振りで七人を吹き飛ばすとは……全く規格外な方です」


 金銀は呆れるように首を振る。


「その後の昼休み、恋人の丘でなにやら揉めていた高島津小霧さんと太毛利景元君の仲裁を青臨君がなされました。どういう言葉をかけられたのかまでは分かりませんが、高島津さんはキラキラした面持ちで青臨君の両手を取り、太毛利君が青臨君の胸に顔を埋めて肩を震わせて泣いておられました」


「私も離れたところから見ておりましたが、なにがどうなってそうなったのか……」


「同じくそれを目撃した上様は青臨君が手当たり次第に高島津さんと太毛利君を口説いていると誤解されたようです」


「ただならぬ事態ですからね、そういう考えに至るのもやむを得ないかもしれません」


「しかし、こうやって考えてみると、スイカ割りに高島津さんたちお二人が参加したのも幸運でしたね」


「……それはそうなるように仕向けたのです。あのお二人が良い仲だという情報も掴んでいました。よって、スイカ割りの商品に『ペア宿泊券』を用意したのです。案の定、お二人が食いついてくれました」


 金銀が得意げに語る。将司は再び感嘆とするが、やや首を傾げる。


「流石です……ですが、もしもスイカ割りをあの二人、あるいは二年い組の『介さん覚さん』が勝っていたらどうされたのです?」


「青臨君を参加させることが出来た時点でその心配は無用でしたよ」


「け、結構危ういような……」


「とにかく、将愉会最強の青臨大和君と上様の信頼関係に溝が生まれました……」


 金銀がゆっくりと頷く。将司が説明を続ける。


「その日の午後、上様はビーチバレー大会に参加されました」


「上様、結構夏合宿をエンジョイされておりますね……まあそれは良いのですが」


「上様は用務員さんの高尾さんとペアを組んで参加。健闘されましたが、準決勝で敗退されました。決勝は上杉山雪鷹さんと武枝クロエさんのペアとの稀にみる死闘の末、黒駆け秀吾郎君と西東イザベラさんのペアが制しました……」


「その試合の映像は私も見ました。ビーチバレーに関してはよくわかりませんが、そんな私でも手に汗握る熱戦でしたね」


 金銀が感想を述べる。将司が頷きながら続ける。


「ええ、なんといっても最終的にはボールが破裂してしまうのですから……あれには驚きました。その結果、興奮した黒駆君は喜びのあまり、コート上で西東さんに抱き着いてしまい、その様子を上様にばっちり目撃されてしまいます。上様の目には、嫌がる女性に無理やり抱き着いているように映ったようです」


「まさしく誤解ですね。将愉会でもその動きをなかなか掴めない厄介な存在である黒駆秀吾郎君と上様の信頼関係に不協和音が生じました。正直どうしたものかと思っていたので、これも運が良かったですね……」


 金銀が深々と頷く。将司が続ける。


「四日目の夜ですが、上様が伊達仁爽さん、そして黄葉原北斗君・南武君の兄弟と肝試しイベントに参加されました。これもお嬢様の読み通りだったのですよね?」


「このような動画のネタになりそうなイベントには、黄葉原兄弟のお兄さんは食いつくだろうと睨んでいました。SNSにもそれとなくDMを送りましたし」


「そ、そのようなことまで……」


「念には念を押すという意味で、私と将司、それに虎ノ門竜王君と竜馬君兄弟も参加することにしました。虎ノ門兄弟は黄葉原兄弟に並々ならぬ対抗心を持っていますからね」


「その対抗心がやや暴走してしまったようでしたが……」


「……まあ、そういうこともあります」


「イベント最難関の『ナイトメアコース』に臨み、結果として……落とし穴に落ちそうになったお嬢様を上様と勘違いした黄葉原兄弟が御身を支えてくれました。しかし、なんというか、その……」


 将司が口ごもる。金銀があっさりと話す。


「私の体に対し、やや過剰なスキンシップを取った形になったのですよね」


「え、ええ……それが黄葉原兄弟の狙いであったと上様は誤解されました」


「まあ、ある意味誤解では無いのですが、若くして優秀な黄葉原兄弟と上様の信頼関係に軋轢が生じました。体を張った甲斐があるというものです」


 金銀がしてやったりというように頷く。将司が説明を続ける。


「五日目の午前中、上様は遠泳大会に参加される予定でしたが、大会実行委員の一人である五橋八千代さんのやや強引な決定で、種目が変則トライアスロンに変更になりました。これにはかなり驚かされました。ひょっとしてこれも想定内ですか?」


「想定内もなにも、そうするように五橋さんに仕向けたのは私ですから」


「そ、そうなのですか……」


 金銀の言葉に将司が唖然とする。


「彼女が将愉会の赤宿君にご執心だという情報は掴んでいましたし、それを利用させてもらいました。思った以上にかき回してくれましたね」


「竹波君、呂科君という二年ろ組きっての文武両道の生徒を擁して、あとちょっとで優勝というところまでいきました」


「その映像も見ましたが、見事なレース運びでしたね」


「結果……赤宿君の頬に西東さんがキス、それを上様が目撃することになりました」


「あれは本当に想定外でした」


「上様の目には、赤宿君が五橋さんを弄んだというように映ったようです」


「まあ、そのように考えられなくもないですが……とにかく、将愉会の中で最も勢いのある赤宿進之助君と上様の信頼関係にすきま風が吹きました。結果オーライです」


 金銀がやや戸惑いがちではあるが頷く。将司が説明を続ける。


「その日の晩、海岸でキャンプファイヤーが行われ、それに付随したイベントである演芸大会が開かれることになりました。上様は実行委員の生徒の頼みを引き受け、演芸大会の出演を急遽キャンセルした方々の代役をお集めになりました」


「交流がある日比野飛虎君たちに声をかけることは想定出来ましたが、まさか我々にも声をかけてこられるとは思いませんでした。しかし、こんなこともあろうかと、漫才のネタを用意しておいて良かったです……」


「そ、そこまで想定済みだったのですか?」


「何事も先の先を読むものです」


「す、すごいですね……」


 金銀の言葉に将司が感服する。


「涼紫さんへの出演依頼も想定内でしたが、まさか上様との二人芝居とは……こう言ってはなんですが、なかなか面白いお芝居でしたね」


「その後、涼紫さんの出待ちの女性ファンへの対応ぶりが役どころとオーバーラップしたのか、上様は涼紫さんにやや幻滅されたようですね」


「何人か仕込んだ甲斐がありましたね」


「え⁉ あの女性ファンも……⁉」


「全員ではありませんがね。あのまま芝居が上手くいって、良い雰囲気で打ち上げにでも行かれたらたまったものではありませんから」


「そ、そこまで手を打っていたとは……」


 淡々と述べる金銀に対し、将司が再び感服する。


「急遽なことでしたがね。とにもかくにも、将愉会の中でも対外的に影響力のある涼紫獅源さんと上様との信頼関係に亀裂が生じました。我々の演芸大会への参加はイレギュラーでしたが、上手く利用できましたね」


 金銀が満足気に頷く。将司が説明を続ける。


「そして、本日の午前中ですが、上様は伊達仁さん、西東さんと近隣の海水浴場へお出かけになりました。不意に入った海の家で万城目生徒会長、藍袋座君と居合わせました」


「万城目生徒会長はともかくとして……藍袋座君がそこにいたのは幸運でしたね。彼の動きはなかなか掴み所がなかったものですから。それで?」


「その海の家はこの学園の一年生である一条みなみさんの実家でした。一条さんの依頼を受け、上様たちはお店のリニューアル作業にとりかかります」


「ふむ……」


「リニューアル作業やSNSでの宣伝が功を奏し、海の家はたちまち大繁盛しました」


「お店の画像は見ましたが、この短時間でお店のリニューアルを完了させる万城目生徒会長の指導力と抱えている豊富な人材……やはりあの方は侮れませんね……まあ、今はいいでしょう。それで?」


 金銀が続きを促す。将司が続ける。


「どういうやりとりがあったまでかは分かりませんが、一条さんが上様の前で藍袋座君に思い切り抱き着きます」


「まあ、大胆なこと」


「上様はにやけ顔の藍袋座君に呆れてその場をさっさと去ってしまいました。以上です」


「将愉会の中でもこれまた対外的な影響力の強い藍袋座一超君と上様との信頼関係に不和が生じましたか……これもまた幸運でしたね」


「これで将愉会の九つの色を塗り潰せましたね。メンバーと上様の信頼関係を損ねることが出来ました」


「いえ、まだ不十分です……」


「え?」


「最後にもう一押しです……」


 金銀が不敵な笑みを浮かべる。

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