同盟締結
「無難! 単純! 退屈!」
クラス中に聞こえる大きな声である。議論中の二人も思わず、葵の方に振り返った。景元が恐る恐る葵に尋ねる。
「無難と申しますと……?」
「恐らく、過去の先輩方の成功例でもみてきたんでしょう? あるいは他校の文化祭の噂がいくつかこちらまで届いたのかしら? 数多の成功体験と、成程、実に壮観な美男美女の集まり! 執事もしくはメイド茶屋という選択は間違いが少ない。恙なくこなせば、良い評価は得られるでしょうね……しかし、余りに無難! 且つ単純な思考回路! さらに言えば退屈極まりない発想!」
「言いたい放題言ってくれますわね……」
「言いたくもなるわ! そんな無難な選択で果たして“インパクト”を残すことが出来るの⁉ 多くの人の興味関心を引き寄せられるの?」
葵の勢いに若干気圧されつつあった小霧と景元だったが、徐々に落ち着きを取り戻し、逆に揃って葵に問いかける。
「では若下野さん、是非我々に聞かせてほしい。貴女の考える無難ではない、インパクトのある出し物とは……」
「わたくしにもご教示頂きたいですわ、単純さと退屈さを排除し、人々の興味関心を引きつける出し物とは……」
「「何ですか⁉」」
「……男女逆転・主従逆転茶屋よ!」
葵の提案にクラス中がざわめく。
「だ、男女逆転とは⁉」
「男子が女装し、女子が男装するの。つまり景もっちゃんが女子の恰好をするってことだね」
「か、景もっちゃん……⁉ いやそれより女装⁉」
「男女はまだ分かりますが、主従逆転とはどういうことですの⁉」
「執事やメイドさんが出迎えてくれるのは、正直ありふれていると思うの。だから迎える店側がお坊ちゃま、お嬢様になってゲストを迎えるの。だからさぎりんには、お坊ちゃま君としての振る舞いを期待したいな」
「さ、さぎりん⁉ い、いえ、わ、わたくしがお坊ちゃま君⁉」
唖然とする二人を差し置き、葵が他のクラスメイトに説明を続ける。
「男女でいがみ合うなんて、巷では小学生で卒業すること! 今後は協力し合うこと、お互いを認め合うことが大事になってくると私は思う。でもいきなり仲良くなれって言われても難しいよね。まずは男女の日常の仕草や考え方のちょっとした違いとか、そういうことを気軽に相談しあってみたらどうかな? きっと新たな発見があるはずだよ」
「若下野さん! クラス長はわたくしですわ! 勝手なことを……」
小霧が葵に詰め寄ろうとすると、爽が大きく拍手をしながら、教室の中央に進み出た。
「さすがは葵様! 素晴らしいご提案です! わたくしはその案に賛成致します! さて、皆様はどうかしら?」
そう言って、爽はゆっくりと教室を見回す。皆黙ったままである。
「反対が無いということは、葵様の提案に賛成と見なしてよろしいかしら?」
「伊達仁さん! 貴女まで勝手なことを……!」
今度は自らに詰め寄ろうとした小霧の口元に、爽はそっと人差し指を置き、囁く。
「高島津さん……大毛利君の女装姿見てみたくはないかしら?」
「んなっ……?」
「美男子ですもの、きっと似合うでしょうね~」
「き、興味が無いと言えば、嘘になりますわね……」
「では、賛成多数ということで……」
「ち、ちょっと待った! 武家に生まれた僕が女装なんて出来る訳ないだろう!」
話を締めようとした爽に対し、景元が反発する。爽がどうしたものかと思案を巡らせていると、葵が彼の前に進み出た。
「景もっちゃん、なんで女装がダメなの?」
「そ、それは僕にも武士としての矜持というものが……」
「さっきクラスの威信がどうとか言っていたよね、それより一個人の矜持を優先するの?」
「そ、それは……だ、大体余興の一種とはいえ、いささかふざけ過ぎです!」
「こういう時は思いっ切りふざけた方が周りの受けも良いと思うけどな~。さぎりんも景もっちゃんのこと見直すかもよ~」
葵は景元の耳元でそう囁いた。
「な、何故そこで彼女が出てくるのです?」
「さあ~なんでだろうね~? 聞いてみる?」
「い、いや、分かった、分かりました!」
景元はクラスメイトの方に向き直りこう告げた。
「僕も若下野さんの提案に賛成する」
「よっし! これで一件落着だね!」
葵は満足気に頷いて、こう続けた。
「それじゃ、さぎりんと景もっちゃん、握手して」
「はい?」
「な、何故ですか?」
「さっきも似たようなこと言ったけど、男女のいがみ合いはここまで、これからは認め合う時代! お互いのことをもっと良く知って、尊重し合えるクラスにしていこう! これはその第一歩の握手!」
葵の唐突な申し出に、小霧も景元も戸惑いを隠せない。右手を差し出そうとしては引っ込める、という動作を互いに何度か繰り返した。
「あ~もう! まだるっこしいな~!」
痺れを切らした葵は二人の右手を取って、半ば強引に握手をさせた。
「おお、まさにこのクラスにとって歴史的瞬間ですね!」
そう言って、一人の生徒が教室に入ってきた。右目に掛けた片眼鏡が特徴的なやや小柄な体格の男子である。
「元気な話し声につられて覗いてみれば、不俱戴天の敵とも言われた両名が握手を交わしているじゃないですか。何と素晴らしい光景! さあ皆さんも拍手~!」
男に言われるがまま、クラスメイトたちは拍手を送った。当初は引きつった表情をしていた小霧と景元だったが、二人とも笑顔を浮かべた。教室中に和やかな空気が流れる。
「……誰?」
「葵様……!」
爽がグイッと葵を引き寄せて耳打ちする。
「あの御方は
「生徒会長……⁉」
「そう、貴女が超えなければならない御方です」
「超えなきゃって……別に私は生徒会長になるつもりは……」
「そういう意味ではありません! ご覧下さい、あの方が教室に入ってきてからのこの空気の変わりよう! この学園の生徒たちがあの万城目会長に厚い信頼と大きな親近感を寄せているからこそ醸し出されるものなのです……」
「う、うん……」
「誰もが認める征夷大将軍になられるにはこの学園全体の信頼と尊敬を勝ち取ることこそがまず肝要! その為にはあの会長以上の支持を得なければなりません!」
「支持……」
「上様」
万城目が葵に歩み寄ってきた。並んでみると、二人の背丈はほぼ同じ位だった。
「ご挨拶が遅れました。この学園の生徒会長を務めております、万城目安久と申します。以後お見知り置き下さい」
「は、はい。若下野葵です。宜しく」
「本日は転入初日で何かとお疲れのことでしょう。色々とお話ししたいこともありましたが、それはまた後日改めて……今日のところ失礼させて頂きます」
そう言って、万城目は悠然と教室から出て行った。爽はクラスの雰囲気を変えようと大きな声を出して注意を引く。
「会長もおっしゃったようにまさにこのクラスは歴史的瞬間を迎えることが出来ました! それはなんといっても葵様の素晴らしいご提案があってのこと! 男女がお互いのことを良く知り、尊重し合えるクラスにしていきましょう! 皆様も宜しいですね?」
クラスの皆が誰からともなくまた拍手が巻き起こった。爽に促され、輪の中央に戻ってきた葵は一瞬戸惑った表情を浮かべたが、またすぐ笑顔に戻り、握手を続ける小霧と景元の手を両手でガッシリと握った。
「そう! お互いに歩み寄って良いクラスにしていこう!」
「ま、まあクラスがより良い方向に進むのであればクラス長として異論はありませんわ」
小霧が左手で髪をかき上げ、微笑みながら幾分照れ臭そうに答える。
「より前向きな話し合いが出来るよう努力します」
景元も左手でややほころんだ口元を隠しながら答えた。
「よし! 一歩前進だね!」
二人の様子を見て、葵は満足そうに頷いた。
「かなり、いや、大分強引でしたが、どうにかこうにかクラスをまとめてしまいましたね。若下野葵さん、思った以上の方なのかもしれませんね……」
廊下にも聞こえてくる二年と組の生徒たちの歓声を背中で聞きながら、万城目は静かに呟いた。
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