てんやわんやのリハーサル

「赤鬼ってなんだよ……」


「この『新訳 桃太郎』に出てくる役だよ!」


 葵が満面の笑みで答える。


「桃太郎~?」


「おっと、ただの桃太郎と侮るなかれ! これは現代風の解釈を加えて大胆にアレンジし、オリジナル要素もふんだんに盛り込んだ斬新なものなんだよ!」


「……それってほとんど別物じゃねえのか」


「まだ私もちゃんと読んでいないんだけど」


「アホらし、帰る」


「ま、待った! ちょっと待って!」


 葵が飛虎に駆け寄り、その両手を取る。


「この役を演じることは貴方にとっても大きなチャンスになるよ!」


「チャンス?」


「そうだよ! 貴方のキャリアを見させて貰ったんだけど、まだ舞台でのお芝居は未経験なんだよね?」


「……スケジュール諸々の都合でな、舞台にはまだ立ったことは無い」


「うん、良いね!」


「何がだよ」


「初舞台が歌舞伎座なんて、そうあることじゃないよ! 貴方の今後の芸能生活においてもターニングポイントになること間違いなしだよ!」


「……汚点になるの間違いじゃねえか?」


 飛虎は葵の手を振り払って出て行こうとした。


「……条件を付けるよ」


「条件?」


 飛虎が振り返って尋ねる。


「この舞台が失敗に終わったら、私は選挙から降りる。貴方の応援にまわるよ」


「⁉」


「葵様⁉」


「ちょ、ちょっと若下野さん⁉」


 葵の突然の提案に爽たちも驚いた。飛虎が尋ねる。


「成功失敗は何を以って判断するんだよ……?」


「舞台終了後にアンケートを取る。これは例えばだけど、『今の芝居に満足しましたか?』みたいな質問をするの。そこで『満足した』という回答が80%以上だったら成功。80%未満だったら失敗。……っていうのはどうかな?」


 飛虎はしばらく黙っていたが、やがてニヤりと笑った。


「面白ぇ……分かった、その勝負乗ったぜ」


「赤鬼やってくれるの?」


「良いぜ、やってやる」


「涼紫さんも良い?」


「え、ええ、上様のお考えに従います」 


 獅源は戸惑いながらも了承した。


「決まりだね、じゃあこれが台本。明日から練習を始めるからよろしく」


「……分かった」


 翌日から、学園の多目的教室を利用してのリハーサルが始まった。


「お爺さんはパチンコに、お婆さんはネトゲのオフ会に行きました……」


「ちょ、ちょっと待って下さる⁉」


 お婆さん役の小霧が声を上げる。獅源が不思議そうに尋ねる。


「どうかなさいました?」


「川へ洗濯に行かなくて良いんですの? 桃は⁉」


「お爺さんがパチンコの景品でゲットします」


「なんですのそれ⁉」


「なんですのって……」


「現代的解釈です」


「……何で伊達仁さんまで納得しているんですの……」


 小霧は頭を抱えた。光太が手を挙げる。


「私も一つ宜しいですか? 台本には『巧妙な話術できび団子を売りつける(アドリブ)』と書かれているのですが、これはどう演じれば?」


 獅源が試しに演じてみせる。


「うーん、例えば……『ちょっと、そこの桃の髪飾りがイケてるお兄さん! ヤバい団子あるんだけど、見てかない?』って感じでしょうか?」


「……一応、参考にさせて頂きます……」


 光太が退き下がった。今度は弾七が手を挙げる。


「ちょっといいか? 『きび団子を巡り犬・猿・雉がラップバトル』ってなんだよ! 一晩経っても意味分かんねえよ!」


「それは終盤への重要な伏線になります」


 獅源の代わりに爽が答える。


「ラップバトルが伏線に⁉ 斬新過ぎるぞそれ!」


 座っていた北斗が手を挙げて質問する。


「あのさ~ぶっちゃけ俺らあんまり出番無いから、空いた時間は舞台袖からライブ配信しても良い?」


「あ、兄上! 今はお芝居の内容について質問する時間ですよ!」


 やんややんやと騒ぐ皆を目を細めて眺める獅源に葵が声を掛ける。


「なんだか面白い舞台になりそうだね」


「ええ、そうでございますね」


「いや、どこがだよ! 不安要素しか無えぞ!」


 二人の近くに座っていた飛虎がたまらず声を荒げる。


「でも、各々の台詞量は少ないし、個々が覚えることは少ないから、案外大丈夫じゃないかな?」


「何でそんな楽天的なんだよ……」


 葵は隣に立つ獅源を指し示す。


「だって、歌舞伎界屈指の役者さんがついてくれているし!」


「……ええ、きっと素晴らしい舞台にしてみせます」


「……ふん」


 飛虎は獅源を一瞥し、その場を去ろうとした。


「どこ行くの?」


「トイレだよ……」


「……」


 獅源はそんな飛虎の背中を黙って見つめていた。その後もリハーサルは色々とあったものの、概ね順調に進み、いよいよ本番を迎えた。

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