四百年目の僥倖
昼休み、昼食を終えた葵の元に爽が近づいてきた。
「まだ少しお昼休みの時間はありますから、良ければ校舎の方をご案内しましょうか?」
「あ、お願いします」
葵は爽に続いて廊下に出た。
「いや~しかし……」
「どうされました?」
「本当にお城が窓からはっきりと見えるんですね~」
「それは勿論、大江戸城北の丸に設けられた大江戸幕府府立大江戸城学園! ですからね。城郭内に存在する学校というのは日ノ本では数えるほどですし」
「校舎も凄い立派ですけど……あ、あの玉ねぎみたいな形状の屋根はなんですかね?」
「あれは武道館です」
「武道館⁉ あんなに大きいんですね!」
「あらゆる屋内スポーツに対応しておりますからね。尤も大きな大会などは、柔道や剣道などの武道の大会に限られるみたいですが。遥か昔に大規模な音楽コンサートも開催されたようですが、ここ数年はそういう話は聞きませんね」
「あちらの北側の校舎群は?」
「中等部・初等部・幼年部ですね。すこし離れたところに大学・大学院があります」
「大学院まであるんですね?」
「そうですね。ただ、大部分の方は高校か大学を卒業して、ご公議に奉職します。例外の方もいらっしゃいますが、極めて稀です」
「……私はどうなるのかな?」
「……どうなるもなにも、既に将軍としてご即位あそばされているわけですから?」
「ですから?」
「『征夷大将軍』と『女子高生』、その二足のわらじで頑張って頂くと……」
「頑張るって具体的には何を頑張れば良いのかな?」
葵の唐突な質問攻めを受け、爽は顔を逸らした。
「『分からないことがあれば、何でも御気軽に御相談ください』って言ってくれたよね、サワっち?」
「サ、サワっち⁉」
急なあだ名呼びに唖然とする爽を尻目に葵は質問を続ける。
「どうすれば良いのかな~?」
「……コホン、そもそもとして、この大江戸城学園はその前身に当たる大江戸城学舎の時代を含めて、約二百五十年間の長い歴史の中、現在初めて、将軍が御在位のままで通学をなされているという前代未聞の状況なのです」
「ええっ⁉ 私が初めてなの⁉」
「将軍継嗣、つまり将軍の後を継ぐ方がお通いになられたというケースはいくつかあるようです。ただ、現役バリバリの方があちらに見えるお城で政務を執られているのではなく、女子高生として学び舎にいるというこの現状、ハッキリ申しまして、教職員並びに生徒一同、ただただ困惑しております!」
「困惑しているの?」
「そうです、どう扱って良いものか……」
「だから、普通の一生徒として扱ってよ」
「それが難しいから……」
「無理、ってわけじゃないんだよね……よし、分かった!」
「……何が分かったのです?」
爽が葵に訝しげな視線を向ける。
「一人の女子高生としてこの学園を大いに盛り上げながら、征夷大将軍に相応しい人物になってみせるよ!」
呆然とする爽に対し、葵が笑顔で続ける。
「それが『二足のわらじで頑張る』ってことでしょ?」
「そうは申しましたが……具体的なお考えはあるのですか?」
「それが……無いんだよね~これが」
爽は眼鏡を抑えたまま、俯く。呆れられてしまったかと葵が思った次の瞬間、
「ご先祖様以来、約四百年目にして訪れた僥倖……上手くいけば政権中枢に入り込める……『天下の副将軍』を現実のものとする好機に恵まれた……!」
「あ、あの~サワっち……?」
何やらブツブツと呟き始めた爽に対し、葵が恐る恐る声を掛けようとしたその時、
「葵様!」
「は、はい!」
「貴女の『二足のわらじ高校生活』、この伊達仁爽、精一杯お支え致します!」
「は、はあ……」
「学園を大いに盛り上げるには、何より強いリーダーシップが求められます! そのリーダーシップを養い、磨き上げれば、自ずとこの学園の生徒たちの心も掴めるはず。その時貴女は立派な征夷大将軍への道を歩み始めることとなるでしょう!」
「そ、そうなの?」
「そうなのです!」
「で、でもリーダーシップを養うって言っても、具体的にはどうすれば?」
「まずは手っ取り早い方法があります。教室に戻りましょう!」
「う、うん」
葵は爽の勢いに圧されつつ、彼女の後について、二年と組の教室に戻ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます