調査報告

 葵は気を取り直し、秀吾郎に頼む。


「秀吾郎、二年は組の日比野飛虎って人について調べてもらえるかな?」


「どんな些細なことでも構いません。趣味や交友関係、嫌いな食べ物に至るまで」


「出来れば弱味になりそうなこととかが望ましいですわね……」


「え、えげつないな……」


 爽と小霧の言葉に景元は眉をひそめる。


「御意……ん?」


 秀吾郎が周囲に目をやる。


「どうかした?」


「いえ、今なにか視線を感じたような……」


「そりゃあいきなり店内に黒ずくめの男が現れたら誰だって見るでしょ……」


 葵の言葉通り、周辺の座席に座る店の客たちが突如として現れた秀吾郎の姿に大きくざわついた。


「こういった類のものとはまた違うような……」


「?」


「……なんでもありません、失礼します」


「それでは報告は明日の放課後、このお店で」


「承りました。では……!」


 秀吾郎はその場で姿を消した。その様子を見て、周辺の客が再びざわついた。


「本当に忍びだって隠す気無くなっているだろ、あいつ……」


 景元が呆れたように呟き、葵は頭を抱えた。


「対応策の協議は明日の報告を受けてからにしましょう。今日の所は以上で」


「え、いいの?」


「ええ、目安箱に相談も来ていないようですし……あ、クリームあんみつはわたくしです。ありがとうございます。それでは、いただきます」


 爽が注文したスイーツを食べ始める。


「伊達仁さん、それが主な目的だったのではありませんか?」


 小霧が訝しげな視線を向ける。葵は苦笑した。




 翌日、再び店に集まった葵たち。爽に促されて、葵は渋々両手を叩く。


「黒駆、只今参上いたしました」


 秀吾郎が現れる。例の如く店内がざわつく。


「普通に来れば良くない⁉」


「雰囲気が出るかと思いまして……」


 爽の言葉に秀吾郎も満足そうに頷く。


「まあいいや……じゃあ報告よろしく」


「はい……日比野飛虎殿……八月七日生まれのAB型。身長は177㎝で体重は57㎏。試験の成績は常に十番以内と学業優秀。空手部に所属し、全国大会にも出場経験があるなど、運動神経抜群。さらには町を歩けば女子が思わず振り向くほど容姿端麗。名門日比野家の跡取り息子として全く非の打ちどころがありません」


「へえ……」


「……どうぞ、続けて下さい」


 感心する葵を横目で見ながら爽が促す。秀吾郎は再びメモを読み上げる。


「……趣味はギター、ダンス、サーフィン等々多数。交友関係については男女また、世代を問わずにかなり幅広いです。食べ物の好き嫌いは無いようです」


「ほお……」


「そういえば継承順位は何番目ですの?」


 小霧が尋ねる。


「七十七番目です」


「あら、意外と高くはないんですのね……」


「それでも支持を高めてきているのは、やはり……?」


 景元の問いかけに秀吾郎が答える。


「そうですね、モデル業を中心とした芸能活動の影響もあるかと思います」


「え、芸能人なの⁉」


 驚く葵に爽が説明する。


「CMやドラマや映画などにも多く出演しています。目下売り出し中のタレントといったところですね。ご存知ありませんでした?」


「あんまりテレビとか見ないんだよね。顔を見れば分かるかもしれないけど……」


「わたくしもあまり存じ上げませんが、クラスの女子にもファンが多いですわね」


「人気者の出馬となれば、世間の注目は自然に集まるか……」


「大きなアドバンテージですね……」


「ああ、そうか。だから会議にもあんまり顔を見せないってことなの?」


 葵の問いに爽たちが頷く。


「それ以前に学校にもあまり来ていないのです。無論、進級には影響ない程度ですが」


「そう。ですから、どういう人となりかも実は良く知らないんですのよ」


「トーク番組やインタビューもほぼないからな……」


「そ、そうなんだ……」


「他にはなにかありますか?」


 爽の問いに秀吾郎が申し訳なさそうに答える。


「申し訳ありません。これ以上は今の所……」


「例えば、食べ物以外で嫌いなものとか無いんですの?」


「それを聞いてどうする?」


「なにか弱みに繋がるかもしれませんでしょ?」


「まだそんなことを……」


 小霧の考えに景元がやや呆れる。秀吾郎がメモに目をやる。


「嫌いな言葉でしたら……『」


「『愛と平和』だ」


 声がした方に皆が振り返る。そこにはやや紫がかった髪色の男が立っていた。


「誰……?」


「日比野飛虎さんです……!」


「ええっ⁉」


 爽の耳打ちに葵が素っ頓狂な声を上げる。飛虎は葵たちのテーブルに近づき、席に着いた。更に両足をテーブルの上にドカッと置き、不遜な態度でこう言った。


「なにやらこそこそと俺のことを嗅ぎまわっているようだからな、クソ忙しい中こうして挨拶にきてやったぜ。感謝しろよな、上様?」


「お、おおう……」


 葵はなんとも言えない声を出した。

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