紫と緑と藍が美を翳す

「よし! 次は第二段階だね!」


「第二段階ね、どうするの?」


「そこで猛ちゃん、改めて確認なんだけど……?」


「た、猛ちゃん⁉ な、なんでしょうか?」


 葵からの唐突なちゃん付けにやや面食らいながらも、猛時は冷静に問い返す。


「さっきも聞いたことなんだけど、鎌倉の御所で一番重要度が低い出入り口はここで間違いないんだよね?」


 葵は自身の端末に御所の図面を表示させ、ある位置を指差す。


「重要度というお言葉の定義にもよりますが、いくつかある出入り口の中では、最も使用頻度が低いのがそちらになります」


「成程……ああ、もしもし、さぎりん? こちら葵です。打ち合わせ通り、予定ポイントに向かって下さい。作戦の成功を祈ります」


 猛時の言葉を受け、葵は電話で連絡を取る。それに答える女性の声が聞こえてくる。


「こちら高島津。了解しましたわ。大船に乗ったつもりでドーンと構えていて下さいな」


大船おおぶね……ああ、鎌倉だけに?」


「それは大船おおふな地区でしょう……わたくしは別にうまいことを言ったわけではありませんわ。もう切りますわよ?」


「ごめん、ごめん、一応通話状態のままにしておいて、状況の推移を確認したいから」


「了解……」


 葵は電話から口を離し、二人に告げる。


「私たちも少し移動しようか。遠巻きでもこの出入り口の様子を見ることが出来る場所があるよね?」


「今の女性の声は?」


高島津小霧たかしまづさぎりさん。将愉会の会長補佐を務めておられるとか……長い縦ロールの派手な髪型をした小柄な女性だ」


「ああ、あの見るからに勝気そうな顔立ちの娘ね」


 猛時の説明を聞いて頷く紅は葵の後に続いた。


「ここから見られるね……見張りは全部で四人かな」


「正面などに比べれば少人数ではありますが、やはり全く警備を配置していないわけは無かったですね」


「さっきの高島津さんたちに強行突破させる気?」


「いやいや、それじゃあ目立っちゃうよ」


 紅の言葉に葵は首を振る。


「ではどうするの?」


「まあ見てて……あ、始まったよ」


 葵が出入り口の門を指差す。紅たちが目をやると、着物姿の小霧を初めとする四人の人物が門を警備する兵四人にそろそろと近づく所が見えた。


「なんだ、お前ら!」


 葵の端末を通話状態にしてあるため、やり取りが聞こえてくる。


「お兄さんたち……アタシらと遊ばないかい?」


 紫色の髪の人物が品を作り、話しかける。四人の内、一番ガタイの良い兵が答える。


「な、何を言っているんだ! 我々は仕事中だ!」


「良いじゃないの。サボっちまいなよ」


「そ、そういう訳にはいかん!」


「真面目だね~でも……そういう所アタシの好みさね」


「こ、好み⁉」


 ガタイの良い兵が分かりやすく動揺する。その隣に立つ小柄な兵がヘラヘラと話す。


「おいおい姉ちゃん、こいつより俺の方がよっぽど良い男だぜ?」


「自信のある物言いだね。一体何を以って良い男って言うのさ?」


「そりゃ、ナニの大きさよ。こいつはこの中で一番小さいんだぜ?」


「な、何を言っているんだ!」


「ぎゃははは!」


 ガタイの良い男の反応に残りの三人の兵が下卑た笑い声を上げる。


「ふ~ん。それは実際確かめてみないことにはねえ……」


「お、相手してくれるのかい? 話が早いね~へっへっへっ……」


 紫髪の人物の返答に小柄な兵が下品な物言いをする。


「ただ、まだ日が高いね……もう少し時間が経ってからにしよう。それまでそちらの物陰で楽しくお話でもどうだい? 酒もあるんだよ」


「そんなお誘いを断る馬鹿はいねえよ。よし、こっちに入りな」


 小柄な兵が四人を門の中に招き入れようとする。その様子を見て紅が驚く。


「自然に御所の中に⁉ 彼女、口車が上手いわね!」


「彼女じゃなく、彼、だね」


