橙と黄黄が場を荒らす

「それでここからどうするの?」


 あくまでもどこにでもいるような観光客を装いつつ、紅は葵に尋ねる。


「作戦は三段階に分けている……まずは第一段階だよ」


「第一段階……ですか?」


 猛時の問いに葵は頷き、端末を取り出す。


「そろそろかな……二人とも、これを見て」


「え? ライブ動画?」


 葵の端末はライブ動画を映し出している。黄色い髪とあどけない顔が印象的な小柄な体格の少年が顔を出し、能天気に話を始める。


「……はい。こんちはー自由恥部♪ 今日も北斗チャンネルを始めていくよ~♪」


「こちらは先程お会いした……」


「そう、将愉会会員の黄葉原北斗きばはらほくとくん」


 端末を覗き込む二人に葵は説明を始める。


「彼は江戸の町北部の行政・司法を司る北町奉行でありながら、動画配信処、『自由恥部じゆうちぶ』で人気の配信者、いわゆる由恥部亜ゆうちぶあとしても活動しているの」


「ず、随分と忙しいことしているのね……」


 紅が戸惑い気味に呟く。北斗は配信を続ける。


「……という訳でね、今日は奉行所をバッと飛び出して、外から動画をお送りしているんだけどね、ここどこだか分かるかな? 分かんねえだろうな~?」


「そ、そういう漫談みたいなことは要らないですから……」


 動画に遠慮がちに北斗をたしなめる撮影者の声が入る。北斗がぷいと唇を尖らせる。


「え~それじゃ面白くなくない~?」


「面白いとか面白くないとかこの際どうでもいいですから、場所の紹介を早く……!」


「ちぇっ、つまんないの~。はい、あちらをご覧下さ~い」


 北斗がやる気なさげに右手を挙げる。撮影者はその右手が指し示した方を映す。それを見て紅たちが驚く。


「これは……!」


「大仏さん⁉」


 気を取り直した北斗が再びテンションを上げて話し始める。


「はい! という訳で、今、鎌倉に来ていま~す。ちなみにあの有名な鎌倉大仏さんなんだけど、いつ頃造られたのかとか誰が造ったのかとか詳しいことは一切不明なんだってさ~あんなに有名なのに、ウケるよね~」


「わ、笑い事ではありません! 関連する資料が失われてしまっているのですからそれも致し方ないでしょう⁉」


 撮影者が今度はハッキリとした声でヘラヘラと笑う北斗をたしなめる。真面目な顔になった北斗が話を続ける。


「本日は大仏さんの謎に迫る! って訳ではないんだよね~」


 動画を見ていた猛時が葵に尋ねる。


「……何をする気ですか?」


「いや、詳細は聞いてないよ」


「聞いてないの⁉」


 葵の返答に紅が驚く。北斗が楽しげに紹介する。


「今日は素敵なゲストを呼んでいるんだ……どうぞ~」


 北斗が手招きし、橙色の髪の色をした派手な男が動画に映り込む。やや崩した着流し姿という服装でどことなく不遜な態度をしている。


「はい! このチャンネルではすっかりお馴染みだよね~。一応紹介しようか、天才浮世絵師の橙谷弾七とうやだんしちちゃんで~す♪」


「……大天才浮世絵師な、後、ちゃん付けで呼ぶのやめろ」


「今日は何? もしかしてあの大仏さんを浮世絵っちゃうの?」


「なんだよ、浮世絵っちゃうって……まあ、確かにあの見事な大仏さんは画題としては申し分ないな……ただ、何かが足りない気がするんだ」


「足りない?」


「ああ、その足りない何かを補う為に……相撲を取ろうと思う!」


「「はっ⁉」」


 動画を見ていた紅と猛時が揃って驚きの声を上げる。紅が葵に対して声を掛ける。


「ちょ、ちょっと、葵っち!」


「え?」


「何よ相撲って⁉」


「裸と裸でぶつかり合う……」


「それは分かるわよ! 何で相撲をするのかってことよ!」


「理由なんかないよ。強いて言うなら『相撲が私たちを呼んでいる』って所かな」


「ごめん、全っ然、分かんない!」


 戸惑う紅を余所に、動画内では上半身裸になった弾七がもう一人を呼び込む。


「おい、こっち来いよ! 相撲の時間だ!」


「ううっ……なんで僕がこんなことを……」


 まわし姿になった長身かつ細身の男性がとぼとぼと弾七たちの近くに寄ってくる。


「景もっちゃん⁉」


「誰よ?」


大毛利景元たもうりかげもとくん、彼も将愉会の会員だよ」


「こちらも先程お会いしましたが、こんな髪型でしたか?」


「いや、きっちり横分けだったと思うけど……なんでパンチパーマに?」


 葵の疑問には動画内の弾七が答えた。


「短時間ながら見事なパーマになっているぜ、大仏さんのようだ!」


「な、なんで僕の髪型を大仏さんに近づける必要があるんだ⁉」


「この際正論なんて要らねえ……体と体、魂と魂をぶつけ合おうぜ!」


 そう叫んで、弾七は景元に思い切りぶつかる。北斗が撮影者に近づき声を掛ける。


「そのアングルじゃ迫力がイマイチ視聴者に伝わんないって……ああ、もう! 俺が撮影するから、南武は行司でもやってよ」


「ええっ⁉ 僕は動画に出ないって……」


 髪型こそ微妙に違うが北斗と同じ顔をした少年が動画に映る。葵が二人に説明する。


「彼は黄葉原南武きばはらなんぶくん、北斗くんの双子の弟で南町奉行を務めているの」


「双子で町奉行とは凄いわね」


「それはそれとして、この状況はどういうことなんですか?」


 猛時が動画を指差す。そこには大仏をバックに半裸の男たちが相撲をとっている様子が映し出されている。葵は静かに呟く。


「……彼らの行動を語る言葉を私は持たないよ」


「持っていて頂きたかった……!」


 うなだれる猛時に葵が改めて声を掛ける。


「ただ、作戦は成功だよ。あれを見て」


「え? あ、あれは⁉」


 大路を挟んで葵たちの向かいに建っている御所から何名かが飛び出して行った。


「ライブ動画を見て、慌てて取り押さえに向かったんだよ。つまり、御所の警備がその分手薄になったということ……第一段階、『場を荒らす』作戦成功だよ!」


「へえ、やるじゃない」


「陽動ですか。別に相撲じゃなくても良かったのでは……?」


 感心した様子の紅とは対照的に、猛時は尚も戸惑い気味に呟く。

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