配役発表
「というわけで……お芝居に出演することになりました~! はい、拍手~!」
翌日、葵がカフェに集まった将愉会の面々に伝える。
「「「……」」」
「あ、あれ、皆リアクション薄いな~どうしたの?」
「……どうしたもこうしたも、なにがどうなったらそんなことになるんですの⁉」
小霧が立ち上がって、葵に問いかける。
「その場の流れというか?」
「流れって……伊達仁さん、貴女がついていながら……」
小霧が爽に視線を向ける。爽が静かに口を開く。
「将愉会にとって大きな宣伝効果が見込めると判断し、了承致しました」
「しかし!」
「もう五月も二週目……そろそろ形振り構ってはいられません。支持率上昇に繋がることであれば、積極的に行っていくべきです」
「ですが……」
小霧が景元に助けを求める。景元が口を開く。
「だが、舞台出演というのは……我々は演技に関しては素人の集まりだぞ、無謀すぎるんじゃないか?」
「その点についてはご心配には及びません」
皆が声のする方に振り返ると、そこには獅源が立っていた。
「貴方は……!」
「初めましての方は初めまして……アタシは役者をやっております涼紫獅源と申します。以後お見知り置きを」
「おお、超有名人じゃん! サイン頂戴!」
「あ、兄上、少しは自重なさって下さい……」
北斗のミーハーな態度を南武がたしなめる。
「心配には及ばないというのは……?」
景元の問いに獅源は両手を広げ答える。
「今回、皆さんにご出演頂こうと思っているのは、一幕と二幕の間、いわゆる幕間の時間を使った簡単なお芝居です。何も本格的な歌舞伎の演目を演じてもらうという訳ではありません」
「簡単なお芝居?」
小霧の呟きに獅源は大仰に頷く。
「そうです! ですからそんなに肩肘張らずに、リラ~ックスした状態で演じてもらって構いません」
「リラックスした状態か……難しそうだな」
「お前さん、常日頃気を張ってそうだもんな、ちょっとベクトルを間違えているような気もするけど……」
難しい表情で考え込む秀吾郎の肩を弾七はポンポンと叩く。
「まあ、お気楽に行こうってことだよ!」
「赤宿君はお仕事を続けながら話を聞いて下さい。私の注文したチョコレートパフェがまだですが?」
ウェイターの手を休めてしまっている進之助を光太が注意する。
「とにかく、こういう時の為に用意しておいてもらったホン、ああ、ホンというのは台本のことです。それがあるのです! 諸事情によりお蔵入りしていたのですが……」
「諸事情って?」
葵が首を傾げて問いかける。
「伝統ある歌舞伎座の舞台にかけるにはちょっとばかり稚拙な出来……いえいえ! 子供向け過ぎるかしら? という内容でして、没にしていた……いえいえ! 封印していたのですが、こうして奇跡的にもこのホンにピッタリな色物の皆様……いえいえ! 素敵な顔ぶれが揃っているんですもの! 出演して頂かない手はありません!」
「素敵な顔ぶれ?」
葵の言葉に獅源が頷く。
「だってそうでしょう? 上様を初め、大大名のお嬢様たちにお坊ちゃま! 更に火消しのお兄さんに浮世絵師の先生、そして双子の町奉行様に勘定奉行様、おまけに世にも珍しい忍……黒ずくめの人! こんな愉快な面々が舞台に立つなんてそうあることではありません!」
「く、黒ずくめの人って!」
「もしや、私も頭数に入っているのですか……」
「少々引っかかる物言いですが……既に台本が出来上がっているのですね?」
「ええ! 今お配り致します」
獅源は台本を皆に配った。葵が台本の表紙を見て呟く。
「『新訳 桃太郎』……?」
「そうです! 昔話で有名なあの桃太郎を現代風の解釈を加え大胆にアレンジしたものです!」
「そりゃあ、ボツにするわな~」
「あ、兄上……!」
茶々を入れる北斗は気にせず、獅源は話を進める。
「それではいきなりですが配役を発表させて頂きます! まず主人公の桃太郎は……上様にお願い致します!」
「ええっ⁉ 私が主役⁉」
戸惑う葵に対し、獅源が優しく語りかける。
「他に適任はおりません。上様なら大丈夫でございます」
「そ、そうかな~?」
「では続いて、お爺さんとお婆さんを大毛利さんと高島津さんにお願い致します」
「わ、わたくしがお婆さん⁉」
「まあ、そうなるか……」
不満気な小霧とは対照的に、景元は諦めの表情で呟いた。
「桃太郎と言えば、三匹の子分! 犬を黒ずくめのお兄さん! 猿を赤毛のお兄さん! そして雉を橙谷先生! お願いします」
「影であるべき自分が舞台に出ていいのだろうか?」
「何を言ってやがんでえ! 楽しまなきゃ損だぜ!」
「何ごとも創作に繋がる経験か……」
「そして、桃太郎に対してきび団子を法外の値段で売りつける胡散臭さ満点の売人を……新緑先生、お願いします」
「……そんな登場人物、桃太郎にいなかったでしょう?」
「現代風のアレンジってやつですよ」
「現代風とは便利な言葉ですね」
光太は溜息を突いて、台本に視線を落とした。
「続いて、桃太郎一行を鬼ヶ島へと導く謎多き双子を、黄葉原兄弟のお二人にお願い致します」
「まさに俺たちにうってつけの役だな!」
「な、何でそんなに前向きなんですか、兄上は……」
「ナレーションは伊達仁さんにお願いします」
「……分かりました」
「鬼ヶ島にいる青鬼はアタシ、涼紫獅源が務めさせて頂きます。今日の所は台本に目を通してもらって、練習は明日からにしましょう」
「本番までの期間が少し短いですが……大丈夫でしょうか?」
爽のもっともな問いに、獅源は落ち着いて答える。
「何、大したことはありませんよ。僭越ながらアタシが指導させて頂きます。一週間もあれば十分でございますよ」
「赤鬼は?」
「え?」
「赤鬼は誰?」
葵の問いに獅源は俯く。
「それなのですけどね……実はゲスト出演をお願いしていた関西の役者さんについでに演じてもらおうと考えていたのですが……怪我をなさってしまって、当日出演出来なくなってしまったのです」
「そうなんだ……」
「歌舞伎の方は代役が見つかったのですが、こちらの赤鬼が……自分で言うのもなんですが、アタシと対になる役どころですから、それなりの役者さんにお願いしたいと考えているのですが……ちょっと難航しておりまして」
「……分かった、それなりの人だね」
「え?」
「秀吾郎、ちょっと耳貸して」
「はい……え⁉」
「大至急、お願いね」
「かしこまりました!」
秀吾郎がその場から姿を消した。獅源が戸惑う。
「あ、あの、上様……?」
「ちょっと待ってて……」
「はあ……」
しばらくすると、秀吾郎に連れられてある人物がカフェへと入ってきた。その人物を見て、皆驚いた。
「急に呼び出して何の用だよ……」
「日比野君、突然だけど、赤鬼やってくれない?」
「はあ?」
「「「えええっ⁉」」」
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