「えっ?」


「あの紫髪の人は涼紫獅源すずむらさきしげんさんと言って、歌舞伎役者さんだよ」


「ええっ⁉ 男なの⁉」


女形おんながたを得意とされる方ですね。目下売り出し中の……」


 驚く紅の隣で猛時が冷静に呟く。ガタイの良い兵の叫ぶ声が聞こえる。


「だ、駄目だ! 持ち場を離れるなど!」


「恐れながら……」


 緑色の髪をした眼鏡を掛けた人物がガタイの良い兵の前に立つ。


「な、なんだ?」


「実は小一時間ほどこの通りの人通りを見ておりましたが、誰も通りませんでした。零人です。この鎌倉という都市の人口密度などを考えてみても驚異的なことです。よって確率論的に、今後もこの通りを通る人は零人だと断言出来ます」


「か、確率論?」


「統計学的にも明らかです。多少持ち場を離れても何ら問題ありません」


「う、うむ……」


「よっしゃ! じゃあ、こっちで楽しく酒盛りといこうや! この世で何が旨いって、仕事をサボって飲む酒だ!」


 小柄な兵がガタイの良い兵も連れて、門の中に入る。紅が感心する。


「あの緑髪の眼鏡の彼女、理詰めで攻めていたわね」


「あ~あの人も彼、だね」


「ええっ⁉ また役者さん⁉」


 再び驚く紅に葵が説明する。


「いや、あの人は新緑光太しんりょくこうた先生と言って、大江戸城学園の数学教師。将愉会の顧問をしてもらっているの」


「せ、先生⁉」


「新緑殿は大江戸幕府の勘定奉行も務めていらっしゃいますよね?」


 猛時の問いに葵は頷く。


「うん、そうだね」


「先程挨拶を交わしただけですが、なんと言いますか、堅物そうな方だなという印象を受けましたが……」


「女装は嫌がっていたんだけど、案外ノリノリだね」


「成程、数学教師か~確率論が云々ってのは説得力があったわね」


「いや、多分あれは口から出まかせだと思うぞ……」


 一人でうんうんと頷く紅に猛時が冷めた反応を示す。


「い、いや、やはり、勤務時間中の酒はマズい!」


 ガタイの良い兵の声が聞こえてくる。門の内側に入った為、葵たちからその様子は見えないが、酒を飲むことを頑なに拒否していることが伝わってくる。


「もののふは 酒をあおりて 強くなる」


「な、なんだと⁉」


「細かなこと 気に留めぬのが 男かな」


「ぬ、ぬう……」


「……これは藍色の髪の彼女、いや、彼の言葉かしら?」


 紅の質問に葵が頷く。


「そう。藍袋座一超らんていざいっちょうくん」


「有名な俳人でもありますよね? 女装に抵抗はされなかったのですか?」


「うん。最初は戸惑っていたようだけど、『何事も 経験せねば 道半ば』って言ってね。あ、何でも五七五調で話す、ちょっと変わった子なんだけど」


「ちょっとじゃなくて大分変わっているわね……」


「女装の道は進まなくても良いと思うが……」


 紅と猛時が揃って呆れ気味の声を上げる。


「な、なぜだかそなたの言葉には妙な説得力が感じられる……え、え~い!」


「おい、お前だけ先に飲むなよ! 俺らも飲むぞ!」


 それからしばらくして、葵の端末に小霧の呆れたような言葉が聞こえてくる。


「もしもし、若下野さん? こちら高島津。四人の警備兵さんがスヤスヤと眠りについていらっしゃいますわ」


「良かった! 作戦は成功だね!」


「お酒に睡眠薬を仕込んでいたのね!」


「古典的だが、効果的な手法だ」


 紅たちが感心する。


「第二段階、『美をかざす』作戦成功だよ!」


「ではあの警備がいなくなった出入り口から一気に突入ね!」


「う、うん!」


 紅が勢い良く御所に突っ込んでいく。


「ああ、クレちゃん、ちょっと待って!」


「全く、迅速果断も考えようだな!」


 葵と猛時が慌てて紅のあとに続く。

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